医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第3回 ECMO治療の光と影

2020年06月08日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新型コロナウイルス感染症重症患者の多くの命を救ったECMO。だが、「よかっただけではすまない」と讃井將満教授は警鐘を鳴らす。

エクモ――ECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)。

緊急事態宣言が解除された現在(6月3日)もなお、私の勤める自治医科大学附属さいたま医療センターのICUでは、2名の患者がECMOを使いながら新型コロナウイルス感染症と戦っています。この感染症の特徴のひとつは、重症になると長期戦になってしまうことにあるのです。最近ECMOから離脱した患者は、30日以上もECMOを回さなければなりませんでした。

ECMOは新型コロナ感染症で生死の境をさまようほど重症化した患者の多くの命を救ってきました。テレビや新聞・雑誌でも、「最後の切り札」といった形で取り上げられることが多いようです。しかし、まだ一般にはほとんど知られていない怖さがECMOにはあります。

ECMOとは体外式膜型人工肺という治療法で、肺の機能を機械に肩代わりしてもらうというものです。

肺は、空気中の酸素をからだに取り入れ、いらなくなった二酸化炭素を外に出す臓器です。肺の奥では、空気中の酸素が血液中に移行し、血液中の二酸化炭素が空気中に移行する、つまり、空気と血液の間で酸素と二酸化炭素が交換されています。

ECMOも同じです。脚の付け根の静脈から血液をからだの外に取り出し、膜(人工肺)を介して酸素と二酸化炭素の交換をした後、血液を首の静脈に戻します。そのため、自分の肺では酸素と二酸化炭素の交換をする必要がなくなります。こうして肺の機能を肩代わりします。

ECMOの装置は、1) 血液を取り出し戻すまでの一つながりの回路、2) 血液の流れを作るための動力(ポンプ)、3) 人工肺でできています。もし静脈から取り出した血液を動脈に戻せば、心臓の代わりに酸素を全身に送ることができます。つまり、静脈から取り出して静脈に返せば肺を助けることになるし、静脈から取り出して動脈に返せば心臓を助けることになるのです。

新型コロナ感染症だけに限りませんが、肺が悪くなった患者にECMOを使う目的はふたつあります。

第一は、救命のためです。肺の機能が悪すぎて、人工呼吸器を最大限使っても生きていくために必要な酸素と二酸化炭素の交換ができなくなった場合に使います。

第二は、肺を休ませるためです。というのも、人工呼吸器は使い方を誤れば肺に対する凶器になるからです。

じつは、人工呼吸器には肺を傷める作用があります。肺炎が悪化して空気を受けるスペースが小さくなった肺に人工呼吸を行い、生きていくために必要な酸素と二酸化炭素の交換を行うと、無理に空気が押し込まれて肺が過度に膨らんだり、空気の出入りが激しくなり、傷んで腫れてしまいます。皮膚を何回もこすると真っ赤に腫れあがり痛くなるのと一緒です。

また、あとで説明するサイトカインストームという現象を起こし、肺以外の臓器にも影響を与え、複数の臓器がその機能を果たさなくなった状態、すなわち多臓器不全の危険性が高まります。このような人工呼吸器による肺傷害を避けるためにECMOを使うわけです。

ただしECMOにも、新型コロナとは別の感染症を起こしたり、血栓症や出血を起こすリスクがあります。

人間の皮膚は、感染に対する強力な防御機構です。皮膚に穴を開けて血管に管を入れれば、からだの外にいる菌が皮膚と管のすきまを通って体内に侵入し、新型コロナ感染症とは別の感染症を発症させるかもしれません。

また、からだの外に出た血液が管や膜と接触すると固まりやすくなり、血栓(血の塊)を作りやすくなります。できた血栓が肺に飛んで肺塞栓症を起こすリスクがあります。肺塞栓症とは、肺の血管が血栓で詰まり、全身に向かう血液が減り、肺の酸素と二酸化炭素交換機能が悪くなる病気。いわゆるエコノミークラス症候群です。ただでさえ新型コロナ感染症は血栓ができやすいといわれているので、ECMOを使う際は細心の注意を払わなければなりません。

血栓を防ぐために、ECMO治療中は血を固まりにくくする薬を用います。またECMO回路内に血栓ができると、止血のための材料(=血小板)が減っていきます。すると、いざ出血した時に血が止まりにくくなってしまうわけです。ECMO治療を行っていた志村けんさんの容体が急変したのも、脳出血だといいます。ですから、血液が“固まりやすい”と“固まりにくい”、どちらかの状態に傾き過ぎないようなバランスを取った管理が必要になります。

以上はECMOの一般的なリスクですが、それらに加えて新型コロナ感染症には特有の難しさがあります。

特効薬がないこと。そして、後遺症が深刻なことです。

新型コロナ感染症が一部の人で重症化するのは、おもにふたつの理由があります。ひとつは血管の壁の細胞へのウイルス感染によるものです。新型コロナウイルスは、臓器の中の血管壁の細胞に侵入し、血液の流れを悪くし、血栓を作ることがわかってきました。血栓ができるとそこから先の血管に血が流れなくなります。臓器機能の低下が起こるわけです。これが、腎臓や肝臓にも起こるのです。

