医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第21回 災害時感染制御支援チームの可能性

2020年10月12日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

災害時の感染対策をオーガナイズする―― “災害時感染制御支援チーム” を立ち上げた櫻井滋岩手医科大学教授がめざすものとは?

台風14号の接近は、あらためて避難所の新型コロナウイルス感染症対策の重要性を浮かび上がらせました。前回に続き、避難所の感染制御の第一人者である櫻井滋岩手医科大学教授に避難所感染対策の現在進行形の取り組みについて伺います。

櫻井滋(さくらい・しげる)

岩手医科大学医学部教授、岩手医科大学附属病院感染制御部長。金沢医科大学医学部卒業後、沖縄県立中部病院内科呼吸器科・集中治療部、米国ワシントン大学呼吸器・集中治療医学部門などを経て岩手医科大学へ。現在、日本環境感染学会災害時感染対策委員会委員長なども務める感染制御の第一人者。

讃井 前回、避難所の感染対策で重要なのは、オーガナイズすることだと伺いました。私自身、新型コロナ感染症の第一波で国、県、市との連携で難しく感じたところがありました。東日本大震災の避難所においても、同じような難しさがあったのでしょうか。

櫻井 そうですね。どの都道府県も同じだと思いますが、岩手県では感染対策の中枢は県庁にあり、その指示で各保健所が動くという建て付けになっています。しかし、災害対策の主体は基本的に市町村なので、現実的には市町村長が判断することになります。また、ややこしいのは中核市である盛岡市だけは独自の保健所を持っているため、県の指示に従う立場ではありません。

讃井 たしかに、埼玉県でも政令指定都市のさいたま市は市が管轄する保健所を持っていて、県の管轄ではありません(https://www.pref.saitama.lg.jp/a0701/hokenjo/hokenjo-itiran.html)。連携が良くないように見えることがありました。

櫻井 そういった行政システムの錯綜を整理しないといけないと思いました。

讃井 新型コロナ感染症では、厚生労働省から「DMAT(ディーマット:災害時派遣医療チーム)が新型コロナ感染症患者の搬送を調整すること」という通達が県に来ました。3.11の時は、当然DMATが動いたわけですよね?

櫻井 DMATは県知事の要請で(市長村長の要請がなくても)動けますので、72時間以内に現地に入っていました。ただ、DMATは感染対策を専門にしているわけではありません。たとえば装備についても、粉塵の対策装備は持っていましたが、N95マスクといった感染対策用のPPE(個人防護具)は数セットしか持っていませんでした。

讃井 国からも現地に入ってきたんですか?

櫻井 国からは疫学調査班が派遣されてきました。国立感染症研究所のチームです。ところが、岩手県に来てみたら四国と同じくらいの広さがあってどこに何があるのか見当がつかないわけです。そこで、積極的疫学調査を私たちに委託してもらう形にしました。

以上のような図式は、じつは2月のダイヤモンドプリンセス号でも同じだったんです。最初、厚労省に呼ばれたのはDMATで、DMATが船内で医療行為を行いました。しかし、感染制御が十分とはいえなかったので、前後して国立感染症研究所を入れましょうということになったようです。感染研は疫学調査を行い、PCR検査もたくさん実施しました。けれども、感染対策の指導という立場ではないので、やはり院内感染対策チームのような存在が必要になり、私ともう1人の感染制御専門の医師、感染管理認定看護師の4人がチームを作ってダイヤモンドプリンセス号に乗り込み、活動することになりました。私が呼ばれたのは、3.11の活動が認められて日本環境感染学会の災害時感染制御検討委員会委員長を務めていて、厚労省とのつながりがあったからだろうと思います。 讃井 3.11の時から、それぞれが違う指揮系統でばらばらに動いていて、協力関係があまり無かったのでしょうか。私自身、新型コロナ感染症の第一波の際に、行政組織内・組織間、病院内・病院間の関係性に縦割り文化の弊害を感じる場面がしばしばあったのですが…。

櫻井 確かに縦割りですね。私が最も問題だと思うのは、横のコミュニケーションのシステムを備えていないことだと思います。協力の仕方がわかっていない。つまり標準化、あるいは一般化がきちんとなされていない領域なんです。

とはいえ、「こんな組織は使えない。新しいシステムを作れ」というのは違うと思っています。それは理想論なのかもしれませんが、「使えない」という部分をすべて切り捨てたら、誰もいなくなってしまうからです。そうではなくて、オーガナイズすることで使えないものを使えるようにして結果を出そうというのが私の考えで、学会という媒体を通して横つながりを作ろうとしているところです。

讃井 具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか? きっかけはやはり3.11のご経験だったのでしょうか?

