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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第82回 コロナ下の予定手術

2022年04月25日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新型コロナウイルス感染症は、がん検診の減少、受診控え・手術控え、さらには予定手術の延期など通常診療にさまざまな影響を及ぼしている。このような中で予定手術を受けた作家の江波戸哲夫さんに讃井教授が体験談を聞き、受診控えへの警鐘を鳴らす。

病気を治すためとはいえ、手術を受ける患者さんはさまざまな不安や緊張を感じることと思います。その上、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まって以降は、病院内での感染リスクを恐れるあまり、受診控えが顕著に起こっています。一方で、コロナ対策に病床や医療従事者を割かなければならないため、感染極期には通常診療が制限され予定手術(緊急的に行なう緊急手術ではなく、あらかじめ予定・計画された手術)の延期も行なわれました(第34回参照)。

実際にコロナ下で予定手術を受けた患者さんは、何を体験し、どのような感想を抱いたのでしょうか? 昨年末、私が勤務する自治医科大学附属さいたま医療センターで心臓弁膜症の手術を受け、ICU(集中治療室)に入室された作家の江波戸哲夫さんにお話を伺うことができました。

©️岡村啓嗣

江波戸哲夫(えばと・てつお)
1946年東京都生まれ。1969年東京大学・経済学部卒業後、都市銀行、出版社勤務を経て作家に。代表作に『小説大蔵省』、『小説盛田昭夫学校』、『定年待合室』、『集団左遷』(福山雅治主演でテレビドラマ化)などがある。

讃井 手術にいたる経緯からお教えください。

江波戸 6年前、別の病気で入院した時にいろいろな検査をしたところ、心臓弁膜症があることがわかりました。すぐに手術する必要はないということで薬で対応していたのですが、一昨年の冬に、「そろそろ手術したほうがいいですね」と担当医に言われました。その頃から、日常生活で息苦しさを感じる場面が出てきて、「これは手術しないとまずいな」と私自身も思うようになりました。家庭の事情があって日程調整は昨年9月にずれ込みましたが、11月末に入院して手術することが決まりました。

讃井 手術は初めてだったそうですが、不安ではありませんでしたか?

江波戸 信頼していた専門医が診断して手術を勧めたのだから、それが一番妥当な結論なのだろうと思いました。また、心臓弁膜症の手術は成功率が高いということも知っていましたので、躊躇はありませんでした。

讃井 日程調整された昨年9月はデルタによる第5波のさ中でしたが、新型コロナに罹ったらどうしようといった心配はありませんでしたか? 当院は第1波初期から新型コロナの診療に力を入れてきており、とくにECMOが必要な重症患者については全国でも4番目に多く受け入れてきました。そのため最初の頃は、「怖くて病院の前を歩けない」といった近隣住民の声があったと聞いています。入院するとなると、なおさら不安ではありませんでしたか? 江波戸 日程調整をした時は第5波が収束していなかったので、日程を決めても先に延びてしまうかもしれないと危惧していました。幸い、入院の期間はコロナが一番おとなしかったので、予定通り手術を受けることができました。院内感染に関しては、先生方がきちんと対策してくれているだろうと思っていたので、心配はありませんでした。それよりも、このまま手術をしないでいるほうが心配だという気持ちが強かったですね。

讃井 入院にあたっては、コロナ以前にはなかったPCR検査や面会の制限などがあります。これらをどう感じましたか?

江波戸 PCR検査は2回ありました。最初はエコー検査のためのPCR検査で、2回目は入院のためのものでした。検査を受けてからは、その時陰性でもそのあとに感染したらまずいので、一層きちんと自粛をしようという気持ちになりました。家族が病室に入れるのは、入院時と退院時にそれぞれ15分だけでした。でも、これは時局がら仕方がないと思いました。

讃井 実際に入院されて、職員の対応はいかがでしたか?

江波戸 看護師さんがびっくりするぐらい優しくて丁寧でした。例えば、体温を測り終えて体温計をお返しする時、「ありがとうございます」と看護師さんが言うわけです。看護師さんのほうが私を看てくださっているのだから、そんなに丁寧にしなくてもいいのにと逆に申し訳ない気がしました。お医者さんも同様に優しくて丁寧でした。昔はお医者さんは一般の人よりレベルが高いと本人も周りも思ってたものですが、今は「みんな平等」という民主的な感覚が広がってきていて、それが行き届いているのだなという印象を受けました。

讃井 たしかに、かつては医師の一方的な話を患者さんが聞いてそれに従うといったパターナリズム(父権主義)で動いていました。そもそも医療情報の質と量に圧倒的な差があるので、どうしても患者さんが弱い立場になりがちです。しかし現在は、シェア―ド・ディシジョン・メイキングといって、患者・家族・医療関係者が一緒に考えて皆で決めていきましょうという考え方が一般的になりました。

手術後はICUに4日間入られましたが、その印象はいかがでしたか?

