医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第40回 医療か経済か

2021年03月01日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新規感染者数が下がりきらないまま緊急事態宣言が解除されようとしているが、医療と経済は両立しないのだろうか? 飲食業の現場の声を讃井教授が聞く。

2月28日、6府県の緊急事態宣言が前倒しで解除されました。一方、首都圏の1都3県については、新規感染者数の減少のスピードが鈍化していることなどから宣言は継続され、7日に解除するかどうかは再検討すると示されました。

「医療か経済か」は非常に難しい問題です。この1年間、医療と経済は「あちら立てればこちらが立たず」という枠組みで語られてきました。しかし、本当に両立しないのでしょうか。私は常々、「一部の誰かにしわ寄せがいくことなく、皆で苦労をシェアする社会であるべき」と訴えてきましたが(第33回参照)、共存する道を探すためには、医療の現場に立つ者として経済の現場を知る必要があると思いました。そこで、経済的に大打撃をこうむっている業種のひとつ、飲食業の現場でがんばっておられる伊藤一秀さんに話を伺いました。

伊藤一秀(いとう・かずひで)

高校卒業後、飲食店勤務などを経て、13年前に独立。現在新宿で焼き鳥居酒屋『まるぴん』、炭火和風ダイニング『KOYOI 炭火焼と旬菜』の2店舗を経営する。

讃井 伊藤さんは2店舗を経営されているそうですね。

伊藤 高校を卒業してからずっと飲食業で仕事をしていまして、13年前に独立して、新宿で『まるぴん』という小さな焼鳥屋を始めました。さらに6年前に焼鳥をメインにした和風ダイニング『KOYOI 炭火焼と旬菜』も始め、現在この2軒を経営しています。まるぴんは8坪で20席くらい。一方のKOYOIは18坪で30席。まるぴんより、ゆったりとした作りになっています。そのKOYOIのほうもようやく軌道に乗ってきたところで、コロナが来てしまいました。
 讃井 新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まった昨年春からの売り上げはどうなのでしょうか?

伊藤 1回目の緊急事態宣言が出た昨年の4月、5月は9割減でした。数字的には一番厳しかったのですけれど、まだその当時は一過性のものだと思っていたので、精神的には追い込まれていませんでした。その後いったん5割減ぐらいまで持ち直し、第2波でまた落ち、秋にもう一回持ち直しました。そこへ第3波が来て、緊急事態宣言で8割減まで大きく落ち込みました。昨年春と比べればややマシな数字なのは、あの頃よりは多少ですがお客さんが入っているからです。

讃井 やはり、慣れとか自粛疲れがありますからね。それにしても、9割減とか8割減というのは非常に厳しい。

伊藤 はい。ただ、それは新宿特有の少々極端な数字かもしれません。クラスターが発生したこともあり、報道や都のキャンペーンによって”夜の街”の中でも新宿歌舞伎町はもっとも危険な場所だというイメージが広がりました。うちは2軒とも西口で、歌舞伎町ではありませんが、同じ新宿ということで影響を受けました。新宿はコロナ禍で日本一売り上げがダウンした街だと思うんです。

実際、新宿はどこもひどくて、大小問わずすごい勢いで閉店しています

讃井 伊藤さんは、売り上げが減ったことに対してどのような対応をされてきたんですか。

伊藤 もっともひどい時期は休業しました。また、国や都の時短営業の要請に従ってきましたので、深夜の営業をやめて、代わりにランチの営業やテイクアウトを始めて少しでも売り上げを確保しようとしています。費用の面では、賃料や材料費はいかんともしがたいので、人件費を減らしてきました。もともと社員、アルバイト合わせて従業員は17~18人いたのですが、今は半分ぐらいです。

讃井 解雇せざるをえなかったのですか。

伊藤 いえ。ドラスティックに解雇している店もありますが、私はなんとかして従業員を食べさせてあげたいと思うので解雇はしていません。学生アルバイトなどが辞めていった時に、補充をしない形で減らしてきました。

それでも赤字ですので、融資を受けています。ただ、今回のコロナでは政府の100%保証で融資を受けられるという制度もあるのですが、審査で断られてしまいました。飲食業は常に利益が出るわけではなく、売り上げの変動も激しい世界です。「もともとあまり利益が出ていない。利益が出ていないところには貸さない」という対応でした。結局、信用金庫で融資を通しました。それに休業補償などの各種支援策を合わせて、なんとかしのいでいます。

支援策は、非常にありがたいものからまったく話にならないものまでさまざまです。今の営業時短協力金(営業時間短縮に係る感染拡大防止協力金)は金額的には一番手厚く、1店舗につき1日6万円ですので、1か月で180万円になります。それでも、うちの場合は賃料など固定費でなくなってしまいます。

讃井 店の場所によって、賃料には相当差がありますからね、新宿だときついでしょう。

伊藤 あとは従業員の人数にもよりますが、うち以上の規模の店だと確実に赤字になると思います。逆に小さなスナックでママさん1人でやっていれば、貯金ができてしまう。ですから、今回の営業時短協力金はものすごい悪手だと思います。

場所や規模に応じて、濃淡をつけるべきではないでしょうか。たとえば、前年の売り上げの何パーセントだとか、賃料保証かつ人件費は80%だとか…。それぐらいやれば、罰則がついてもいいぐらいの合理性が出るのに、今回の一律6万円というのには合理性がありません。小さな店が得して大きな店が苦しむような形ではなく、規模に応じて納得できるようなシステム、合理性のある施策をお願いしたいです。

 

讃井 不公平感という意味では、要請に応じる店とそうでない店の間にも不公平感はありませんか?

