医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第24回 リスク・コミュニケーションの難しさ

2020年11月02日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

玉石混交の情報があふれる新型コロナウイルス感染症。「正しく、かつわかりやすく伝える」が「正しく恐れる」につながる――感染症専門医・忽那賢志医師との対談完結編。

讃井 今回も臨床の最前線で新型コロナウイルス感染症を診ている忽那賢志先生にお話を伺います。テーマは、リスク・コミュニケーション(リスクに関する正確な情報を伝達・共有すること)、サイエンス・コミュニケーション(非専門家に対して科学的なトピックを伝えること)です。

忽那賢志(くつな・さとし)

感染症専門医。2004年に山口大学医学部を卒業し、2012年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。感染症全般を専門とするが、特に新興再興感染症、輸入感染症の診療に従事し、水際対策の最前線で診療にあたっている。

讃井 私は、5月から始めた週1回の本連載で、一般の方々に向けて集中治療の現場から新型コロナ感染症に関する情報発信を続けています。そこで常に感じているのは、「正しく、かつわかりやすく伝える」ことの難しさです。 忽那先生は「Yahoo!ニュース 個人」で頻繁に記事を書いていらっしゃいますが、あれはとてもわかりやすいですね。

忽那 自分でも難しい言葉を使わないように気を付けていますが、投稿する前に妻に読んでもらい、内容や表現でわかりにくいところがないか確認してもらっているんです。

ただ、新型コロナ感染症に関しては、皆さん関心が高くて知識もどんどん増えているみたいで、今や一般の方でも「偽陰性・偽陽性」といった言葉を当たり前のように知っているのでビックリします。ですので、コロナについては多少踏み込んで書いても読んでくれるだろうという感触を持っています。

 

讃井 私は常々、「理性的なコロナ心配性になりましょう」と言っているのですが、間違った情報や説明不足は誤解を招き、必要以上の不安あるいは逆に油断につながってしまいます。この半年、新型コロナ感染症に関する情報があふれ、しかも玉石混交だったため、かなり混乱していたように思います。

たとえば、第一波の頃から「誰にでもPCR検査を」という意見がマスメディアやネット上で声高に叫ばれ、今でも根強く言われています。たしかに第一波の頃は検査は不足していました。それゆえ重症化してから運ばれてくる患者さんが多く、医療崩壊寸前までいきました。また、目の前の“疑い“患者さんが陽性かどうかわからないという怖さを身に染みて感じました。ですから、検査の拡充に異論はありません。しかし、「誰にでも検査を」という目標は現実的ではありません。

これまで繰り返し述べてきているのですが(第5回第12回第15回参照)、「検査は、社会活動を拡大するに当たって一定の役割はあっても、感染予防の代替になるわけではない」「不安を軽減する作用はあっても、100%取り除くことは不可能」「事前確率が高くない人にたくさんの検査を行うことは、広い砂浜で一円玉を探すような行為で、労力・コストを考える必要がある」といった理由からです。

忽那 第一波では、検査陽性率が3割を超えた時もあるなど、明らかに検査数が足りませんでした。ただし、検査を抑制していたというよりも、検査体制が整っていなかったのでそれ以上検査ができなかったというのが実態でしょう。いずれにせよ検査不足は問題ですから、その後徐々に検査が拡充されていくわけですが、「PCR検査を国民全員にやれ」といった極端なことを言う人や、検査不足を政府批判の道具に使う人がいて、それで議論がややこしくなってしまったように感じます。PCR検査の拡充は不要」と「PCR検査を国民全員にやれ」の中間に、あるべき姿”があると私は思っています。

 

必要な検査件数というのは、感染者数によって変わるものだと思います。感染をコントロールできている国は、基本的に検査陽性率が相当低く抑えられています。基準となる数字があるわけではありませんが、おおむね1%以下となっています。検査件数については、1日何万件といった数値目標より、検査陽性率が示す流行状況に合わせていつでも検査を増やせる体制を整えておくことが大事なのかなと思います。

讃井 そういった考え方を今後も「正しく、かつわかりやすく」伝えていかなければならないと思いますが、一方でマスメディア、とくにテレビに出る時は、また別の注意が必要です。ややもすると一部の発言を切り取られて世論をミスリードすることになりかねません。忽那先生は何か気をつけていらっしゃいますか?

