医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第15回 特別対談 加藤友朗コロンビア大学医学部外科学教授 「ニューヨークで行われているPCR検査の意味」

2020年08月31日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

PCR検査数をめぐり対照的な方針を取るニューヨークと日本。その発想の違いとは? 讃井將満教授と加藤友朗教授の特別対談第二弾。

「ニューヨークで安全の担保に用いられているのは拡充されたPCR検査です。」

前回、加藤友朗コロンビア大学医学部外科教授は、「ニューヨークは徹底した検査で新型コロナウイルス感染症の感染拡大を抑え込んだ」という日本の報道は間違いで、感染爆発を収束させたのは厳格なロックダウンと自宅待機によると指摘しました(第14回参照)。一方で、経済活動再開後の現在、感染者数の再増加を抑え込んでいる背景には、人口当たり世界最多のPCR検査数があるとも述べました。それはいったいどういう意味なのでしょうか?

今回は、PCR検査をめぐって讃井將満教授と加藤友朗教授が意見を交換します(ヒューモニー編集部)。 加藤友朗(かとう・ともあき)

コロンビア大学医学部外科教授。東京都生まれ。東京大学薬学部、大阪大学医学部を卒業後、1995年渡米。生体外腫瘍切除、多臓器移植、小児および成人の肝臓移植、肝胆道外科における世界的第一人者。

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讃井 ニューヨークではいまだにレストランやバーでの店内飲食が禁じられているなど、経済活動の再開に非常に慎重だというお話でした。そこで安全の担保となっているのが拡充されたPCR検査なのですか?

加藤 人口2000万人弱のニューヨーク州では、6月以降1日あたり6万件を超えるPCR検査を行っています。

じつは、ニューヨーク州は地域ごとに経済活動の再開を認める条件としていくつかの指標を示していて、その中に、「人口1000人あたり1か月に30件のPCR検査の実績があること」という条件があるんです。東京でいえば1か月で40万件、1日1万3000件の検査数です。なぜ、これだけ多くの検査数を求めたかというと、そこには政策決定にあたってニューヨーク全体の感染状況の把握が必要だという考えがあったからです。

PCR検査には、感染症を発見して入院加療等の適切な処置(隔離および治療)をするという臨床的な意味があるだけではありません。感染状況を知るという疫学的な意味もあると思うんです。

感染状況を知るため(疫学的な意味での検査)には、広範囲である程度たくさんの数の検査をする必要があります。人口1000万人の都市で限られた範囲で行なった100例の検査がすべて陰性でも、都市全体に感染が広がっていないとは言えませんが、10万例の検査を広範囲でやってすべて陰性ならばその都市には感染が広がっていないことはほぼ明らかです。

本来疫学調査では無作為抽出が原則ですが、新型コロナウイルスのPCR検査を無作為抽出でするのは不可能です。しかし、現在のニューヨークのように希望者に無条件かつほぼ無料で検査をすれば、無作為抽出とは言えなくても比較的それに近いデータが得られます。

東京でも緊急事態宣言を解除する前にPCR検査を(無作為抽出により近くなるように)より広範囲でよりたくさん実施していれば、感染状況が本当に落ち着いていたかどうかより正確にわかったかもしれません。 讃井 アメリカでは、検査を拡大すべきか否かで議論はなかったのでしょうか?

加藤 多少はありましたが、日本のように喧々諤々とはなりませんでした。少なくとも、PCR検査をあまり増やしすぎないほうがよいという専門家の声はあまりなかったと思います。

讃井 日本でも「増やさないほうがいい」というのは極論で、必要な人がスムーズに検査を受けられるように検査体制を拡充していかなければならないというのは共通認識だと思います。ただ、無制限に検査を広げることには賛成できません。医療従事者の中からも同様な意見が聞かれます。

理由はいくつかあります。事前確率が高くない人(検査をする段階で感染の可能性が低い人)にたくさんの検査を行うことは広い砂浜で一円玉を探すような行為で、はたして労力・コストに見合うのか。大量検査は検査現場に過重な負担とならないか、目詰まりを起こして急がなければならない検査に遅れを生じさせないか。クオリティ・コントロールができるのか…等々。

