医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第75回 ワクチン接種義務化はできる? できない?

2021年12月27日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新型コロナウイルス感染症はをめぐっては、その対策を強化すればするほど個人の権利や自由が制限されるというジレンマがある。海外で進むワクチン接種義務化は、日本では法的に可能なのか? 『コロナの憲法学』著者の大林啓吾千葉大学教授に訊く。全3回の中編。

讃井 引き続き、新型コロナウイルス感染症に対する施策を法的観点から考えるため、憲法学者の大林啓吾千葉大学教授にお話を伺います。大林教授は、「憲法とリスク」を研究テーマの1つとされ、その中で公衆衛生の問題に取り組んでいらっしゃいます。

大林啓吾(おおばやし・けいご)

千葉大学大学院専門法務研究科教授。憲法の観点から公衆衛生の問題を研究し、著書に『コロナの憲法学』、『感染症と憲法』、『憲法とリスク』などがある。

讃井 前回は、「なぜ日本はロックダウンをできなかったのか」についてお話ししていただきました。そのロックダウン同様、新型コロナワクチンの接種義務化やワクチンパスポートには、個人の権利や自由を制限する側面があります。

 現状、日本ではワクチン接種は任意ですが、海外では接種義務化が進んでいます(※)。

海外の接種義務化のおもな動き

・公的機関の職員に対してワクチン接種を義務付けてきた米国ニューヨーク市では、1227日からすべての民間企業の従業員にワクチン接種を義務化。

・米国バイデン政権は、来年14日から従業員が100人以上の民間企業、医療従事者、連邦政府機関の業務を請け負う業者などに対して、ワクチン接種(もしくは、少なくとも週に1回の検査)を義務化。

・ドイツ政府は、来年2月からワクチン接種の義務化を目指す方針。

讃井 欧米諸国のロックダウンについては、「国や地方自治体レベルで法律や条例に緊急事態条項やロックダウンに関する規定があって、それに基づいて行うという法の支配の原則が貫かれている」とのことですが、ワクチンの接種義務化についてもやはり規定があって、それに基づいているのでしょうか?

大林 そうですね。ただ、そのあり方は国によって異なりますし、また法の構造によって場面ごとに違いが出てきます。

 たとえば、アメリカではバイデン大統領が大統領命令によって政府職員や契約職員に対してワクチン接種を義務化しました。一方、連邦助成を受けている医療機関のスタッフや100人以上従業員のいる会社に対する義務化については所管の行政機関に規則を制定させて義務化しています。いずれの場合も根拠とされる法律が存在しているのですが、ワクチン接種の義務化を直接定める法律を作ったわけではありません。なので、本当にそれらが法律の授権に基づいているのか、あるいは与えられた権限の範囲を逸脱していないのかといった問題があり、さらに連邦制の問題や権利侵害の問題が絡んでくるので、すでに多くの訴訟が提起されています。現時点で、一部の下級審判決が義務化にストップをかける判断を下しているので、連邦最高裁の判断が注目されるところです。また、州や市町村レベルでも、法律を作ったり、法律に基づいて命令を出したりしてワクチン接種を義務化するところがあります。一方、州によっては義務化を禁止する法律を制定しているところもあるので、それも興味深いですね。 讃井 欧米と日本では、感染拡大状況とそれにともなう危機感が大きく異なりますので同列視はできないと思いますが、日本でも接種義務化は可能なのでしょうか?

大林 おっしゃるとおり、国によって状況が違いますし、社会的背景や法構造にも違いがあります。他方で、参考になる点も部分的にはあると思います。

 たとえば、アメリカにはワクチン接種義務化の合憲性に関するリーディングケースとして、ジェイコブソン判決という連邦最高裁の判決があります。判決はこの問題を考える際に規制の目的と手段に実質的関連性が存在しなければならないとしました。つまり、公衆衛生の維持という目的を果たすためにワクチン接種義務化という手段が必要なのかどうかが審査されるということです。

 この事件では天然痘のワクチン接種義務化が問題になったのですが、連邦最高裁はワクチン接種の強制には目的と手段との間に実質的関連があるとして、規制を合憲としています。ワクチン接種を強制できるとしたわけです。感染状況やワクチンの効果およびリスクなどによって判断結果が変わるでしょうから、他のワクチン接種義務化のケースでも同様の判断になるかどうかはわかりませんが、この判断基準は今後も用いられる可能性があります。

 ところが、日本の場合は、ワクチン接種義務化が憲法に反するかどうかについて直接判断を下した判決はありません。その反面、天然痘やジフテリアなどの予防接種禍において損害賠償や補償をめぐる裁判が相次いだ過去があるため、ふたたび接種を強制するのは難しいという社会的背景があります。いずれにしても、ワクチン接種義務化は権利侵害をもたらすおそれがあるので、憲法上の問題を考えておく必要があります。