櫻井 前回お話ししたように、3.11では山田町でインフルエンザのアウトブレイクが起こりました。これを契機に岩手県では岩手県感染制御チーム(ICAT:infection control assistance team)を県の仕組みとして編成し、2014年に常設化しました。今回の新型コロナ感染症でも、クラスター制御班はこのチームが基本になって動いています。この岩手県のICATをモデルに、災害時に感染制御を支援するための全国組織DICTdisaster infection control team)を環境感染学会の中に作り始めたところです。 災害時にDMATが対応するのは外傷や一次感染リスクといった発災直後のリスクで、その後の避難所の集団感染リスクのコントロールは今まで保健所が担っていました。

避難所ではどのような感染症がどのような順番で流行するか、概ねわかっています。発災すると、まず外傷に起因する破傷風などが発生し、その山を越えた頃にインフルエンザや麻疹、ムンプス(流行性耳下腺炎=おたふくかぜ)といった呼吸器系の感染症が流行します。その後、食事に関連する感染症、さらに動物・昆虫媒介の感染症が出てくることがわかっています。それらをモニタリングし、必要な物資を投入しなければなりませんが、保健所はさまざまな仕事に追われてなかなか手が回りません。隔離スペースを確保したり、飲み水やトイレを確保したり…。そういった感染対策を環境感染学会からDICTを派遣して技術的に支援していきたいと考えています。そのためには、行政や関連企業との連携、オーガナイズが重要になります。 環境感染学会の中ではDICTの準備は進んでいまして、各都道府県で活躍する感染対策に明るい先生を地域のヘッドに据えて、その下にICD(感染制御医)、ICN(感染管理看護師)、薬剤師、検査技師などを配して、災害時に機動的に動かせる体制を構築中です。年初にキックオフミーティングを行って、さあこれからというところで新型コロナ感染症のパンデミックが起こってしまったのですが…。

一方で、その新型コロナ感染症に関しても環境感染学会でもクラスター制御支援チームを立ち上げ中なのですが、じつはこれはDICTと重複しています。避難所だけにとどまらず、新型コロナ感染症のような感染症は災害ととらえ、災害対策の中に最初から織り込むべきだと考えるからです。

讃井 一声かければすぐに派遣してもらえて、効率的に感染制御の指導をしてくれるような組織は、私のような現場の医師には喉から手が出るほど欲しいですね。 櫻井 現在の課題は国の防災スキームの中にDICTを組み入れることです。現状、災害時に救助活動等で動くのは、消防、自衛隊、DMATなどとなっているわけですが、そこにDICTも加われればと思います。じつは、厚労省の防災業務計画には、災害時の防疫対策の項に、「被災地の避難所等における衛生環境を維持するため、都道府県市町村は必要に応じて日本環境感染学会等と連携して感染制御チームを要請する」旨が書いてあります。それを根拠に、われわれとしては「呼んでくれればやりますよ」という形になるよう進めています。

…というように、ここまで絵は描けているのですが、現実にはまだ国の制度に入っていないというのが現状です。

讃井 そういった行政との調整でもどかしく感じることはありませんか? 櫻井先生も私も米国の留学経験があるわけですが、米国とくらべて縦割りで非効率であるとか、スピード感がないというように…。

櫻井 理想をいえば、米国のCDC(疾病予防管理センター)やFEMA(連邦緊急事態管理庁)のような組織を作って、そこがすべてをまとめるのがいい。ただ、戦後日本では行政を縦割りにすることで全体の暴走を防ぐ安全弁にしてきた歴史があると私は思っています。そのことを理解しないで、私たちのようにな外国帰りの人間が、「なんでアメリカと同じようにしないんだ」などとワイワイ騒いでも、みなさん貝の口を閉ざすような状況になってしまうでしょう。ですから、現実を動かすためには、折り合いが大切だと思うんです。

もっと言えば、専制国家ほど感染症対策は簡単なんです。上が命じればいいだけですから。逆に、自発的に折り合いをつけながら全体のレベルを上げようと思うととても時間がかかります。私たちもここにいたるまで10年かかりました。結論が見えているとどうしてもそこへ早く行きたくなります。すると、歩みを邪魔されているように感じるかもしれません。しかし、邪魔されているという認識ではなく、時間はかかっても障害を1個1個取り除く努力をすべきです。

夢を見ることは大切です。でも、見るだけならだれでもできます。重要なのは、夢を実現させるために実務に貢献しながら夢を見ることだと私は思います。

讃井 夢を語っているだけではだめだということですね。ありがとうございました。とても勉強になりました。

*    *    *

櫻井先生から、感染対策に留まらず、じつに示唆に富む組織論を学ばせていただきました。人間はどうしても自分や自分たちの枠内の理屈、ルール、慣習を優先させがちです。櫻井先生がおっしゃるように、縦割りにはこのような弊害があるけれども、一部の強い意見をうまく希釈する効果もある。また、縦割りを壊して新しいシステムを作れればうまくいくかもしれないが、壊された人たちは途方に暮れる。それらを勘案して現実的に結果を出すためには、まずは既存の縦割りに敬意を払いながらしなやかな横串づくりを目指すべきなのかもしれません。同時に動かないことを批判したり、夢を語るだけでは結果は出ません。「夢を実現させるために実務に貢献しながら夢を見る」人、組織が必要なのでしょう。

じつは普段から病院内外の体制作りは私の悩みどころだったので、櫻井先生のご発言は刺さりました。よく噛み締めて動いていきたいと思います。
(9月25日対談、10月10日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授、櫻井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第22回「新型コロナ感染症~臨床の最前線」(1019日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、櫻井滋、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。