医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第41回 中国はどうやって新型コロナを抑え込んだのか

2021年03月08日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

中国の感染制御の実態とは? 新規感染者数が下げ止まってしまった日本が、参考にできることはないのか? 中国に赴任中の日本人ビジネスマンに讃井教授が聞く。

 新型コロナウイルス感染症の震源地中国では、現在新規感染者がほとんど出ていません。しかし、日本では報道がほとんどないため、「中国政府の公表データは信用できるのか?(じつは今も市中で蔓延している?)」、「どのような方法で感染を制御しているのか?」、「人権が軽視されているというが、人びとは不満ではないのか?」等々、さまざまな疑問が浮かびます。中国の実態はどうなっているのでしょうか。中国に赴任中の長井昌也さんにお話を伺うことができました。

長井昌也(ながい・まさや)

自動車メーカー勤務。アメリカ駐在を5年経験した後、中国へ異動。北京、広州で広報責任者、四輪工場責任者を経験し、日本に戻り広報部長など務めた後、再び中国へ。現在は重慶にて小型エンジン製造拠点の責任者を務める。中国での駐在期間は合計で9年。

讃井 長井さんが赴任されている重慶とはどういうところですか?

長井 重慶は中国のほぼ真ん中に位置する大都市です。長江を河口の上海から1500㎞ほど遡ったところで、この重慶と上海のちょうど中間あたりに新型コロナウイルスの大規模感染が起きた武漢があります。私は重慶の工場に足かけ3年赴任しています。 讃井 昨年はじめ、新型コロナウイルス感染症が感染拡大した時の様子を教えてください。

長井 1月下旬の春節(旧正月)の前から、武漢で新型コロナウイルスが蔓延し始めたというのは報道で知っていました。とはいえ、重慶では感染者が出たという話もなく、まだ危機感はあまりなくて、私は春節の休暇を利用して日本に一時帰国しました。ところが帰国中、武漢での感染がみるみる広がって、春節が明けても工場は稼働しないようにという通達が来ました。中国に戻る飛行機の便はガラガラで、乗り換えの北京空港はお店が全部閉まっていて真っ暗でした。重慶に着くと、各所で検問をやっていて体温測定するなど、厳戒態勢になっていました。私自身も2週間自宅から出ないよう指示されました。 その後、さまざまな制限がどんどん厳しくなっていって、たとえば3月末には日本からの入国ができなくなりました。しかし、4月に入ると状況はかなり落ち着いて、工場の操業もほぼ平常通りに戻りました。結局操業できなかったのは、2月から3月半ばまでの1か月半ぐらいということになります。

讃井 回復はかなり早かったんですね。

長井 中国全土に感染が広がらなかったからでしょう。北京、上海、広州などでもある程度感染は拡大しましたが、本当にひどかったのは武漢だけでした。その武漢をロックダウンして感染を抑え込んだのが大きかったのだと思います。

讃井 重慶はロックダウンしなかったんですか?

長井 中国では”封鎖管理”というのですが、2月から3月にかけては重慶でも実施されました。中国の町には、住区やマンションごとに自治会があるのですが、その自治会がテントを設営してそこで出入りのチェックや検温などの管理を行い、食料や日用必需品の買い物以外を制限していました。ただし、テントにいるのは政府機関や警察ではなく、住民のおじさん、おばさんでした。

 「集合住宅ごとに『封鎖管理』という体制がとられていて、どのアパートの入り口でも住民の皆さんが当番で出入り管理や検温を行なっていました」(長井さん)

讃井 日本から見ればかなり強い制限ですね。結果、重慶では2月のピーク時でも新規感染者数が1日数十人程度だったようなのですが、中国政府の発表する数字をそのまま信じてもいいのでしょうか?

