医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第2回 あらゆる手を尽くせ

2020年06月01日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

全国で新型コロナ感染がピークを迎えた4月半ば、埼玉県は医療崩壊の瀬戸際にあった。渦中の讃井教授は独自モデルの立ち上げに奔走した。

眠れない

もし院内感染が発生したら…。新型コロナウイルス感染症患者の受け入れに慎重な病院があり、このままでは埼玉県では増え続ける患者(とくに重症患者)を収容しきれなくなるのではないか…。受け入れ病院が限られているため、患者の搬送の調整に時間がかかり、いわゆるたらい回しに近いことも起こっている…。感染爆発が起こったら、今の医療体制では対応できない…。でも、不安で眠れないのではありません。恐れている問題を解決するために、やるべきことが山のようにあるからです。4月半ばの2週間ほど、私は興奮状態にあったのか、疲れて眠りたいはずなのに3時間しか眠れない日々が続いていました。

4月13日。11日に発熱した当院(自治医科大学附属さいたま医療センター)看護師のPCR検査の結果が出ました。

陰性。

院外での濃厚接触暦がないこと、発熱はあるもののそれ以外の所見が新型コロナウイルスの感染を示していないこと、院内感染の可能性は限りなくゼロに近いことから、陰性であるという自信はありました。それでも結果を知って正直ほっとしました。

その看護師は4月8日の夜勤で新型コロナ感染症患者を診ていました。しかし、厳格に感染予防策を行っていれば、医療従事者が院内で感染するリスクは市中よりもはるかに低いというデータがあります。裏返せば、当院のように感染症指定施設でないにも関わらず新型コロナウイルス感染症患者を積極的に受け入れた病院は、院内感染対策や医療安全上の対策に自信があるのです。とはいえ、慎重の上にも慎重を期さなければなりません。私はスタッフにくり返し言い続けました。

「完璧な潔癖症になれ!」

「対人恐怖症になれ!」

県内一致の協力体制構築については、さまざまなチャンネルを通じて多くの人が動いていました。けれども、期待するほどスピードは上がりませんでした。

ならば、あらゆる手を尽くそう。

そのひとつが、マスコミに現状を取材してもらって世論に訴えることでした。私は、ツテというツテを総動員してテレビ局や新聞社にこちらから取材をお願いしました。

ただ心配もありました。テレビを見る時間などなかったのですが、たまたま一度だけ見たニュースショーで、新型コロナウイルスに関して世論をミスリードするような報道がなされていたからです。もし私への取材も一部の発言などを切り取られて報道されたりしたら、医療機関同士の協力を妨げる方向に向かわないとは限りません。オンエアされるまで、あるいは紙面に載るまで、いつもひやひやしていました。

幸いなことに、それは杞憂に終わりました。例えば、4月25日にはTBSの『報道特集』で取り上げてもらいました。緊急性が伝わったことで少しは風を起こせたのではないかと思っています。

【報道特集】新型コロナ重症患者~容体急変も 集中治療室の最前線

【新型コロナ重症患者~集中治療室最前線】人工呼吸器やECMOに繋がれた重症患者たち。集中治療専門医のもと動画や人工呼吸器の波形で24時間看視する。医療スタッフは患者への貢献の思いと感染への恐怖心の板ばさみに。様々な合併症、中年男性のリスクなど未知のウイルスと闘う中、取材中にも重症者の容態が急変・・・(報道特集4/25放送)

TBS NEWSさんの投稿 2020年5月12日火曜日

 

潮目を変えるのではないかと期待していたのは、新型コロナウイルス感染症患者に対する診療報酬の増額です。

私立の病院が新型コロナウイルス患者受け入れに慎重にならざるを得ない理由のひとつに、受け入れが経営を圧迫するという問題があります。当院の例でいえば、6床の新型コロナ感染症専用ICU病棟を運営するために、一般病棟を2棟、計100床を閉鎖しなければなりませんでした。受け入れのインセンティブとなる診療報酬増額が、全国共通で求められていたのです。

そのためには、厚生労働省に陳情書を出さなければなりません。厚労省に出向経験がある当院の若手医師が原案を書き上げたのが4月6日。複数の学会の調整を経て、最終案が完成したのは4月14日でした。埼玉県医師会から日本医師会常任理事となり、そこで診療報酬関係を担当している松本吉郎先生のご尽力もあり、厚労省が増額を決定したのはそのわずか3日後の4月17日でした。しかも、いつもは財布の紐が固い厚労省がほぼ満額を認めてくれました。

重症患者の受け入れ先については、診療報酬増額の陳情と平行して永井良三・自治医大学長にも動いていただきました。また、中等症患者を受け入れる病院も、県の要請により少しずつ増えていきました。さらに、軽症患者についても4月15日からアパホテルさいたま新都心駅北で収容が始まり、その後も受け入れホテルが増えていきました。こうして、ベッド数については、ようやくトンネルの出口が見えてきました。

体制構築というと、ハード面(この場合、受け入れ先の拡充)にばかり目がいきがちですが、それだけでは不十分です。ソフトを整備しなければハードは生かされません。新型コロナ対策で重要となるのは、患者を症状の重さに応じて適切な受け入れ先に迅速に搬送することです。とくに緊急性の高い重症患者にとって、この調整ができるかどうかは深刻な問題です。

