医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第25回 行政の現場で起こっていたこと

2020年11月09日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

第一波の混乱の中、感染者と医療機関をつなぐ行政はどのような問題に直面していたのか――讃井教授が、新型コロナウイルス感染症埼玉県調整本部の星、渡邊両氏に訊く。

讃井 新型コロナウイルス感染症について、行政の視点から書かれたもの、情報はあまりありません。今回は埼玉県の新型コロナウイルス感染症県調整本部長の星永進先生と埼玉県保健医療部感染症対策課入院調整・クラスター対策担当主幹の渡邊千鶴子さんに、行政の現場で起こっていたことをお聞きしたいと思います。

星 永進(ほし・えいしん)

1979年山形大学医学部卒業、1983年山形大学大学院修了。その後、山形大学第二外科、竹田総合病院呼吸器科などを経て1991年から埼玉県立小原療養所(現埼玉県立循環器・呼吸器病センター)呼吸器外科勤務。2008年、埼玉県立循環器・呼吸器病センター呼吸器外科長。2016年、同センター病院長。2020年4月より埼玉県福祉部参事兼保健医療部参事兼新型コロナ感染症埼玉県調整本部長。

渡邊 千鶴子(わたなべ・ちづこ)

東京医科歯科大学医学部保健医療学科卒業。東京大学大学院(修士課程)医学系研究科修了。1998年4月埼玉県庁入庁後、県内保健所(草加・越谷・朝霞)、医療整備課(感染症対策担当)、疾病対策課(難病対策担当)に勤務。2017年4月より保健医療部保健医療政策課感染症・新型インフルエンザ対策担当。2020年7月より保健医療部感染症対策課入院調整・クラスター対策担当主幹。

讃井 まず、県調整本部とは何を行うところなのかご説明いただけますでしょうか。

 新規感染者が出ると、各医療機関は発生届を各保健所に出します。各保健所では、保健師がその患者さんに症状や感染の状況(感染源が推測できるものなのかどうか等)の聞き取り調査をし、その情報を県調整本部に上げます。その情報を元に、患者さんが適切な医療を受けられるように病院等の手配をするのが県調整本部のおもな仕事です。

その他、軽症者を担当する病院に入院していた方の症状が悪化した場合に、中等症・重症を受け入れる施設に転院させるという仕事も県調整本部が担っています。 讃井 新規感染者は症状の重さに応じて、病院に入院する、ホテルなどの宿泊療養施設に入る、自宅待機すると分けられますが、保健所の保健師が集めた情報を調整本部に上げ、調整本部がすべて振り分けをするということですね。

 はい。埼玉県では、4月1日に新型コロナ感染症埼玉県調整本部として正式に組織として立ち上がりました。

讃井 それ以前は、どこが担当していたのですか。

 渡邊さんをはじめとする感染症対策のチームです。

渡邊 私は、保健医療政策課の中の感染症対策担当として新型コロナ感染症に最初から関わっていました。埼玉県の場合、武漢から政府チャーター便で帰国された方やクルーズ船の乗客を国からの要請で担わなければならない役割がありましたので、そのあたりからですね。

 2月はチャーター便やクルーズ船の患者さんを受け入れていたわけですが、3月半ばぐらいになると、ヨーロッパなど海外旅行から戻ってきた県民の中で発生するようになりました。さらに3月下旬には県内の感染者が増えていって、第1波のピークに向かっていくことになります。私が本部長に着任した4月1日はちょうどそのさ中で、病床が逼迫しつつありました。着任初日から患者さんの入院調整が難しかったですね。どこへ電話しても…

「ベッドがありません」

「なんとかなりませんか」

「申し訳ありませんが受け入れられません」

4月上旬は、そんな日が続きました。

 

渡邊 当初は県内11の感染症指定医療機関が対応するというのが前提だったので、限られた医療供給体制の中で進めなければなりませんでした。しかも感染症病床を数十床持っているのは、県立循環器・呼吸器病センター以外にはほとんどありませんでしたので、病床がすぐに埋まってしまうという悩みがありました。

 その頃は、新規感染者全員の情報を調整本部に上げててこられてもさばききれない状況でしたので、保健所には優先順位をつけてほしいということでやっていました。どうしてもすぐに入院させないとまずいという方だけ調整本部に上がってきて、残りの方は次の日の調整に回すというようにです。

4月上旬から中旬ぐらいにかけては、新規感染者発生数に比べてベッド数が本当に足りていませんでした。各感染症指定医療機関にはもともと持っている感染症病床以外にもう少し増やしてほしいと要請をしましたが、それでも全然追いつきません。そこで、感染症指定医療機関以外にもおもに公的医療機関に対してベッドを確保してほしいと、県医療整備課が中心になって働きかけてくれました。それでも、すぐに「はい、わかりました」とはいきませんでした。

4月中旬から下旬にかけて、知事・副知事自ら各病院に電話をして増床の依頼をするなど、病床確保が県の最重要課題となりました。各病院が県の実情を肌で知って危機感を持ったのも大きいと思いますが、4月下旬ぐらいになって病床を増やしていただけました。一方でゴールデンウィークに入った頃からだんだん新規感染者の発生が少なくなってきて、ゴールデンウィーク明けには落ち着いたというのが実際のところです。

埼玉県では4月のピーク時に300人以上の方が自宅待機していました。あと2~3週間早くベッドを確保できていれば、それを防ぐことができたと思います。

讃井 実際、自宅待機中に亡くなられた方、ぎりぎりの状態で医療機関に辿り着いた方がいらっしゃいました。もう少し早い時期――3月中にベッドを増やそうという話はなかったのでしょうか。あるいは「ベッドが足りなくなる」という焦りみたいなものはありませんでしたか?

