医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第1回 医療崩壊前夜!?

2020年05月25日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

「このままでは本当にまずい!」――讃井將満教授が語る最大の危機から連載スタート。集中治療の現場では、そのとき何が起こっていたのか!?

明けない夜はない…。

4月11日、新型コロナウイルス感染症の新たな陽性者が全国で700人を超えました。その前日、埼玉県では初めて新規陽性者が50人を超えました。4月7日に緊急事態宣言が発令されて以降も感染の拡大は進み、感染爆発が危惧されていたその頃、集中治療の現場も危機的状況を迎えつつありました。置かれているのは真っ暗な闇の中でしたが、夜が明けることを信じて前へ進むしかないという心境でした。

3日前の4月8日、私が勤務する自治医科大学附属さいたま医療センターでは、一般病棟を2棟、計100床を閉鎖して、緊急で重症者のための6床の新型コロナ感染症専用ICU(集中治療)病棟と10床の中等症用病棟を作りました。2月の段階で、感染エリアと清潔エリアのゾーニング(区分け)を徹底し、重症者(正確には重症1人、中等症2人)を受け入れる体勢を整えていたのですが、感染の拡大にともないそれをさらに拡充したのです。

当病院は厚生労働省の定める感染症指定医療機関ではありません。それなのになぜ重症者を受け入れたのか? それは、新型コロナウイルスの診療には、質の高い集中治療が必要だからです。

新型コロナウイルスは肺だけでなく、心臓、腎臓、肝臓などの合併症を引き起こすので、重症患者の全身状態を総合的に管理する集中治療専門医の役割が重要となります。たとえば心臓の手術は心臓外科専門医が行うと成績が良いのと同様に、重症患者の診療も集中治療専門医が担当する方が成績が良いのです。しかし、感染症指定医療機関と集中治療が強い病院はイコールではありません(東京には都立墨東病院をはじめ両立する病院も多数ありますが、埼玉県内にはほとんどありません)。とくにECMO(エクモ。体外式膜型人工肺)に熟練した病院は非常に限定されています。

ルール上は感染症患者を受け入れる必要はないけれども、集中治療に強い当病院が受け入れに手を挙げたのはそういう理由からでした。カッコよくいえば、医の倫理をもって社会的使命を果たすためです。

ただ、6床の専用ICUを作ったからといって、現実的にはすぐに6人の重症者を受け入れることはできません。集中治療はチーム医療なので、集中治療医、看護師、臨床工学技士、薬剤師、栄養士からなる専従スタッフの配置を整える必要があり、その整備状況に合わせて受け入れていかなければ、適切な診療ができないからです。とくに看護師は、専門トレーニングを受けた人材を手厚くそろえなければなりません。ICUでは通常、患者さん2人を1人の看護師が診ます。しかし、コロナでは患者さん1人に対し看護師が2人以上、ECMOを回す場合は看護師3人が必要となるのです。

ところが、専用ICUを作った3日後の4月11日には、すでに3人の重症者にECMOを回す状況となっていました。急激に重症者が増えていたのです。

もうひとつ、恐れている事態も起こりました。

スタッフの感染疑いです。

専用ICUを作った8日に夜勤で新型コロナ感染症患者を診ていた看護師が、11日早朝発熱し自宅待機となったのです。この時点で陽性と決まったわけではなく、さまざまな所見からおそらく大丈夫だろうという自信はありましたが、もし院内感染が発生してしまうと、それへの対処のため一気に診療の質と量が落ちてしまいます。

こうして病院内の緊張が高まる一方で、県内の医療体制を一本化できないという問題にも直面していました。

私はひょんなことから県内体制づくりの一端を担うことになったのですが、県内がワンチームとなって症状の程度ごとに基幹病院が役割分担するという理想とはほど遠く、病院間に温度差があるように感じました。当病院と同レベルのICUを持ち専門医がいる病院の仲間にもあたってみましたが、受け入れには慎重でした。さまざまなチャンネルを使っても、体制づくりは険しい道のように感じました。

たとえば知事がひと声号令をかければ従うのでは? と思われるかもしれませんが、私立の病院に対して知事ができるのはあくまでもお願いベース。自粛要請と同じで、命令はできないのです。また、一概に、「非常時に非協力的だ」と責めることはできません。当病院の例でもわかるとおり、新型コロナ感染症患者を受け入れる場合は、かなりの規模の病棟を閉鎖しなければならず、コロナ以外の方の診療が手薄になります。院内感染発生のリスクもあります。私立病院にとっては経営上のリスクも高まります。

とはいえ医療崩壊だけは絶対に阻止しなければなりません。当病院のICUも残り3床です。県内一致の協力体制構築は待ったなしの状況でした。

そして…。

もっとも恐れていたのは感染爆発でした。

前日の4月10日、人口の割りにさいたま市のPCR検査が他市町村よりも少ないことが報道されました。それを聞いて、ひとつの仮説が浮かびました。それまで当病院の新型コロナ感染症患者は、そのほとんどがさいたま市以外の方でした。「さいたま市の人口に比べ市内の発生数が少ないのはなぜだろう?」と、私はずっと疑問を抱いていたのですが、もしこれがさいたま市保健所のPCR検査ポリシーと関連するならば…。

『市内には検査されていない軽症の感染者が多数埋もれていて、感染を広げている可能性がある。仮に自宅待機していたとしても、その方たちが今後1~2週間でいっせいに重症化するかもしれず、そうなったときに今の埼玉県の体制では重症患者をさばききれない。また、今後検査拡大方針がとられると、埋もれていた軽症感染者を大量に見つけることになるので、その感染者を受け入れる施設が多数必要となる。しかし、現状の体制では軽症・中等症の受け入れ施設も十分とはいえない…』

病院内の廊下にまであふれるベッド、ECMOや人工呼吸器の数が足りないため治療を受けられずに亡くなる人、救急車の中で亡くなる人…。自分のたてた仮設を反すうしていると、報道で見たニューヨークの光景が目に浮かんできました。

世界中の集中治療専門医とグループを作っているメッセージアプリでは、ニューヨークの医師を中心に情報が飛び交っていました。「1台の人工呼吸器を4人の患者さんに回す方法」、「通常の多臓器不全とは異なるコロナに効果的な治療法」――。彼らは感情的にならず客観的に情報交換をしていましたが、病院内のカオス(混沌)が手に取るように伝わってきました。医療アクセスなどさまざまな条件が日米では異なりますが、もしかしたら日本もニューヨークの一歩手前にいるのかもしれない…。

私たち医師は、研究で仮説を作るのには慣れています。しかし、「どうか、どなたか私の仮説を完膚なきまで否定する反論を提示して下さい」と思ったのはこれが初めてでした。

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以上の原稿を口述したのは5月18日です。幸い、ECMOから離脱してリハビリを始め、専用ICUを退室する患者さんが増えるなど、病院内は落ち着きを取り戻しつつあります。

今は、次の波に備えてさまざまな準備をしているところです。そのためにも、さらに長いスパンで日本の医療を改善するためにも、医療現場でどんな問題に直面し、それをどうやって乗り越え(あるいは乗り越えられず)、何を感じたのかをできるだけつぶさに記録し、医療従事者だけにとどまらず多くの人に共有していただきたいという思いから、この連載を始めました。

なお、ここに記す内容は所属病院・学会とは離れ個人の見解であることをご承知おきください。週1回の更新をめざしてがんばりますので、これからもご愛読いただければ幸いです。(構成・文/鍋田吉郎)

連載第2回「あらゆる手を尽くせ」(6月1日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。