PCR検査はもっとも精度の高い検査とはいえ、偽陰性(本当は陽性なのに陰性と判定される)、偽陽性(本当は陰性なのに陽性と判定される)の問題もあります。

加藤 専門的な話はここでは割愛しますが、偽陽性については無視していいレベルだと思います。

讃井 それでも、偽陰性の問題は残ります。一定割合で偽陰性が生じる以上、仮にPCR検査拡大で完全制御を目指しても、結局やることは変わらないのではないでしょうか。医療現場でいえば、医療従事者への定期的PCRを実施したとしても、医療従事者のとるべき行動はそれまでと変わらず標準予防策の徹底です(第11回参照)。 それは社会でも同じで、検査を拡大しても「三密回避、手洗い、マスク」という感染予防策を続けていかなければならないでしょう第12回参照)。3日に1回、住民全員にPCR検査を行える程度まで拡充されるのであればともかく、やるべきことは同じですよね。であれば、賢い検査の使い方を求めるべきではないでしょうか。実際、私は米国研修医時代に、「検査する前にその必要性をよく考えなさい。結果によって方針が変わらないのであれば、むやみに行うべきではない」と教わったものです。

また、検査の法則からすると、検査前確率の高い集団にターゲットを絞った日本のPCR検査のほうが、真に感染した人を見つけやすくなります。アメリカ流のエビデンス・ベースド・メディスン(根拠に基づく医療)を是と考えている私のような医師にとっては、正直なところ、そのアメリカが無条件・広範囲にPCR検査を行っていることがピンときません。

加藤 ニューヨークがPCR検査数を増やした背景にはエビデンス・ベースド・メディスンというよりも政治的な判断があると思います。介護施設の職員には定期的な検査が義務付けられていますが、これは介護施設で大量の死者が出てしまった(ニューヨークの死者の3分の1は介護施設)ことへの反省から決められた施策で、科学的根拠があるわけではないと思います。ただ一方で、日本でのPCR検査の拡充の議論が一般の人にわかりにくかったのは、疫学的な意味でのPCR検査と臨床的な意味でのPCR検査が混同されて伝えられたこともあるのではないでしょうか。

讃井先生の先ほどのお話は臨床的な意味でのPCR検査についてですよね。それについてはおっしゃる通りだと思います。いまニューヨークでやっているPCR検査にもくすぶっている感染者を見つけて隔離するという臨床的な意味はありますが、注目していただきたいのは先ほど言った疫学的な意味(感染状況を把握する意味)だと思うんです 讃井 どちらが正しいかではなく、日本とアメリカではそもそもの発想が異なるわけですね。では、現実的に、ニューヨークはどうやってPCR検査の供給体制を構築したのですか?

日本では、保健所を介して行政検査が行われています。しかし、第一波の感染拡大で検査能力の上限をあっという間に越えてしまいました。そこで検査を絞ったのは事実です。医療現場としても、非常に困りました。検査のアクセスが非常に悪くて必要な人に必要な検査がすぐにできず、それが多数の重症患者を出してしまった一因となりました。3月末からは、保健所を介さずに医師の判断で検査会社に外注できるようになりましたが、感染のピークに間に合わなかった。これも事実です。ニューヨークではなぜすばやい対応が可能だったのでしょうか?

加藤 もともとアメリカはさまざまな感染症に対するPCR検査の検査体制が充実していたことがあると思います。それでも新型コロナウイルス のPCR検査に関してはアメリカでも当初は検査をやっていたのは保健局で、日本同様なかなか検査が受けられませんでした。その後、検査キットの承認を急いで、かなり早い時期に制限をなくしました。そして、州や市がPCR検査所を設置し(現在州内に約700か所)、病院や薬局でも検査が受けられるような体制を整えました。これだけ増やすことができたのは、州や市が多額のお金を投じ、そしてそれをビジネスチャンスととらえた検査会社が積極的になったという側面もあったと思います。

讃井 「必要ならばお金や人をどんどん注ぎ込んで何とかしよう」と考え、それをビジネスにする人がいる――アメリカ的発想ですね。お役所的で、何ごともダイナミズムに欠ける日本から見ると羨ましくもあります。