厚労省からは、「DMAT(災害派遣医療チーム)が新型コロナ感染症患者の搬送を調整すること」という通達が県に来ました。埼玉県では、県庁に新型コロナ対策調整本部を置き、4月1日には、専従の医師が本部長として赴任しました。そこが県内の保健所や病院をつなぐハブとなりました。ところが、感染拡大にともないひっきりなしに電話がかかってくるようになり、さばききれなくなっていきました。

調整本部には、運営上の問題があるように見えました。例えば、ある病院で陽性の患者さんが出たとすると…。まず、その病院から所轄の保健所に連絡が行き、保健所の保健師が所轄管内で受け入れ先となる病院を探します。そこで病院が見つからないと、県の調整本部に連絡します。すると、対応にあたる県の調整本部職員(もともとは保健師や看護師)は、手持ちの空床リストを確認し、別の保健所の保健師と協力しながら、空きベッドのある病院に片っ端から電話をかけます。しかし、担当医師が不在だったり、担当医師につながっても、すでに空きベッドが埋まっていたり。なかなか決まりません。

このような伝言ゲームを経た問い合わせを、私は何度も受けるようになりました。が、最初の病院の医師と私の間に何人も介在しているため、患者の状況・情報がつかめません。受け入れ判断の根拠になる重症度の把握が難しかったのです。それを保健師や調整本部職員に質問すれば、また逆向きの伝言ゲームが始まってしまいます。そんな行ったり来たりのやりとりをしている間に、大事な時間を失っていくわけです。

これでは待っている患者はたまったものではありません。

電話対応の保健師・看護師のストレスも非常に大きいものでした。ただでさえ休む間もなく電話がかかってくる上、日に日に増加する患者で空床がみるみる埋まってしまう中、電話の向こうの怒鳴る医師に心が折れたり、矢継ぎ早の質問に答えられなかったり…。

「…そうか。それなら、医師同士で直接やりとりできるように、重症患者を受け入れている病院の救急・集中治療の専門医を県庁の調整本部に常駐させたらどうだ」

そう声を上げてくれたのは、ECMOネット代表(体外式膜型人工肺エクモが必要になった患者が発生した際、転院先を見つけてサポートする学会組織)の竹田晋浩かわぐち心臓呼吸器病院理事長・院長でした。調整本部長は救急や集中治療の専門家ではありません。患者の状態を即座に把握でき、受け入れ先の病院とも普段からコミュニケーションを取っている専門医が常駐すれば、効率は格段によくなるはずです。

竹田先生が県と交渉を始めてから数日後の4月16日午前10時。県の調整本部から私のところに一本の電話が入りました。

「どこも受け入れてくれません。自治医大でお願いできませんか」

「サチュレーション(経皮的動脈血酸素飽和度/SpO2%)は?」

「80です」

容体は非常に深刻です。しかも救急車に乗せてからすでに2時間近く経っている――恐れていた事態でした。当院まで車で1時間以上かかるのですが、迷っている時間はありません。「今すぐ送って」と伝えました。

この時はぎりぎりで間に合いました。しかし、調整本部に専門医が常駐するシステムを早急に作らないと、同様のケースが多発するはずです。その日、私は県内の救命救急センターに片っ端から電話をかけ、医師の派遣をお願いしました。その結果、5病院の賛同が得られました。翌17日に主要メンバーが調整本部に集まり、20日から、5病院の専門医が、DMATと連絡を取りながら、日替わりで常駐する埼玉独自のスタイルをとることを決定しました。

埼玉県医師会の協力も必要でした。金井忠男会長のご発案で、4月23日から医師会、市中病院、大学病院、行政が一同に会する埼玉県医師会医療体制検討会議が始まりました。一方、大野元裕知事の病床確保要請も徐々に効果を現し始め、受け入れ病院やホテルが増えていきました。こうして、埼玉県内の新型コロナ対策の医療体制は整備されていきました。

一方この頃、4月15日の61人をピークに県内の陽性確認者数が徐々に減少していきました。しかし患者さんが重症化して当院へ紹介されるのは陽性になって1~2週間後です。実際、4月下旬にかけて当院でも患者さんは増え続けましたが、何とか持ちこたえることができました。

『PCR検査数が抑えられているため、軽症の感染者が多数隠れているかもしれない。その人たちが感染を広げ、いっせいに重症化し、医療崩壊が起こる可能性がある』という私の仮説はギリギリはずれた、と言えるでしょう。総論としては、国の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の方針は的確だったと評価するのがフェアだと思います。

結果的に埼玉県はニューヨークのようにはなりませんでした。医療崩壊を免れました。とはいえ、医療体制などを改善しながらなんとかギリギリのところで持ちこたえたというのが実情です。

…いえ、正確にいえば持ちこたえられませんでした。

4月21日、県内で自宅待機中だった軽症患者が亡くなりました。もし、医療体制をもっと早く構築していれば…。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。退院患者が増え、落ち着きを取り戻しつつある今だからこそ、やるべきことは山のようにあります。
(5月23日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

連載第3回「ECMO治療の光と影」(6月8日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。