 憲法上の権利との関係で考えますと、憲法13条が生命に関する権利を保障し、また自己決定権を保障していると考えられています。そのため、ワクチンを打つかどうかは基本的に本人の意思に委ねられているといえるでしょう。前述のアメリカの判断基準を参考にして考えてみると、ワクチン接種の目的は感染症まん延防止や本人の生命の保護にあると思いますが、現在の感染状況を踏まえた場合に義務化が必要かどうかがポイントになります。その際にどこまで「実質的関連性」を求めるかも重要で、「実質」という言葉が重い意味を持つならば、ワクチンの効果が相当見込まれなければならないでしょう。  また、この種の問題の合憲性を考える場合には、規制によって得られる利益と失われる利益とのバランスも重要です。ワクチン接種が感染を食い止めるために必要で、本人自身にとっても利益があるとしても、それが健康を脅かすリスクがある以上、やはり一律にワクチン接種を強制することは原則として難しいと思います。感染率・重症率・死亡率が高い感染症がまん延し、有効性が高くかつ健康リスクの低いワクチンを打てばそれを回避できるというような場合でなければ許されないといえるでしょう。

 目下、日本では新型コロナ感染症のワクチン接種を任意としており、それにもかかわらず高水準の接種率を維持しているので、今のところ義務化に変更する気配はありませんが、義務化が進む欧米では、どのような場合に免除を認めるかが大きな課題となっています。接種義務化を行う場合にはこうした免除の問題も検討する必要があるといえます。

讃井 医療従事者の場合はどうなのでしょう? 医療従事者や福祉施設で働いている方などは、自分自身が感染源になって施設内感染を起こしてしまわないよう、一般の人々よりもさらにワクチン接種に積極的である必要があります。実際、B型肝炎、麻疹、風疹、ムンプス、水痘など、予防接種で防ぐことのできる疾病については、日本環境感染学会のガイドラインで医療に携わるに際して免疫獲得(ワクチン接種)が原則とされています。病院が医療従事者に新型コロナワクチンの接種を強制することは可能なのでしょうか? 大林 少し憲法から離れてしまいますが、雇用者側には労働者の健康を守るという安全配慮義務があり、また顧客に対しても一定の安全配慮義務が要請されると考えられますので、職種によって、とくに病院や福祉施設などでは、ワクチン接種を推奨することがあるでしょう。また、そうした場所でクラスターが発生すると業務に支障が生じ、経営にも影響が出てくると思います。そのため、病院や福祉施設がスタッフに対して接種を推奨したり、時には強制的に要求したりすることもありうるでしょう。ただし、強制的に要求する場合でも健康上の理由や信仰上の理由について免除を認める余地を残すべきでしょうし、接種に応じない医療従事者をただちに解雇するなどの過度な対応は許されないと思います。代替手段として定期的なPCR検査や勤務時の感染対策の徹底などを求めたり、あるいは一時的な配置転換を行ったりすることは許容される可能性があると思います。 讃井 ワクチンパスポートについてはいかがでしょうか。海外では飲食店やショッピングセンターを利用する際に接種証明書の提示を義務づけるといった運用がかなり一般化しているようですし、日本でも現実味を帯びてきているように思います。実際、面会に来た家族にワクチン接種の証明を求める病院もあります。

大林 国が民間事業者に対して施設利用やサービス利用についてワクチンパスポートの提示を確認するように義務付けた場合、その事業者の営業の自由を制約し、利用者に対しては一般的自由など憲法上の権利を侵害するおそれがあります。もし民間事業者が勝手にそうした運用をした場合にも不当な差別として民法90条の公序良俗違反に当たる可能性もあるでしょう。施設やサービスの内容や種類にもよりますが、そうした運用には慎重になるべきです。とはいえ、ワクチンパスポートの活用が一切許されないというわけではなく、先ほどおっしゃったような病院の面会などのようにワクチン接種が高度に要請されるような場合にはワクチンパスポートの活用が許されることもあると思います。 讃井 前回のお話にも通じますが、仮に国や自治体がワクチンパスポートをルール化するならば、法的根拠が必要なのでしょうね。

大林 内容にもよりますが、ワクチンパスポートに伴う特典付与などは、直接権利を侵害するものではないので、あまり厳格に法的コントロールが要請されるわけではありません。一方、ワクチンパスポートがない人に対して公共施設の入場や行政サービスの利用を拒否したりするといったような不利益を課す場合には権利制約の程度が強くなるので法的根拠が必要になると思います。また、民間事業者に対してワクチンパスポートのチェックを義務化する場合にも法令が必要になるといえるでしょう。

讃井 ありがとうございました。次回は、医療供給体制と法律について伺いたいと思います。
127日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、大林教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第76回は110 日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。