伊藤 現在、時短要請にはほとんどの店が応じています。11月ぐらいまでは店によって判断が分かれていましたが、今は90パーセント以上が受け入れているのではないでしょうか。一方で、時短に応じずに営業している店もあって、そういう店はぎっちり満席です。また、接客やカラオケのある店が、一貫して自粛せずに営業している場合もあります。不公平感というより、非常に怖いなと感じます。

讃井 たしかに、私が外からチラ見した限りでも、時短せずに営業している店は、密な上に、衝立などの感染対策も弱いかなという印象があります。

伊藤 感染対策は店によってまちまちですけれど、今は集客のためにもとても大事だということで、どの店でも意識がすごく高まっていると思います。うちも大がかりな換気設備工事をしたのですが、工事業者さんは引っ張りだこだそうです。 讃井 その工事費用にも補助金が出るんですか?

伊藤 はい。コロナ対策の工事には3分の2の補助金が出るという制度があります。ところが、支給まで半年ぐらいかかるんです。「どのような工事をするのか。それにはどういった効果があるのか。各現場で確認した上で振り込む」というのですが、半年も待っていられないので申請はあきらめ、融資を受けたお金で工事をしました。 讃井 経済的支援策はいろいろあるけれど、その量だけでなくスピード感にも不満を感じているのですね。

伊藤 この1年間、同じ書類を何回も出しています。決算書、賃貸契約書、営業許可証、口座の振替依頼書…。飲食店の仲間は皆、書類申請でとても苦労しています。データベース化すれば、書類を出すほうも処理するほうも簡単になるのに、なぜやらないのか不思議です。申し込みから3日で補償金が出たといった海外のニュースを聞くと、日本は遅れているんだなと実感します。

讃井 飲食業の方々がどれだけ苦しい思いをされているのか、よくわかりました。

最後に伺いたいのは、飲食業界から医療業界はどう見えているかです。私も含めて医療従事者のほとんどは、どうしても医療業界の理屈を優先して新型コロナ感染症対策を語りがちですが、感染症対策を厳しくすればするほど飲食業界など経済は苦しくなります。「あちら立てればこちらが立たず」というトレードオフの関係性の中で、医療の理屈に対してどのような感想をお持ちでしょうか。率直なところをお聞かせください。

伊藤 私個人は、医療業界に対してネガティブな感情はありません。本当に感謝しています。今日お話した不満や注文は、政治や行政に対するものです。繰り返しになりますが、合理的でスピーディーな施策をお願いしたいです。

大きな政策でいえば、もっとも合理的なのは完璧にロックダウンして感染を抑え込むことだと思っています。というのも、この1年間、政府は「経済を回しながら感染をコントロールする」と言ってきたわけですが、実際は経済は回っていないからです。一部には業績が上がっているところもあるのでしょうが、経済全体で見れば間違いなく厳しい。

私の小さな店の規模で考えても、これだけ売り上げが落ちているのに営業を続けるのは、本来は合理的ではないんです。結果論ですけれど、最初の3か月に完璧なロックダウンをしてコロナが終わっていたら、3か月丸々赤字でも現在の状態より傷は半分で済んでいます。

讃井 台湾やニュージーランドのように、感染者をぐっと減らした上で、経済を回そうということですね。

 

伊藤 そのほうが結局傷は浅いはずです。ハンマー&ダンスと言うけれど、この1年間踊れたことなどありません。これが今年いっぱい続いたら、うちはもう持ちません。うちだけではなく、多くの飲食店がバタバタとつぶれるでしょう。

そうならないためには、短期集中的に強いハンマーで感染を叩いてほしい――切にそう思います。

   *   *   *

「強い施策でいったん感染者を抑え込むほうが、飲食店の傷は浅い」。伊藤さんのこの言葉は、奇しくも私がこれまで主張してきた内容と同じでした(第30回参照)。もちろん、経済活動の現場にいる方達の意見は、伊藤さんと同じものばかりではないでしょう。しかし、医療 vs. 経済、両者の現場を守ることは二律背反ではなく、感染者数を減らせば通常診療・通常営業が可能になる点は共通です。私自身、しばしば「医療 vs. 経済、どちらを優先すべきか」「これ以上の〇〇〇の継続は、経済(医療)が持たない」という口調で語られることに違和感を感じてきたので、伊藤さんのような現場の意見を伺うことができたことは、大変幸運でした。そして、語っているのは「誰か」という主語に、改めて注意する必要があることにも気付かされした。

また伊藤さんは、店の規模を考慮に入れない定額の支援策の非合理性や、情報の一元管理ができない非効率性を指摘していました。おそらくその根底には、デジタル化の遅れや、縦割り組織運営の弊害があることが推察され、「有事に対応できない日本の構造的な脆弱性が、またここにも噴出していたのか」と嘆息を禁じ得ませんでした。この1年、ダイヤモンドプリンセスにはじまって、我々は次々にその見本を見せられてきたからです。

社会としてのワクチンの効果が得られるのは当分先の話です(第39回参照)。首都圏の新規感染者数を下げきらないまま緊急事態宣言を解除するか継続するか、解除・継続するならそれぞれ何をゴールにどのような形にするか、うまく行かなかった時にどうするか、議論の過程がよく見え、具体的かつ説得力のある施策の提示を期待したいと思います。おそらく、それは、医療界・経済界共通の切なる願いでしょう。
(2月2日対談、2月26日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第41回は38日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。