もうひとつは免疫の暴走。いわゆるサイトカインストームです。

ウイルスが肺に感染すれば肺炎が起こります。すると白血球が、感染が起こっている場所に集まり、ウイルスに戦いを挑んで増殖を抑えようとします。そのとき、全身から援軍、すなわち白血球を呼び寄せるためにサイトカインという伝令物質を血液の中にばらまきます。「やばいから助けてくれ!」というわけです。

けれども、この戦い方はそうそううまく調節できません。人によっては、サイトカインが過剰に放出され、必要以上に強く戦ってしまう人がいるのです。過剰なサイトカインから指令を受けたからだは、「これは全身の炎症だな」と判断して、肺以外の臓器にも白血球を集め、感染していない細胞も傷めてしまいます。また、サイトカインストームによってさらに血栓ができやすくなります。新型コロナ感染症によって自らの命を危険にさらしてしまうのは、ウイルス自体による攻撃ではなく、ウイルスとの戦いが大き過ぎる結果なのです。

細菌による感染症でも重症になれば、新型コロナ感染症と同じようなサイトカインストームが起こり、多臓器不全に至ります。ただし、抗生剤が効く細菌であれば、白血球やサイトカインが大暴れしなくても済みます。抗生剤は、細菌と直接戦って殺してくれるからです。

新型コロナウイルスには、今のところ、重症患者の命を救えるほどの強力な特効薬はありません。戦う武器は本人の免疫力だけです。したがって新型コロナ感染症では、細菌感染症に比べてサイトカインストームが長く続きます。しかも可能な治療は、人工呼吸、ECMO、透析などで、低下した臓器機能を肩代わりするのみです。さらに、上手く管理しないと人工呼吸やECMO自体が多臓器不全を悪化させてしまう。非常にやっかいな病気なのです。

重症患者の後遺症が重いのも、新型コロナ感染症のやっかいなところです。

後遺症が重くなるのは、前述のように自分の免疫力だけで戦うので、戦いの時間が非常に長くなるからです。また、麻酔薬による鎮静が長期間必要になるからでもあります。肺の動きを最小限にして人工呼吸器による肺傷害を抑え、医療従事者の感染リスクを減らすため、鎮静が深く、長くなる傾向にあります。通常のECMO治療では、少しでも状態がよくなれば鎮静も最小限にして、できるだけ目が覚めた状態にします。歩いたり、食事をしてもらうことさえあります。しかし、新型コロナ感染症ではそうはいきません。

では、後遺症とはどのようなものなのでしょうか?

ひとつは、筋力の低下・筋肉の萎縮です。

筋肉を使わないと、筋力は低下します。しかし、それだけではありません。命を懸けて病気と戦うとき、からだはそこに全精力を注ぎ込みます。その際、筋肉を自ら壊してエネルギーにするのです。さらに、重症の場合、筋肉への酸素の供給が悪くなり、酸素不足になった筋肉が破壊される現象も起こります。

同様に、神経や脳もダメージを受けます。すると、人の名前がすぐに出てこないといった、認知機能の低下が起こってしまいます。元の仕事や学校に戻れない可能性が生じます。

精神面の後遺症も深刻です。たとえば、「ピッ、ピッ、ピッ」という心電図に似た音を聞くと急にドキドキしてくるというようなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。あるいは、うつ、不安神経症になる人もいます。

以上のような後遺症を総称して集中治療後症候群(post intensive care syndrome:PICS)と呼ぶのですが、新型コロナ感染症では長期戦であるがゆえ、非常に重くなってしまうのです。当院でECMOから離脱した新型コロナ感染症の患者の中には、発症後2か月経っても自分一人では立てない、腕を肩より上に持ち上げることができない方がいました。そのため、ウイルスとの戦いが終わった後も、長期にわたってリハビリテーションを続けなければなりません。

ECMOはかけがえのない命をギリギリのところで救ってくれるすばらしい治療法です。われわれ集中治療専門医も、最新の研究成果をもとに全力で新型コロナ重症患者の治療にあたっています。しかし、特効薬のない中、臓器の機能を維持し、人工呼吸器やECMOで患者さんに害が及ばないよう細心の注意を払いつつ、多臓器不全からの回復を祈ることしかできないのです。

今のところ、誰が重症になり誰が軽症で済むか、明確にはわかっていません。ECMOが必要な状態にならない最も確実な方法は、新型コロナ感染症にかからないことです。

…だからこそ、引き続き正しく恐れて感染予防を心がけていただきたいと思います。
(6月3日口述 構成・文/鍋田吉郎)

連載第4回「ECMO遠隔治療(tele-ICU)の可能性」(6月15日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。