医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第39回 新規感染者が減った今、やるべきこと

2021年02月22日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新規感染者数の減少スピードが緩やかになってきており、医療の逼迫はなお予断を許さない――医療現場の現状と、だからこそ今やらなければならないことを讃井教授が提言する。

 第3波は収束したのでしょうか? 緊急事態宣言発出から1か月半、新型コロナウイルス感染症の新規感染者数はかなり減りました。埼玉県でも、新規感染者数の7日移動平均はピーク時(1月16日)の457人から150人(2月19日)へと3分の1になりました。これは皆さんのご協力によるものです。一医療従事者として心より感謝申し上げます。

埼玉県ホームページより

 一方で、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードは、2月18日の会合で以下のような分析結果をとりまとめました。

「夜間の人流の再上昇がみられる地域もある。感染減少のスピードが鈍化している可能性もあり、留意が必要」

医療現場で実際に重症患者の治療にあたっている私も、ここで油断が生じ、じゅうぶんに新規感染者数が下がりきらないまま緊急事態宣言が解除されることを心配しています。というのも、現在でも医療の逼迫が解消したとは言えないからです。

ひとことで言えば、医療のキャパシティというバケツは、まだ水がいっぱいで、ちょっとしたことですぐにあふれかねない状態です

1月初旬から半ばのピーク時は、バケツから水があふれ出てしまいました(第33回参照)。本来、入院すべき新型コロナ患者(高齢者、基礎疾患のある方など症状の悪化が予想される患者)が自宅療養・ホテル療養を余儀なくされ、新型コロナ感染症以外の病気の患者さんの入院・転院も難しい状況でした。

現在は”あふれ”はかなり解消されましたが、“あふれない“、つまり、入院すべき人が難なく入院でき、通常であれば気軽に外来受診できる状態には戻っていません。新型コロナ感染症は1回入院すると退院までが長いため、新規感染者の減少と同じスピードではベッドは空かないのです。少しずつ空いたベッドに新規感染者が入院してくるので、今も満床に近い状態です。結果、その分のベッドを一般診療に回すことができず、地域としての救急患者の受け入れ状況もなかなか改善しません

実際、減ったとはいえ2月19日の埼玉県の新規感染者数は141人で、このうち50~60人は入院が必要な患者でした。その50~60人が自宅療養・ホテル療養を余儀なくされることはほとんどなくなりましたが、保健所や県の調整本部による入院調整は、患者の状態や基礎疾患によってまだまだ難しい状況が続いています。また、「中等症・軽症の病床には空きがあるので入院できます。ただし、重症患者診療を行う病院のベッドはいっぱいなので、症状が悪くなっても転院できず、高度な治療は断念せざるを得ません。それでもよければ入院は可能です」という治療の制限の説明を入院前にしなければならないケースも依然として散見されます(第35回参照)。

感染患者受入病床使用率でみても、まだステージ4の指標「50%以上」を超える高い水準です(2月19日埼玉県で58.0%)。

埼玉県ホームページより

 さらに、“数”には現れない現場の負担も大きくなっています。

たとえば、認知症専用施設や精神科病院に入院されている重い症状を持つ認知症や精神疾患の方が新型コロナ感染症にかかったケース。新型コロナ患者を受け入れている急性期病院には、もともと重い症状を持つ認知症や精神疾患の患者が入院することはほとんどないため、対応するのが非常に難しいという現実があります。急性期病院はからだの状態が急激に深刻化した患者を治療することに特化した場所であって、それ以外の患者には対応が難しい環境なのです。他にも、妊婦さんの感染や、新型コロナ感染症で入院中にまったく別の、たとえば血管や胃腸が破れて緊急手術が必要になるなどの病気を発症するなど、有病率の上昇にともなって多様な患者に対応しなければならなくなっています。

以上のような現状ですので、新規感染者数をここでもう一段ぐっと下げていただきたいというのが、医療現場の偽らざる願いです。ワクチン接種が始まりましたが、ワクチン接種者が人口の一定割合に達し、集団免疫の効果が現れ、安心して元通りの生活が送れるようになるのは、まだまだ先のことです。変異株による流行拡大の可能性も完全に否定できません。再び感染者数が増えてしまったら、せっかくがんばってきたこの1か月半の努力が元の木阿弥です。ですから、皆さんには「今が重要な時」という認識を共有していただきたいと思います。

同時に、行政や医療機関は、これまでの経験をもとに医療体制の立て直しを進めなければなりません。自戒を込めて言えば、この1年間のさまざまな施策は泥縄式だったように思います。相応の時間があっても、準備が足りなかったと言わざるをえないことがいくつもありました。

たとえば、ワクチンの接種計画。社会としてのワクチン普及の目的は、感染蔓延防止、重症化・死亡減少、病床逼迫の低減、通常診療の回復、社会・経済活動の正常化などですが、これらの目的が十分に理解され、その目的にかなうような接種計画になっているでしょうか。「医療従事者は自身が感染するリスク、また感染させるリスクも高いので、ワクチンを先行して打ってもらう。次に高齢者など重症化リスクのある方、そして介護施設従事者。最後に一般の人に打ってもらう」という理屈は理にかなっています。しかし、上記の目的を一つ一つ真剣に考えた場合、全国一斉に、この順番で接種すべきかは議論が必要だったと思うのです。