忽那 エビデンスがないことについては適当な発言をせず、はっきりと「わからない」という…ですかね。わかっていないことに関して自分の意見を言う場合もありますが、その時も、「これはあくまで私の見方である」とはっきりと区別をするようにしています。

讃井 メディア受けしそうな答えに誘導するように聞いてくるメディアの方もいます、そこでも頑として、「わからないことはわからない」と言うのですね。

忽那 そうですね。私の場合、自分からテレビに出たいわけではありませんから。引っ張りだこになっているのは、メディアが好むようなことを言う方なのかなとも思います。

讃井 われわれは、客観的な事実を伝えていかないといけませんよね。たとえば弱毒化。第一波にくらべて第二波のほうが感染者数は多いのに重症化率が低い現象について、「感染性が増した」とか「弱毒化した」という説を唱える方がいますが、そういった説には飛びつく人もいるのでちょっと危ないなと感じます。

忽那 感染性が増したということを科学的に証明して示した研究は、現在までないと思います。弱毒化についても、「弱毒化して風邪みたいなものだから大丈夫」みたいに言う人がいますが、今のところそういうエビデンスはないはずです。

 

讃井 重症化率が下がった要因としては、「検査体制が充実してきて軽症者の見逃しが減り、かつ治療法も進歩した」という説明のほうが客観的ですよね。

もうひとつ。正確には自分の守備範囲ではないことを聞かれた場合にどうしていますか? たとえば私の場合、医療体制についての質問には、「埼玉県では」とことわりを入れてから答えるようにしているのですが…。

忽那 最近だと、「Go To トラベル」や「Go To Eat」について感染症専門医としてのコメントを求められることが多いですね。マスメディアは、「旅行したら感染が広がってしまいます」といったコメントを期待しているようです。第一波の時はその答えで良かったと思うのですが、今は少し違うかなと思うようになってきました。

感染症予防だけを考えればステイホームを厳格に守るのが一番いいのは間違いありません。しかし、これはあくまでも私の見方ですが、経済の落ち込みが長く続いて皆さんが苦しんでいる今、はたして新型コロナ感染症のことだけを考えていればいいのかと思うんです。ですから、今後は、いかに感染を広げずに経済を回していけるのか、それを考えて助言していきたいと思っています。

讃井 感染予防と経済との両立は本当に難しい問題ですが、日本にあった最適解を見つけなければなりません。感染リスクをゼロにはできないことや、感染のリスクと経済的なベネフィットをどうバランスさせるかなどを私も発信していきたいと思います。忽那先生、どうもありがとうございました。

 

*   *   *

 対談終了後、「ほかに何かメッセージはありますか?」とうかがったところ、忽那先生は、日本の感染症対策における人材と組織の不足に言及されました。

「感染症専門医として、今回の新型コロナ感染症と同じような経験はたぶんもう一生ないでしょう。“100年に1度”と言っていいような感染症災害だと思いますので…。

そこでわかったのは、感染症の専門家が足りないということです。臨床も疫学も数理モデルも専門家が少ない。ですから、次の感染症災害が10年後に起こるのか100年後に起こるのかわかりませんが、専門家の育成が大事だと思います。

また、日本にはCDC(疾病予防管理センター)もありません。アメリカはもちろん、中国や韓国、台湾にもCDCはあります。指揮系統の整ったCDCのような組織が日本でも必要なのではないか――今後議論していかなければなりません」

このお話を伺いながら、私の専門である集中治療も同じ問題を抱えていることに思いを馳せていました。集中治療室(ICU)という箱はあっても重症患者の専門医である集中治療医は不足しており、どこの施設でもベストな集中治療が提供できるわけではありません(第1回第4回参照)。集中治療医の育成は喫緊の課題です。

また、両方とも診療科横断的なコンサルタントであることも似ています。一般に感染症医は、主治医から依頼を受けて患者を評価し、検査オーダーや抗生剤の選択など、診療の助言を行います。集中治療医も主治医から依頼を受けて、患者をICUに移動させて命を助けるべく必死の治療を行います。

どちらの専門医も、“主治医からの依頼”がなければ、つまり主治医が必要と思わなければ関わることができません。しかし、感染症医がいなくても抗生剤の処方は可能ですし、集中治療医がいなくても見よう見まねで人工呼吸はできてしまう。そして患者は自ら治ろうとする力、すなわち自然治癒力を持っており、実際、治ってしまう患者がいる。データは、感染症医や集中治療医が関わったほうが患者にメリットが多いことを示しているのですが、そのような差を臨床の現場で感じることは難しいのです。

これが主治医の「自分でもできる」という過信を生む元になるのです。主治医の抗生剤の使い方が悪ければ、耐性菌が生まれ、効く抗生剤がなくなり患者が死亡したり、感染対策が悪ければ他の患者に広まってしまう(院内感染)。主治医の人工呼吸設定が悪ければ、肺が痛んで患者が死亡してしまうことがあります。多くの人が自動車免許を取って、通常の道路であれば安全に運転できますが、山道や車庫入れでは大きな差がでます。それと同じです。 新型コロナ感染症は、医療現場だけでなくあらゆるところで日本・日本人の強さと弱さを炙り出しました。幸いなことに、欧米のような新型コロナ感染症の爆発による医療崩壊を避けることができており、今のところ感染症医や集中治療医の不足という弱さは露呈していません。忽那先生がおっしゃるとおり、感染症対策や集中治療においても新型コロナ感染症を奇貨としなければいけないと思います。
(10月5日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授、忽那先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第25回「行政の現場で起こっていたこと」(119日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。