江波戸 手術室に入ってベッドに横になったら、間もなく麻酔を打たれて、次に目が覚めたのはICUでした。隣の病室と続いていて、看護師さんが始終出入りしているなど、ずいぶん開放的な場所なんだなというのが第一印象でした。閉鎖された部屋だと思い込んでいたので、ちょっと意外に思いました。

讃井 ICUにいらっしゃる間にリハビリが始まりましたが、大変ではなかったですか?

江波戸 ICUで目覚めてその次の日、つまり手術後2日目に歩行などのリハビリが始まりました。リハビリは早く始めるほど回復に良いと知ってはいましたが、そんなに早くからやるものなのかと驚きました。でも、たしかにリハビリをやればやるほど体力が戻ってくる実感がありました。

讃井 術後の回復のために早期リハビリは欠かせません

入院中にお困りだったことなど、何かお気づきの点はありましたか?

江波戸 入院時に必要なもの・その準備方法を一覧表にまとめてほしいなと思いました。必要なものが詳しく説明された『入院のご案内』とレンタルできるアメニティのパンフレットが別々なので、わかりにくいんです。その他に自宅から持参しなくても院内のコンビニエンスストアで購入できるものもあります。ですから、必要なものはこれこれで、その中でレンタルできるもの、コンビニで買えるもの、持参すべきものを分類した一覧表があるとわかりやすいと思います。  それと、いくつかの場面で、あと一言の説明があったら私たち患者はもっと安心できるのではないかと感じました。例えばリハビリの場面。できるだけ早く始めたほうが回復も早いというのは私自身はネット等で調べて知っていましたが、医学的データとともに簡潔に説明する資料があれば、患者も納得して積極的にリハビリに取り組むと思うんです。あるいは、点滴の際も、輸液の中に入っている薬について、「心臓の血管を開く薬と痛み止めの薬が入っています」というような説明が一言あると患者としてはすごく安心できます。

讃井 あと一言の説明――とても重要なご指摘だと思います。江波戸さんのお話を伺っていて感心するのは、非常に客観的に観察されているということと、仕事柄かもしれませんが自ら医療情報を集めようとするご姿勢です。治療の主体は患者さんですから、病気と闘う上でそういったリテラシーの高さはとても大切だと思います。術後の経過はいかがなのでしょうか?

江波戸 退院して4か月近く経ちましたが、順調に回復しています。例えば、手術前は坂道を見ると、「ああきつそうだな。嫌だな」と思って、実際に歩くとちょっと息切れしました。それが今は、坂道に向かう時にも、「嫌だな」と感じることはありませんし、苦しくなく登れます。手術の効果は顕著に出ていると思います。

讃井 それは素晴らしい。では、手術を受けてよかったと思われているのですね?

江波戸 本当によかったです。手術前は、健康に戻ってまた力のこもった作品、最高傑作を書きたいという願望がありました。女房と一緒に旅行もできるのではないかという期待もありました。その願望や期待が手術に前向きになった要因なのですが、今後はそれらを実現したいと思っています。 讃井 前向きな方のほうが予定手術の術後の経過が良いというデータがあるのですが、江波戸さんはまさしくそれですね。最後に、手術を躊躇されている方へのメッセージをお願いできませんでしょうか。というのも、ただでさえ手術に不安を感じる方が多い中、コロナ禍で受診控えが起こった結果、心臓やがんなどの手術を受けずに手遅れになっている事例が多く報告されているからです。

江波戸 基本的に病院はコロナ対策を相当神経質にやっていると感じました。受診することによってコロナに罹患するリスクより、治療を先延ばしにしてその病気が悪化するリスクのほうがはるかに高いはずですから、やるべき手術は受けたほうがいい――それが私の体験に基づく実感です。

讃井 ありがとうございました。じつはこれほど長時間一人の患者さんと話す機会はなかなかありません。率直なご感想やご提言をいただき、とても勉強になりました。今後の当院の改善に活かさせていただきたいと思います。

(4月15日対談 構成・文/鍋田吉郎)

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、江波戸氏個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第83回は59日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。