医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第31回 コロナで失われつつある通常の診療

2020年12月21日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

「感染を減らす施策、行動を!」 新型コロナウイルス感染症拡大で厳しい状況が続く医療の現場から、讃井教授が声を上げる。このままでは通常の診療が受けられなくなる!

新型コロナウイルス感染症の拡大が止まりません。医療現場の窮状も毎日のように報道されています。今回は、重症患者を医療現場で診る一集中治療医として、いま私が感じていることを率直にお伝えしたいと思います。 結論から言います。感染患者を減らしてください

そのために、政府や地方自治体には的確なメッセージ・丁寧な説明とリーダーシップを、みなさんにはあらためて感染予防策(三密回避、マスク、手洗い、体調不良時は外出を控える)の徹底をお願いしたいと思います。 新型コロナ感染症を、「ただの風邪だ」と言う人もいます。たしかに新型コロナウイルスは風邪を起こすコロナウイルスの一種ではありますが、実際に医療現場で診療にあたっている医師のほとんどは、ただの風邪などとは思っていないでしょう。ある程度対処法が確立してきたとはいえ、特効薬がなく、ワクチンもなく(もう一歩です)、感染力が相当度強く、かなり重症化しやすく、かつ重症化が急激に起こる(第22回参照)。しかも、多彩で重い後遺症が出やすいのです(第29回第30回参照)。

全国の陽性者数と重症者数の推移(12月20日時点)

ともに厚生労働省ホームページより

「インフルエンザより死亡者が少ない」という人もいますが、季節性インフルエンザや新型インフルエンザより感染率も致死率も高いことがわかっています。実際、季節性インフルエンザに比べると、ICUに入室する患者の年齢層も低く、持病はあっても活動に制限がない「普通に旅行ができ、テニスができる、コロナがなければICUに入室して生死の境をさまよわなくてよかった」人も多いのです。

そんな新型コロナ感染症の拡大により、現在、新型コロナ感染症患者を受け入れている病院では、通常の診療がができなくなってきています。通常の診療とは、新型コロナ感染症も含めて治療が必要なすべての方に最適な医療を提供することです。この通常の診療を守ることこそ、感染患者を減らさなければならない第一の理由です。

たとえば、冬になると脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、心筋梗塞や狭心症などの心疾患、コロナ以外の肺炎によって救急搬送される方が増えますが、その受け入れが難しくなりつつあります。さらに、各地でがん検診が行なわれなくなった上に、感染を心配した受診抑制もあり、結果的にがん患者の長期予後の悪化も大きな懸念となっています。みなさんが病気になった時、いままでは当たり前だった「病院にかかる」ことができなくなりつつあるのです。

新型コロナ感染症患者についても、医療体制の逼迫により最適な医療の提供が難しくなってきました。 去る11日、神奈川県で宿泊療養中の50代男性が亡くなりました。健康観察のために看護師が何度か電話をかけたけれどもつながらず、部屋をたずねたところ男性は心肺停止状態で倒れていたそうです。基礎疾患はなく、軽症と判断されての宿泊療養でしたが、その日の朝の電話ではSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が86%(=酸素吸入が必要なレベル。正常値は96%以上)でした。詳細は不明ですが、もしその時点で入院しモニタリングを始めていれば、違う結果となった――通常であれば亡くならなくていい命が失われた可能性が高い、と私は思います。

なお、なぜ病状が急変したのかですが、亡くなった男性はハッピー・ハイポキシア(=幸せな低酸素血症)だったのではないかと考えられます第27回参照)。新型コロナ感染症の初期症状の一つに、肺炎が進行して身体に必要な酸素を十分に取り込めない状態であるにもかかわらず、なぜか自覚症状がなく、苦しくないことがあるとされています。このハッピー・ハイポキシアの状態で安心していると、急激に呼吸状態が悪化して、すぐさま人工呼吸を行なわないと命が危ない状態になることがあるのです。

実際には、悪化の過程で唇が青くなったり、数mしか歩けなくなったりといったちょっとした症状が出ているはずなのですが、本人はなかなか気付きません。また、自分でパルスオキシメーター(指をはさんで計測する器械)を使ってSpO2を測定する場合、わずかな指のずれや手の冷たさ、マニキュアなどによって正しい数値が出ないこともあります。そして、「息が苦しいな」と思ったのも束の間、意識を失うケースもあります。この急激な悪化には、肺炎の進行に加えて、ハッピー・ハイポキシアの間は自分でも気づかずに自ら激しく息を吸ったり吐いたりしており、それによって肺がさらに痛んでしまうこと(自発呼吸誘発性肺傷害 第13回参照)が関与しているのではないかと言われています。埼玉県でも4月に自宅療養中の方が同じような経緯で亡くなりました。自宅療養やホテル療養の方は、自分は苦しくなくても上記の変化を認めたり、配布されているSpO2を測定して90%を切るようになれば、すぐに決められた連絡先に連絡して下さい。今のところ、自分で自分の身を守るしかないのです。

入院すべき患者さんが入院できなかったという神奈川の事例は、医療のキャパシティが限界に近づいていることを示しています。第一波を受けて、各自治体は新型コロナ感染症用のベッド数を増やしました。しかし、しばしば報道されるとおり、通常診療のニーズや看護師の不足などにより確保病床数を100%稼働させることはできません。保健所の調整能力にも限界があります。キャパシティを拡充してきたものの、第三波によって水がわずかずつ溢れている――今はそういう状況です。そこでもっとも深刻な影響を受けるのは、高齢の新型コロナ感染症患者です。