「優先すべきは誰か」について考えてみましょう。例えば医療従事者を考えてみても、「誰が感染リスクが高く、かつ他者に感染させる可能性が高いか」という視点からよく眺めると、リスクの高さには職場や職種によって大きな差があります。

入院患者を担当する医師と看護師では患者接触の密着度と時間が異なり、圧倒的に看護師のほうがリスクが高いのです。また、院内クラスターのほとんどは、新型コロナ専用病棟ではない一般病棟や慢性期病院、精神病院、介護施設などで発生しています(第32回参照)。これらの施設で患者に密着する看護・介護スタッフの感染リスクが高いのです。

新型コロナ専用専用病棟では、多くの施設で、空気が外に漏れないような構造を持つ陰圧個室を使い、スタッフは個人防御具を装着して感染リスクを最小限にしています。恐怖感はあるものの、患者から感染するリスク、結果として他者へ感染させるリスクはじつは相対的に小さいのです。むしろ、発熱患者の診療を行う救急外来やクリニックのスタッフ、さらに、入院時検査陰性で入院後に発病する感染者が多発している現状では一般病棟スタッフのほうが、リスクが高いといえます。 もうひとつ考えるべきだったのは、「どこの地域を優先するか」です。全国一斉に並行して進めるべきだったのでしょうか。社会としてのワクチン接種の目的をよく考えれば、現在、緊急事態宣言が解除されていない流行地域を優先し、医療・介護従事者や高齢者・高リスク患者だけでなくそのほかの住民への接種を優先するなど、地域間リスク差を第一に考えた戦略のほうが合理的だと思います。

今回のような、広い対象に対する待ったなしのワクチン接種オペレーションでは、海外からのバイアル輸入状況、特殊冷凍庫の配備、ロジスティック、人員や場所の確保など、さまざまな問題点をクリアする必要があります。優先度をより細分化したオペレーションは、現実的には難しいかもしれません。しかし、十分な議論・検討はすべきでした。私は初秋の段階からそれを期待していたのですが(第17回参照)、報道を見る限り、残念ながらその痕跡はありませんでした。一方、海外の報道や、保健行政機関のステートメントには、「どこの、誰が最初に受けるべきか」に関して、相当数の情報を発見できます。

では、今後「泥縄」の誹りを受けないためには、今何が必要なのでしょうか。私は、医療体制に関しては、もっとも大切なのは病床の確保だと考えます。

この2か月あまり、感染拡大に対応して病床確保は急ピッチで進みました。埼玉県でも、11月半ばは約1000床だったのが、現在(2月19日)は1337床です。重症用ベッドも、105床から142床に増えました。ちなみに、第1波の5月1日時点では、それぞれ457床、60床です。これは、危機意識を共有し、県の要請に応じる民間病院が増えたことを意味します。


埼玉県ホームページより

 一方で、現在ネックになっているのは、新型コロナ感染症の回復期以降の患者さんを受け入れる医療機関(後方支援病院)の確保です。この後方支援病院が少ないため、回復しても転院できずベッドが空かない――目詰まりを起こしているのです。現在も県や医師会が働きかけて各病院に後方支援病院登録のお願いをしていますが、第3波の収束いかんに関わらず、引き続き増やしていかなければなりません。

ただ、より根本的に考えると、現状の受け入れ態勢を拡充する方向性のままではたしていいのか、よく考えてみる必要がありそうです。新型コロナ感染症に対しては、これまでのような分散型より、専門の病院を作って機能を集中させるほうが合理的、効果的だと思うのです。

ひとつの方法としては、中国・武漢のようにプレハブでコロナ専門病棟を作ることが考えられます。あるいは、いくつかの病院をあらかじめ指定しておき、感染拡大期には専門病院とするやり方でもいいでしょう。その場合、コロナ以外の患者さんは転院していただき、逆に医師や看護師などのスタッフ、人工呼吸器やモニターなどの機材はその他の病院が派遣・供出するのです。これぐらい抜本的な改善策を準備しておくべきではないでしょうか。

具体的に言えば、人材を供出する病院に対して、求められる診療報酬上の必要条件や、働き方改革による医療従事者の労働時間制限を緩和する必要があるでしょう。国家的危機、世界的危機ですから、診療報酬上の各種の人員配置要件をさらに緩和したり、応援に出る職員の労働時間上限を一時的に撤廃することも考えるべきです。

また、クリニックや規模の小さい入院施設を持つ施設の「自分の施設で施設内感染が起きたらと思うと、怖くて疑い患者や陽性患者を受け入れることはできない」と思うドクターの中にも、「昔は急性期基幹病院で重症患者を診ていた、何か貢献したい」という人も多いはずです。国家の危機であればたとえば休診日を返上して協力しようという志をもった人が出てくるでしょう。

実際、医療機関や医療従事者の中には、「本当はもっと協力したいのに制約があり協力できない、悔しい」というジレンマを抱えながら悶々としている人が多いのではないでしょうか。もともと医療従事者は、困っている人の役に立ちたいというこころざしを持った集団のはずです。

医療機関や医療従事者の「もっと貢献したいけどできない」というジレンマを解決する方策は、お金だけではないと思うのです。

ふり返れば、第1波はいつの間にか収束し、夏の第2波は比較的低い山で乗りきれたために、危機管理が甘くなってしまった面があると言わざるをえません。仮に第3波を越えられたとしても、同じ轍を踏んではいけません。今からでももう一度医療体制を見直し、現実的にできる中で万全の体制を構築すべきだと私は思います。
(2月19日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第40回は31日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。