医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第52回 コロナ下の学会の役割

2021年05月24日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

新型コロナウイルス感染症との戦いの中で、医療従事者間の情報共有が進んでいる。日本集中治療医学会・第5回関東甲信越支部学術集会で会長を務める讃井教授が、学会が果たす役割を掘り下げる。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に本連載が始まってから1年が経ちました。 1年前の第1波は、第3波や現在の第4波に比べれば感染者数は少なかったものの、まだ新型コロナについてわかっていなかったことが多く、かつ病床数・検査数の不足など医療体制が整っていなかった面もあって、非常に厳しい戦いを強いられました。その後なんとかしのいでこられたのは、病床の確保(埼玉県では3倍以上)や医療機関間の協力が進み、必要な検査ができるようになったと同時に、医療現場がウイルスに関する経験・知見を蓄積し、対応能力が向上したからでしょう。行政・現場が一致団結して頑張ってきた成果だと思います。 それぞれの医療従事者は、自身の臨床経験に加えて情報共有によって知見を積み上げます。各現場レベルの情報共有、世界的に共有される論文、メールや電話による個別相対の情報交換

 学術集会、いわゆる学会も貴重な情報共有の機会です。実際、昨秋ベルギーのブリュッセルで開催された集中治療の国際学会や本年2月の第48回日本集中治療医学会学術集会にオンラインで参加しましたが、そこでは新型コロナ感染症についてさまざまな最先端の情報が共有され、非常に勉強になりました。

 612日には、私が会長を務める日本集中治療医学会・第5回関東甲信越支部学術集会が開催されますテーマは、『これからも「ありがとう」と言われるために “withコロナ時代の集中治療』です。 本来であれば参加者が会場に集まって情報交換・議論・学習をするのですが、感染状況をふまえるとそれはできません。リアル対面形式とオンライン形式を組み合わせたハイブリッド形式にするか、あるいはオンラインのみによる開催にするか、臨機応変に対応して、有意義な場にしたいと考えています。

 学会にはさまざまな意義があります18参照)。そのひとつは、「一般演題」と呼ばれる研究発表が行われることです。たとえば新型コロナ感染症の症例について「こんな取り組みを行い、効果があった」というように、論文にまではいたっていない研究や事例が発表されるのですが、そこには、情報の不確かさはあるものの、その欠点を補うだけの「情報の早さ」、「臨床や研究現場の実情・苦労・工夫が共有できる」、「客観的な意見(批判)をもらえる」という大きな意味があります。

 また、本会(全国集会)と比べて小規模な地方ブロックごとの支部会(支部集会)には、一般演題は若い医療従事者・研究者の登竜門的意味合いもあります。今回、若い医療従事者から予想を上回る数の一般演題の応募(応募テーマはやはり新型コロナ感染症関連が多いようです)があり、とてもありがたく、頼もしいと感じています。

 研究発表だけではなく、学会では各種学習プログラムが組まれています。学びの場としての意義もあるのです。

日本集中治療医学会・第5回関東甲信越支部学術集会ホームページより

 学会に参加するのは、経験豊富な医師だけではありません。集中治療医学会であれば、医師の他に看護師、薬剤師、臨床工学技士、管理栄養士などのメディカル・スタッフも参加します。しかもそれぞれの経験値、学習レベルが異なります。1年目の看護師からベテランの専門医までが一堂に会するわけです。ですから、「よくわかっていないので、理解したい」、「わかっているつもりだけれど少し不安がある」、あるいは「自分の知識を再確認したい」というように、ニーズは人それぞれで異なります。その多様な学習ニーズに応えるよう、基礎的内容から発展的内容まで学習プログラムが用意されます。今回、エキスパートによる最先端(カッティング・エッジ)の内容の講演こそ少ないものの、このような教育的な内容の講演を充実させようと思いました。この1年間、重症新型コロナ感染症診療に従事してきた集中治療スタッフは、いわば勉強の時間を削って頑張ってきた、勉強できない鬱憤、勉強しなきゃという焦りが相当蓄積しているはずだからです。

 たとえば、新型コロナ感染症を中心に炎症・免疫・凝固の仕組みを学ぶ初級者向けプログラムを実施します。また、基調講演では、マラソンの瀬古利彦さん(DeNAアスレティックスエリート アドバイザー/(公財)日本陸上競技連盟 強化委員会マラソン強化・戦略プロジェクトリーダー)をお招きして、「チーム・パフォーマンスを上げるためのコミュニケーション」をテーマにお話しいただきます。集中治療は多職種がひとつになって患者の診療にあたるチーム医療ですので、チーム内のコミュニケーションが非常に重要です。ランナーとしてだけでなく、指導者として長年の実績のある瀬古さんに、チーム力を上げるコミュニケーション術を学びたいと思います。

 さらに、インタラクティブな情報交換・意見交換ができるのも学会の重要な意義です。612日の学会でも、新型コロナ感染症について医療従事者の多くが疑問に思っているようないくつかのトピックについて、Pros & Cons(賛否に分かれる)形式で議論を行なう企画セッションを設けます。

日本集中治療医学会・第5回関東甲信越支部学術集会ホームページより

 たとえば、ICUに入っている新型コロナ感染症重症患者の診療に関して、早期からのリハビリ介入をすべきか否かというトピック。リハビリでは、患者と体が密着しますし、抱きかかえる時には顔と顔が非常に近づきます。コロナ以前は当たり前にやっていた行為ですが、新型コロナの流行初期には避けざるを得ませんでした。感染の可能性が高いと考えられたからです。その後、医療従事者が感染予防策をきちんと実行すれば安全だということが少しずつわかってきたのですが、まだ完全に確定したわけではなく、不安を拭い切れない医療従事者も多くいます。このような賛否両論あるトピックについてディスカッションし、意見交換できるのは、学会の大きな意義と言えるでしょう。

 以上のように、学会を通じてさまざまな形で情報共有することは、診療のアウトカム(成果)につながり、『これからも「ありがとう」と言われる』ようになるのではないでしょうか。

 ICUで生死の境を彷徨った患者さんが、一般病棟を経て退院する際にICUをわざわざ訪ねてきて、「ありがとうございました」と言ってくださることがあります。集中治療に携わる医療従事者にとって、これほどモチベーションが上がる瞬間はありません。われわれは結構単純で、「ありがとう」のひとことで、どんなにつらくても数か月元気に働けるといった面があるのです。しかも、重症患者が入るICUは、一般病棟と比べて患者さんとの会話がどうしても少ない(=感謝される機会が少ない)のでなおさらです。

 もちろん、われわれ医療従事者のほとんどは、もともと「人の役に立ちたい」という思いからこの仕事を選んでいるのであって、感謝を求めているわけではありません。ただ、自分がやっていることの正しさ、すなわち人の役に立っているかどうかを潜在的に確認したい気持ちがあるのだと思います。 コロナ禍で集中治療の現場は疲弊し、やっていることの正しさがますます見えにくくなっています。それでも、『これからも「ありがとう」と言われるために』がんばるしかない。私はそんな思いを今回の学会のテーマに込めました。
519日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第53回は531日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。