長井 それはなんともいえませんが、私個人は、感染は広がらなかったというのが実感です。近所の病院に行くと、入り口のところに発熱外来を作ってそこに防護服を着た人が常に待機していたのですが、患者が全然いませんでした。病院から患者が溢れてしまったとか、そのために急遽プレハブの病院を建てたというのは、武漢だけだと思います。

讃井 定期的なPCR検査は行われているのでしょうか?

長井 ないですね。私がPCR検査を受けたのは1回だけ。国内出張のために必要だったからです。中国でも散発的に感染者は出ていますが、広くPCR検査をやって感染者を見つけているのではなく、発熱外来や検温を入り口にして見つけているのだと思います。ただし、いったん感染者が見つかると、その地域で100万人規模のPCR検査を実施します。

感染者が出ると、ある程度の範囲をロックダウンし市民を自宅待機させます。今年に入ってから河北省で感染が拡大しましたが、その時は1000万人近い市民が自宅待機となりました。同時に住民全員を対象に大規模なPCR検査をやって感染者を囲い込みます。中国では、このようなやり方で感染を抑え込んでいるんです。

讃井 市民の行動追跡も徹底していると報じられているのですが、どのようなやり方なのでしょうか。

長井 スマートフォンのアプリが通行手形のように使われています。中国ではスマホがものすごく普及していて、たとえば私自身もこの1年間で現金を使ったことがなくてすべてスマホで支払っています。屋台ですらスマホ決済です。だからみんながスマホを持っているという前提で、コロナに関しての行動管理もアプリで行われています。

讃井 日本にもCOCOAがありますが、不具合が問題になりましたし、そもそも普及率が低くて活用されていません(2021年1月5日時点で合計ダウンロード数は約2285万件)。中国ではコロナのアプリを入れるのが義務なのですか?

長井 いえ、義務ではありません。けれども、公共交通機関、ショッピングモールやスーパー、ホテル、レストランなどへ入る際に、アプリによる健康コードの提示を求められるので、アプリなしでは生活できないんです。

健康コードとは、緑・黄・赤の3段階で持ち主の感染リスクを示すQRコードです。感染リスクは、感染地域への出入りや濃厚接触の可能性などから判定されます。新規感染者が数十人出た「感染リスクが高い地域」に行くと、健康コードが黄色や赤になるといったようにです。

 

健康コード(全国版と重慶版)。「本人の移動履歴(中高感染リスク地域へ行ったか否か)を確認できます。空港、ホテルや観光地など人が多く集まる場所で提示を求められます」(長井さん)

たとえば、私が上海に出張に行って重慶に帰ってきた場合、上海に感染者がいなければ、私の健康コードは緑のままです。しかし、後からでも、滞在期間に感染者がいたことが判明すると、健康コードは黄色や赤に変わります。それだけではなく、「PCR検査を受けてください」という連絡まできます。つまり、スマホの位置情報などによって、すべての人の行動が把握されているわけです。個人のプライバシーは一顧だにされていませんが、感染拡大防止の観点だけでいえば非常によくできています。

また、地域の感染リスクも高・中・低に三分類されていて、低リスク地域から低リスク地域の移動は自由にできるけれど、中リスク地域からどこかに行こうと思うと3日以内のPCR検査が必要というように、国内移動がコントロールされています。ちなみに現在は、高リスク地域はなくなり、ほとんどが低リスク地域だということです。

中国の感染状況を示す画面:本日の感染者数は全国で469人(香港、マカオ、台湾を除くと177人)、重慶市はゼロ。

讃井 プライバシーが侵害されていることやロックダウンの厳しさに対して、国民の抵抗感はないのですか?