とはいえ、現在は日本の検査体制もかなり改善されました。ニューヨークの規模には及びませんが、第一波の時と比べれば検査のアクセスははるかに良くなり、医師が必要だと判断すれば検査をすぐできるようになりました。さいたま市の例でいえば、大宮駅周辺のいわゆる“夜の街”の人たちを対象とした500人規模の検査もやっています。まだまだ改善すべき点はありますが、症状のある人だけでなく、感染の可能性の高い人にまで検査ができるようになりました。

加藤 数で言えば東京の検査数はかなり増えてきてはいますが、今後は、ターゲットを絞った検査で終わらせるのか、ターゲットをあまり絞らないで広範囲に検査するのか――そこがポイントではないでしょうか。ターゲットをあまり絞らずに広範に検査をやれば、本当の意味での感染状況のモニタリングになります。(編集部注:安倍首相は8月28日の会見で一日20万件の検査体制を整えることを明言している。)

検査数が多ければデータは真の感染率に近づき、それに基づいて政策を決定できるようになります。データに基づいた政策は説得力があり、人びとは疑心暗鬼にならずにすむでしょう。 繰り返しになりますが、私が言っているのはいたって単純な話で、検査をたくさんした上で毎日陽性者が減っているとわかれば、感染が落ち着いているのは明らかで安心できるじゃないか、ということです。検査数が少なければ、たとえ感染者が減っていても安心できないですよね。その安心の担保があれば、人びとはどんどん街に出てゆく気分になり、経済も回っていくのではないでしょうか。

ただ、先ほど讃井先生が言われたように、いまの日本で無制限に検査をする必要はないと私も思います。まずは感染が周りに影響を及ぼす可能性の高い人に対しては無症状でも検査するところから始めるという方法があると思います。たとえば、病院や介護施設の職員の定期検査。あるいは、呼吸機能検査や内視鏡検査、手術を受ける患者さんに術前PCR検査を推奨することなどです。

いずれにせよ日本でも、ある程度まではPCR検査数が増えたほうが安心して経済再開ができる――私にはそんな気がします。

讃井 たしかに、社会にとって安心感は重要です。日本では、政策として国民に説得力のある形で現状や方針の説明ができているか、安心感を与えられているかと聞けば、NOと答える人が多いのではないでしょうか。「検査拡大によって安心感を得る」「大量検査によるデータを経済活動再開の指標にする」というのは考慮すべきアイデアだと思います。しかし、日本の現段階の検査規模ではまだこの二つの目的を果たすのは難しく、拡充するとすれば戦略的に行う必要があると思います。

この“安心感”は検査において重要なキーワードで、たとえば患者自身や現場の医療従事者にとって、検査へのアクセスの良さは安心感に直結する。これは4月の感染爆発期に、そして熱中症の患者が毎日のように運び込まれる現在も、身を持って体験しています。とはいっても、不安は完全にゼロにはならないし、許容できる不安は人によっても、時の流れ(=慣れ)によっても変わるでしょう。検査の拡充のみで、三密を全く気にせず経済活動をフルに回せるレベルまで不安を取り除くのは難しく、やはり社会の標準予防策は継続しなければならないのではないでしょうか。また、検査の拡充は長期的には医療費の問題となって跳ね返ってくるはずです。

拡充するのであれば、単純に検査の実施総数や目標総数を示すだけでなく、何を目的とした検査なのか(例:臨床診断 vs. 感染制御 vs. 経済活動再開)を明らかにすべきでしょう。実際、臨床現場における検査へのアクセスは、完全とは言えないまでも大幅に改善されました。今後、感染制御や経済活動再開のために検査をどのように使うのか、どこまで増やして、その効果をどのように評価するのかが明らかになると、安心感に繋がると思います。もちろん、冬に備えてスピードも求められるのは言うまでもありません。 臨床現場からはなかなか出てこない発想を伺えて刺激的でした。加藤先生、ありがとうございました。
(8月1日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授・加藤教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第16回「“重症”とは何か?」(97日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。