急性期(症状が急に現れる時期、病気になり始めの時期)の高齢者に積極的な治療を行なうかどうかは、ご本人の意思に基づいて、もしくはご本人が答えられない状態の場合はご家族に代弁者になっていただいて、判断しなければなりません。これは新型コロナ感染症に限らず、あらゆる病気に共通した原則です。たとえば、人工呼吸を行っても改善が望めそうもないとき、「もうこれ以上苦しめたくない」というご家族の気持ちがあれば、それを尊重してわれわれは人工呼吸をしないという選択をします。しかし、その選択の背後には、急性期の病気に対して最大限の治療を提供できるという前提があるのです。

現在、新型コロナ感染症による死亡者のほとんどは高齢者で、私の知る範囲ではその中の8割ぐらいは、積極的な治療を希望しなかった75歳以上の後期高齢者の患者さんです。問題は、希望する患者さんが今後も積極的な治療を受けられるかどうかです。いまや、急性期の病気に対して最大限の治療を提供できるという医療の前提が崩れかけています。事実、旭川の病院クラスターでは、慢性期病院で感染した高齢者が急性期病院に転院できずに亡くなるという事態が起こりました。

以上のように、医療体制の逼迫は最適な医療の提供を困難にします。繰り返しになりますが、そうならないためには感染患者を減らすしかありません。

感染患者を減らしてほしい理由は他にもあります。それは、われわれ医療現場の疲弊が限界に近づいていることです。

とくに看護師の体力的・精神的なストレスは想像を絶するものがあります。私はしばしば看護師に、「大丈夫?」と声掛けします。彼女たちはいつも笑顔で、「大変だけど大丈夫です」と答えてくれます。けれども、ある日突然、「もうダメです」となるかもしれません。そもそも医療職・介護職は、ただでさえ燃え尽き症候群(バーンアウト:一生懸命やっても期待した結果が得られない時などに、心身の極度の疲労から燃え尽きたように意欲を失うこと)になりやすい職業だとされているのです。 12月14日、菅総理は、医療従事者への支援を拡大し、医師には1時間1.5万円、看護師には5,500円を補助する方針を示しました。これについて、私自身、そして私のまわりの医師・看護師等も違和感を感じています。飲食業・旅行業をはじめ経済的に困っている方がたくさんいる中で、生活の保証という意味では医療従事者は恵まれた境遇にいます。誤解を恐れずに言えば、われわれはお金のためにコロナと戦っているわけではありません。われわれが戦意喪失しないため、あるいはバーンアウトしないために必要なのは、お金ではなく、感染患者を減らす施策だということを国のリーダーにはわかってもらいたいと思います。

では感染患者を減らすにはどうしたらいいのでしょうか。経済を回すことも考えなければならないので非常に難しい問題ですが、ワクチンの効果がある程度得られるとするならば、それまでは感染の状況に応じて臨機応変に規制を強めたり弱めたりを繰り返すしかないのではないかと私は考えます。感染が拡大して、一定の水準を超えたらガツンと締めて感染者を減らすのです。その水準は第二波が参考になるでしょう。

振り返れば、第一波ではPCR検査体制、ベッド数などあらゆる面で準備が不足しており、危機的状況でした。第二波は、感染者数が第一波を上回り、医療現場はそれなりに苦労はしましたが、わずかながら余裕を残して乗り越えられたというのが正直な印象です。第一波を教訓に、検査体制の拡充やベッドの増床などが行なわれたこと、新型コロナ感染症に対する知見が集積されてきたことが寄与していると考えられます。しかし、現在の第三波は、第二波を軽く超え、キャパシティが限界に達してしまいました。感染状況予測のための各種のデータをもとに政府は判断していると思いますが、現状として、第二波程度のピーク感染者数までであればなんとかやっていける、そう感じています。 今後GoToトラベル中止など、各種施策の効果が出て感染者数が減少することを期待しています。ただし、もし下がっても比較的高いレベル、たとえば第二波ピーク程度の感染者数が維持されてしまうと、長い寒い冬、医療機関は耐え続けられません。せめて一度は10月程度の感染者数レベルまで下がって欲しい。

 私は11月中旬から、今すぐ行動の制限に結びつく強い施策をとるべきだと訴えました。現在のように感染者数が高止まりの状況では、たとえ強い施策を用いてもコントロールに時間がかかります。それに比べれば短い期間で済むはずだからです。私の訴えが届かなかった今、各方面への影響は大きいと思いますが、10月程度の感染者数まで下げることを目標に、一刻も早く、さらなる強い施策をとっていただきたいと思います。

以上はあくまでも私見です。ただ、政府がどのような政策をとるにしても、明確な方針と丁寧な説明は必須です。いま、残念ながら医療現場から政府の意思は見えません。ぜひ強いリーダーシップを発揮して、感染患者を減らしてほしいと思います。

そして…がんばっているみなさんに繰り返すのは心苦しいのですが、感染予防策の徹底をお願いいたします。
(12月18日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

⚫︎ヒューモニーよりウェビナー開催のお知らせ

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※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第31回「いま地方都市が危ない――大規模院内クラスターはなぜ起こるのか」(1228日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。