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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第79回 オミクロンで死亡者が多い理由

2022年02月21日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

「重症化しにくい」とみられるオミクロンだが、1日あたりの死亡者は過去最高を記録している。第6波の重症患者の臨床的特徴、新規感染者数がピークアウトしても依然厳しい医療供給体制の現状を自治医科大学附属さいたま医療センターの讃井將満教授が報告する。

オミクロンによる第6波の新規感染者数がようやく減少し始めました。検査陽性率がやや下がり始めたこと(埼玉県)、発熱相談件数が減ってきていること(東京都)からみても、ピークアウトしたと考えてよいと思います。とはいえ、まだまだ楽観できる状況ではありません。新規感染者数は依然高水準ですし、1日あたりの死亡者は過去のどの波よりも多く、2月15日以降全国で連日200人以上の方が亡くなっています。そのような状況にもかかわらず、ワクチンの3回目接種率は13%弱にとどまっています

東京都ホームページより

では、「オミクロンは重症化しにくい/致死率が低い」とみられていたのに、なぜ多くの方が命を落としているのでしょうか。

厚生労働省ホームページより

第一にいえるのは、あまりにも波が大きかったということです。これだけ感染者が増えてしまえば、重症化しにくいといっても重症患者は増えてしまいます。オミクロンは肺での感染効率が悪く、いわゆるコロナ肺炎を起こしにくいことがわかっており(第78回参照)、当初はコロナ肺炎の患者は少なかったのですが、最近では少しずつ増えてきています。

埼玉県ホームページより

しかし、それ以上に6波において特徴的なのは、高齢者の重症患者の多さです。デルタによる第5波では、高齢者はワクチンによって守られていたので、重症患者の年齢の中央値は40代後半から50代にかけてでした。それに対し、オミクロンではワクチンを打っていてもブレークスルー感染してしまうことがあるため、感染の波が大きくなるにつれ、重症化する高齢者も増えてしまいました。1月中旬から家庭内だけでなく高齢者施設の発生が増えたことが原因だと思います。

ただし、こうした高齢者の多くは、コロナ肺炎で重症化したわけではありません。肺のCTを撮ってみると一目瞭然なのですが、典型的なコロナ肺炎の所見は見られないケースがほとんどです。高齢者の多くは、コロナ肺炎ではなく、もともと罹っていた慢性疾患が増悪して重症化しているのです。たとえば、もともと心臓の機能が悪かった方が、新型コロナに感染したことをきっかけに、心臓の状態が悪くなってしまうというようにです。

新型コロナに限りませんが、感染症にかかると人間の体は免疫機能を使って病原体と戦います。その結果、炎症が起こり、たくさんの酸素が必要になります。その時、たとえばふだんは薬を飲むことで心臓の機能を維持している方、つまり心臓の予備能(ある程度の障害・ストレスがあっても持ちこたえられる能力)が低い心不全の患者は、「血液をもっと送ってくれ、酸素をもっと送ってくれ」という体の要求に応えることができず、肺に水が溜まってしまうことがあるのです。心臓が血液を送り出す力が弱くなると、その上流にある肺の血管で血流が滞り、血管の圧が上がって肺胞に水が漏れてしまうからです。

左が新型コロナ、右が心不全+細菌性の肺炎のCT画像。

このように、第6波で重症化している高齢者の多くは心臓や腎臓、肺など重要臓器の予備能がもともと低下している方だという印象です。だからこそ、高齢者や基礎疾患のある方は、できるだけ早く3回目のワクチンを接種していただきたいと思います。

一方で、慢性疾患が増悪した患者、コロナ肺炎患者以外にも、新たに他疾患を発症し入院が必要になる患者がコロナ陽性であるケースが5波に比べて増えています。これだけ有病率が高い状態になれば、無症状あるいは症状が非常に軽い方が市中にたくさんいると考えられますので、 脳・心臓・血管・腸などの緊急手術が必要になり入院してくる患者がコロナ陽性であるケース、コロナで自宅療養中に他疾患を発症して入院が必要になるケースが増えるのは必然でしょう。中には、入院時陰性でもその後に陽性化する患者もいます。しかし、医療従事者のブースター接種が進んだこと、この2年間で院内感染の防止策が周知徹底されたことにより、大きな院内クラスターには至らないケースがほとんどです。 もっとも、高齢者や障害者施設におけるクラスターは依然大きくなりやすく、実際、1月下旬には、高齢者施設だけでなく障害者施設における感染も増えました

以上のように、第6波の病院の中では、「新型コロナ感染症」とひとくくりにできないほど多様な対応に追われています。その対応をより難しくしているのが、マンパワーの不足です。

実際、私のまわりでも家庭内感染によって陽性になった医療従事者が複数います。感染しなくても、濃厚接触者になった、あるいは小さな子どもが感染したため出勤できない医療従事者も多くいます。その結果、コロナ病床でも一般病床でも病床をフルに使うことが難しくなっています。一般救急の受け入れ機能の低下は1月後半にピークとなり、救急車を呼んでも受け入れ先の病院が非常に見つかりにくい状態になってしまいました(第77回参照)。その後現在まで、状況は変わっていません(悪化はしていませんが、明確な改善も見られません)。

高齢者・障害者施設で感染すると、多くの場合、人工呼吸などの積極的な治療を希望せず、結果的にそのままお看取りとなるのですが、最後まで闘いたいと希望される方には転院を調整します。しかし、この転院調整が、2月に入ってから非常に難しい状態が続いています。

このように、  事実として しわ寄せがきているのは高齢者、障害者、一般の救急患者です。1日も早く正常な医療体制に戻すためには、第6波の大きな波を収束させるほかはありません。「ピークアウト」という報道に接するとついつい緩みがちになってしまいますが、ワクチンの追加接種や基本予防策の継続など、引き続きご協力をお願いします。
(2月18日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第80回は314 日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。