医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第33回 医療崩壊は起こっている

2021年01月11日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新型コロナウイルスの感染の急拡大が進む中、緊急事態宣言が発出された。しかし、すでに医療崩壊は起こっている――讃井教授が明らかにする医療現場の現実。

1月7日、首都圏の1都3県を対象に緊急事態宣言が発出されました。その会見の中で菅総理は、「年末年始から本日に至るまで、感染者数は極めて高く、本日、東京では2400人を上回るなど厳しい状況であり、大変な危機感を持っております」と述べました。では、年末年始、具体的に医療の現場はどのように”厳しい状況”だったのでしょうか――私が勤務し、おもに重症患者を受け入れている自治医科大学附属さいたま医療センターや埼玉県の年末年始をお伝えしたいと思います。 第三波が始まり、新型コロナウイルス感染症患者が増加してゆく中、当院では18床のコロナ専用のベッドを用意しました。年末に向けて感染が急拡大すると、その18床のベッドが、29日、30日、31日であっという間に埋まってしまいました。

埼玉県ホームページより

そのため、年明けには、重症新型コロナウイルス専用ICUを最大限に利用できるように、一般病床からの看護師の移動を行い、一般病床を減らしました。重症新型コロナウイルス診療には、少なくとも通常の2倍近い看護スタッフが必要なのです。予定入院や予定手術を減らさなければなりません。 ベッドが一杯一杯の状態では、当院の使命である深刻な症状の重症コロナ感染症患者を受け入れるには、転院が可能な患者をどこかに受け取ってもらわないとなりません。新型コロナ感染症は重症化すると回復までに時間がかかるので、一度埋まったベッドはなかなか空きません。重症患者を新たに受け入れるためには、新型コロナ感染症の症状は比較的軽いものの、人工透析の必要性などにより当院に入院している患者さんに転院していただかざるをえないのです。他院や県庁の入・転院調整本部と毎日情報共有し、まるで駒を動かすように、ようやく空きベッドを確保する状態が年末から続いています。

ここまでやっているにもかかわらず、埼玉県内の新型コロナ感染症患者の受け入れは日を追うごとに難しくなっています。3日前ぐらいからちょっと調子が悪かったけれど自宅療養を余儀なくされていた感染患者が、急激に症状が悪化して人工呼吸器寸前の状態になってようやく入院できた例。もともと透析をされていてハイリスクなのに入院できない感染患者の例。そんな事例がどんどん増えてきています 。急変の可能性が高い、高リスクの自宅療養・ホテル療養患者が増えているのです(第31回参照)。

また、冬は新型コロナ以外の肺炎、心臓病、脳卒中が増える時期です。新型コロナ感染症以外の病気の患者さんの入院・転院も難しくなっています。救急患者の受け入れも制限し、重症患者に限定せざるを得ない状態です。新型コロナ感染症かどうかにかかわらず、高齢者に対する積極的治療継続の是非(第31回参照)を検討するタイミングが早くなり、その対象も広くなっています

第31回(12月28日公開)で、「治療が必要なすべての方に最適な医療を提供することが難しくなりつつある」、「医療のキャパシティというバケツから水があふれそうになっている」と書きましたが、それから2週間が経った現在の状況は、「難しくなった」、「あふれ出した」です

1月9日、埼玉県の新規陽性者数は518人と過去最多を記録しました。7日間の平均値も384人(1月1日時点で250人)と増え続けています。緊急事態宣言の効果が出始めるのは10日から2週間後ですので、仮に今後10日間、毎日400人の新規陽性者が出るとしたら、合計4000人にものぼります。

埼玉県ホームページより(1月9日現在)

無症状・軽症の方が多いとはいえ、もしこの数の新規陽性者数が続けば、診療が今以上に厳しくなるのは明白です。「医療のキャパシティというバケツから水があふれ続ける」ということです。医療崩壊の定義は定まっていませんが、「コロナ禍前の通常の診療ができなくなること」だとすれば、医療は崩壊している――私はそう考えます。

日本の「通常の診療」は、諸外国と比べてベッド数が多く、アクセスが良いです。「欧米より感染者数がはるかに少ないのになぜ医療崩壊するのか」は、十分に考察すべき重要な疑問ですが(これについては、日本の医療体制が目指すべき道も含めて、別の回で書きたいと思います)、バケツの大きさはすぐには大きくなりません。最も即効性のある介入は、一刻も早く感染者数を減らすことなのです。

以上が医療現場で起こっている現実です。しかし、第一波の時と違って人の流れが止まらない――これも現実です。

私自身は、家族とはZOOMで会うだけの正月でした。同様に帰省や新年会を我慢された方も多かったと思いますが、テレビのニュースを見る限り、期待していたほど人の出が少なくなったとは感じませんでした。その印象は緊急事態宣言後の今週末も変わりません。

残念ですが、しかたがないとも思います。1年近くがんばってきた皆さんには、コロナ疲れがあるでしょう。コロナ慣れ、あるいは、自分とは関係ないと思ってしまうのも人間です。メディアがどれだけ発信しても限界があります。扇情的で画一的な報道が裏目に出ているのかもしれませんし、そもそも若い人はテレビを見ません。一番伝えたい人たちにメッセージが届かない。もどかしさを感じますが、自粛や要請の限界ではないでしょうか。

そんな現実の中、部下の医師や看護師などのスタッフ、県内の重症患者を診る“仲間”、県の入・転院調整本部のスタッフに少しずつ疲れが見えてきています。なんとかしてひと息つかせてあげたいと思いますが、新規感染者数を少なくとも第二波後の水準(東京都でいえば1日100人程度)まで抑えないとそれはかなえられないでしょう。残念ながら、ステージ4から3に下がっても、これは高止まりと言わざるを得ません でも、疲れているのは医療従事者だけではありません。飲食業界、観光業界、エンタメ業界…。たくさんの人が経済的に苦しんでいます。一部の誰かにしわ寄せがいくことなく、皆で苦労をシェアする社会であるべきだと思います。

令和2年8月7日「新型コロナウイルス感染症対策分科会提言」資料より

まだまだ続く長い冬、医療現場の闘志を維持するには、トンネルの先に灯りが見えないことほど辛いものはありません。国のリーダーにはどこまで感染をコントロールしたいか具体的な目標を示し、丁寧に説明し、断固たる決意・覚悟を表明してほしい。また、目標が達成できない時に次にどのような手段を取るのか、早めに示して欲しい。未来を100%予測することは誰にもできません。結果的に目標が達成できなくても、丁寧な説明と、迅速かつ柔軟な軌道修正があれば、納得する人は多いのではないでしょうか。
(1月9日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第34回は118日(月)掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。