渡邊 現場では、かなり急激に患者数が増えたという印象があります。一週間の間で状況が一変してしまい、「病床を増やしましょう」という議論をしている間もなく、あっという間にベッドが埋まってしまったという感じです。発生数が急激に増えただけでなく、新型コロナ感染症は一度入院された患者さんがなかなか退院できないというのも逼迫に拍車をかけたのだと思います。

 

讃井 現在はベッド数も増えて余裕がありますよね。

 第一波が終わった後、各病院では増やした新型コロナ感染症用の病床を一般病棟に戻していきました。その後、新規感染者が再び増えて7月の終わりから8月の初めぐらいにピークが来ましたが、第一波の際のノウハウがあるので時間をかけずにベッドを用意することができました。ですから、第二波では病床が逼迫することはありませんでした。また、今は70近くの病院が受け入れてくれるようになっています。調整に関しても選択肢がいろいろあるので、ある程度スムーズになったと思います。

渡邊 重症者の転院についても、協力いただけるルートが明確になってきましたので、うまく回るようになったという実感はあります。

讃井 そうはいっても、まだまだ各医療機関の間で温度差があるようにも思います。

渡邊 何としても入院させなければという気持ちで調整担当の職員はやっているわけですが、こちらが望む病院が必ずしも受け入れてくれるとは限りませんし、患者さんのほうから、たとえば病院がとても遠方にあるといった理由で断られるケースもあります。マッチングは現在でも簡単ではありません。 ただ、最終的に県民が県内の病院に入院できなかった例はほとんどありません。各病院には本当に協力していただいていると感謝していますし、われわれ以上に受け入れ病院のスタッフの皆さんは大変なのだと思って調整の仕事をやっています。

讃井 患者さんと医療機関のマッチングだけでも相当難しくてストレスだと思うのですが、医療機関によっては高圧的なドクターもいらっしゃるので、心が折れてしまうんじゃないか――調整本部にお手伝いに伺った時にはいつもハラハラして見ています。ちょっと言いにくいかもしれませんが…。

 調整本部のスタッフは、少しでも早く患者さんを入院させてあげたいと思って電話をかけているわけです。ですから、何回も何回も断られるとやはり皆辛そうな顔になっていきます

調整本部は、患者さんの症状・状態、年齢や持病、状況、発生した管内などから総合的に判断して病院を振り分けています。依頼された病院にそれぞれ事情があるのはわかりますが、できればすべての病院が「はい」と言ってすみやかに受け入れてほしいですね。

 

讃井 逆に志があってものすごく一生懸命やっている病院もあります。そういう病院があるとやはり助かりますか。

星 もちろんありがたいのですが、一部の医療機関だけでなく県全体でやってもらいたい、皆で負担し合ってほしいと思います。患者さんが増えたら特定の病院だけでは対処しきれないことは目に見えていますので、病院関係者が集まる時など機会があるたびにお願いしているところです。

讃井 ヨーロッパでは感染の再拡大が起こっています。日本でも冬に向けて新規感染者が増える可能性もありますが、どのようにお考えですか。

渡邊 8月上旬のピークから下がりきらないで、一進一退が続いています。減ったかなと思ったら次の日にはまた増えるというような現状に一喜一憂していますが、このまま増えないでほしいですね。

 経済活動の再開が始まっていますが、感染防止策をとりながらうまく経済を回してほしいと思います。日本人は感染防止策をきちんと守っているので、欧米のような状況にはならないと信じています。しかし、万が一欧米並みに感染が拡大したら…。欧米の新規感染者数は日本と桁が2つ違います。そうなったら、われわれ調整本部はお手上げです。ぜひとも感染防止策を今後も守っていただきたいと思います。

*   *   *

「この仕事をされていて良かったと思うのはどんな時ですか」という質問に、星先生、渡邊さんともに、「具合が悪かった患者さんが回復されて退院したと保健所から報告があった時」と答えられました。

これを伺って、「ああ、調整本部もわれわれ診療現場と同じ気持ちなんだ」と感心しました。われわれ医療従事者の大多数は、患者の状態がよくなった、退院した、元の生活に戻れた、というニュースを耳にするだけで嫌なことを忘れ、「明日からまた頑張ろう」と思える単純な人たちなのです。

調整本部には、4月から、県内の救命センター・急性期病院の有志の先生方と分担して調整困難例のお手伝いに伺っており、星先生や渡邊さんとは何度もお話ししてきたわけですが、診療現場と同じ気持ちを持っていらっしゃることに気づきませんでした。立場は異なっても、患者に最善を尽くしたいという思いは一緒なんですね。

新型コロナ感染症に立ち向かっているのは、医療機関だけではありません。保健所をふくむ行政に支えられてこそ、医療機関は診療に専念できます。それをあらためて認識した鼎談でした。
(10月26日鼎談 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、星氏、渡邊氏個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第26回「今、フランスでは…」(1116日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。