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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第84回 何をゴールに?

2022年09月09日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

ピークアウトしたと見られる第7波だが、依然として蔓延期にあり予断を許さない状況である。われわれは何を目標に闘えばいいのか? そのためにやるべきこととは? 讃井教授がゴールを意識することの重要性を訴える。

第7波がようやく収束傾向に転じました。とはいえ、感染者数はまだまだ高水準で、誰がどこで新型コロナウイルス感染症に罹ってもおかしくない状況が続いています。新学期が始まり、学校で再び感染が広がることも懸念されます。

では、第7波を収束させつつ、社会生活を維持していくために、我々は何をゴールとして設定すればよいのでしょうか。第1波から第7波まで、医療供給体制を維持しつつ社会経済活動も制限しないようにすることは、常に難題でした。今後、この対立する二つの命題に対する一定の解、すなわち落としどころを見つけるには、改めて社会全体が共通のゴールを意識する必要があるでしょう。

「重症者数、死者数を増やさないこと」

私は、社会全体でこの目標を共有することが重要だと考えます。

ともに厚生労働省ホームページより

感染予防策の徹底、知見の蓄積、治療法の進歩、ワクチンの普及などによって、初期とは比べものにならないほど新型コロナ患者の命を救えるようになってきました。

また、ウイルスの性格が変わり重症肺炎や多臓器不全を起こしにくくなりました。確かに一定数の重症患者は発生しますが、現在は、厳重な観察が必要な患者は概ね入院できている状況です。また、その大半は、高齢者か、もともとの持病が悪化するケースです。第5波までのような、健康上の不安が全くない方が重症コロナ肺炎に罹患してECMOが必要になるといったケースは、ほとんど見かけなくなりました。

一方で、今まで通りの感染予防策を行っても、オミクロンでは医療従事者を含めて多くの人が感染してしまっています。その結果、通常医療供給体制を制限せざるを得なくなる。これが現在、最も憂慮すべき問題でしょう。

こういった中で、社会活動や通常医療を維持しながら、重症患者を増やさず、死者数も増やさないことは、第7波だけでなく、今後の闘いにおける究極的なゴールとして、改めて社会全体で共有する必要があると思います。

そして、ゴールを意識し、ゴールを達成するために何をすべきか冷静に考え、実行する。こうして初めて、絵に描いた餅ではない”with コロナ”が達成でき、季節性インフルエンザと同等として扱えるようになるのではないでしょうか。

現在直面している第7波に話を戻しましょう。第7波では、死者数が過去最悪の数まで増えました。8月23日には全国で報告された死者数が343人となり、1日あたりで過去最多で、9月6日でも320人とまだ減少していません(ちなみに、第5波の1日当たりの最大死者数はおおよそ70人、第6波のそれは250人でした)。

重症患者、すなわち人工呼吸・ECMOが必要な患者数が減少したのは、おそらくコロナウイルスが、重症肺炎や多臓器不全をきたしにくいオミクロンに変異したことの影響が最も大きいでしょう。

一方、死者数が減らないのは、持病を持つ方の中に、コロナ感染を契機に状態が悪化し、現代医療では、どんなに頑張っても闘いに勝てない方が発生するからです。また、高齢者の中には、闘うことによって得られるプラスアルファの人間らしい余生と、闘うことによる苦痛や人間らしさの喪失を天秤にかけると、圧倒的に後者が重いと考えられる方がいるからです。

現在、このように持病を持つ方、高齢の方の中に、亡くなってしまう方が多いのは、 今までの波に比べ圧倒的に分母、すなわち感染者数が多いからです。

その一方で、コロナ以外の患者に対する通常診療を維持することが求められています。

埼玉県では、県の指揮のもと、感染状況に応じてコロナ病床を増減していますが、第7波では、第5波のようなコロナ病床を最大限に確保すべき状況にはなっていません。しかし、通常診療を制限せざるをえない医療機関が後を絶ちません。医療従事者の感染、濃厚接触者が、今までの波に比べて桁違いに増えているからです。私が勤務する自治医科大学附属さいたま医療センターでも、10%弱の職員が感染または濃厚接触を理由に出勤できないため、2つの病棟を閉鎖せざるを得ない状況です。

その結果、心筋梗塞や脳出血、あるいは熱中症などの一般救急の患者受け入れが困難になっています。実際、沖縄県では脳出血した男性の搬送先が見つからず、ようやく8件目で入院できたものの、その病院で亡くなるという事例がありました。コロナ以外の通常診療も含め、救えるはずの命を救えない状況は大変申し訳なく、私も含め医療従事者は内心忸怩たる思いでいます。

こうした通常診療の逼迫を改善し、「コロナ重症者数・死者数を減らす」という目標を達成するために即効性のある施策は、感染者数を減らすことだと思います。

ただし、社会経済を止めるわけにはいきません。政府は、まん延防止等重点措置や緊急事態宣言による一律の行動制限は取らないという選択をしました。国民の多くもその選択を支持していると思いますし、私も妥当だと考えています。したがって、社会経済を回しながら、感染者を減らしていくことが求められているわけです。

そのためにできることは、これまでやってきた感染予防策の徹底――個人も社会もよりしっかりと感染予防策を継続することです。

ワクチン接種、室内や密な場でのマスク装着、換気、手洗いの徹底といった感染予防策は、社会経済を回すことと矛盾しません。「ワクチンは効果が下がっているから意味がない」、「マスクは不要」といった極端な論調もありますが、それぞれには一定の重症化予防効果や発症予防効果、感染予防効果があります。感染予防策を重層的に行なうことで、感染リスクは大幅に減じることができるのです。

厚生労働省ホームページより

個人レベルで見ても、重症化や後遺症のリスクを考えれば、依然として、感染予防策によって罹患しない、ワクチンで重症化を防ぐベネフィットの方が勝ると考えます。

繰り返しになりますが、社会として「ある程度の感染の発生を許容しつつ、持病のある方や高齢者への感染を増やさない」という目標を明確に設定し、共有することが重要と思います。具体的には、今まで通り個人としての感染予防策を継続しつつ、ゴールが不明な、厳格すぎる感染対策を見直し、現実に見合った冷静な施策に変更すべきタイミングです。

そのためには、社会としてゴールが何であるかを共有し、データに基づいてオープンに語り、現実解がどこにあるのかを冷静に捉える必要があります。これは、今まで日本社会が苦手としてきたことですが、コロナ後の医療の継続性を考えた場合、極めて重要なことだと思うのです。
(9月6日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。