長井 あまりないように感じます。ひとつの理由は、政府の対応を非難すべきではないと皆さんよくわかっていること。

もうひとつ、それ以上に大きい理由は安心感でしょう。「昨年の2月、3月は大変だったけれど、それ以降は許容範囲。世界で1番中国が安全だ」と人びとが思っているように見えます。

実際、私の仕事についていえば、4月には工場の操業がほぼ平常に戻り、6月からは国内出張に行くようになりました。その頃には、重慶では住宅地の封鎖管理はなくなり、自治会のテントも撤収されました。レストランも通常営業になり、10月ぐらいには多くの国内観光客が訪れるようになりました。早期にコロナ以前の日常が戻ってきたので、誰も不満を口にしないのだと思います。

「重慶市の現在の感染者数はゼロ、街でマスクをしている人は半分以下かと思います」(長井さん)

讃井 中国人に対しては、失礼かもしれないけれど「列に並ばない。横入りをする」というステレオタイプなイメージがあるのですが、コロナに関してはみなさん決めごとを守ったのですか?

長井 私も同様なイメージがあったのですが、「マスク着用」と言われたらきちんとマスクを付けるし、「間隔を空けて並ぶこと」も守るので驚きました。自分の身の危険に関わることはしっかりやるのかなという印象です。

しかも、日本人と同じようにかなり自発的にやっているんです。中国ではなんでも強権的に行われていると思われがちですが、先ほども言ったとおり、住宅地の封鎖管理は警察官が力ずくで抑え込んでいたわけではなく、自治会のおじさん・おばさんが交替で自発的に運営していました。

今年の春節では、帰省自粛の呼びかけが政府からありました。禁止命令ではなく、あくまでも要請レベルだったにもかかわらず、例年と比べて人流が約6割も減りました。帰省を自粛した場合には補助金が出る、万一帰省先が高リスク地域に指定されると2週間の隔離がある、といったことも考慮したのでしょうが、自発的に6割も減るというのは驚きです。その結果、春節後も感染は広がらず、中国全土で感染者がほぼいない状態が続いています。

讃井 ありがとうございました。スマホのアプリを活用し、いざ感染者が出たらスピーディーにロックダウンし、同時にPCR検査で他の感染者を見つける――政治体制や人権意識が異なるので、日本でまったく同じやり方はできませんが、参考にすべきところは多々あると思いました。

*   *   *

中国が公式発表した新型コロナ感染症の感染者数・死亡者数は過小なのではないかと疑惑の目が向けられています。ただし、それはおもに昨年春までの数字についてで、長井さんのお話からも現在ほぼ収束しているのは間違いないように思います。

お話の中で、「個人の自由・プライバシー制限に対する国民の抵抗は少ない。これは、政府の対応を非難できないからというより、むしろ早期にコロナ以前の日常や安心が戻ったことが大きいからではないか」という部分が最も印象に残りました。

国内のコロナ感染収束の目処が立たない現在、各ステークホルダー、すなわち医療界、経済界、国民に対する“お願い”の限界は、誰もが知るところとなりました。国の政治体制やイデオロギーの違いを盾に、平時における活動の自由やプライバシー保護の原則を、危機時に全くそのまま適用するのは合理的ではないでしょう。危機においてどこまで私権を制限するかは、国民的議論になって然るべきと思います。

しかし、マイナンバーカードの普及問題でもわかるように(ヒューモニー特別連載3『ポストコロナのIT・未来予想図第1回 コロナが明らかにしたマイナンバーカードの課題』参照)、一部の国民やメディアにアレルギー反応を示す人がいるなどして、議論が深まらない傾向が見えます。“日常への復帰や安心の早期実現”という目標のために、何を優先して何を我慢すべきか、冷静かつ合理的に考えるべきではないでしょうか。これは、本連載のキーワードの一つ「リスク・ベネフィット」と通底する考え方です。

そのためにもメディアには、中国だけでなく、ニュージーランドや台湾などの、いわゆるコロナ対策優等生と呼ばれる国の正確な情報をもっと伝えてほしいと思います。国の政治体制やイデオロギー、あるいは国のサイズが違うというだけで、学ぶべきところはないと耳を閉ざしてしまうのは得策ではないでしょう。正確な情報がなければ議論・検討することさえできないのです。
(2月28日対談、3月6日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、長井氏個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第42回は315日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。