医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第26回 今、フランスでは…

2020年11月16日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

毎日数万人の新規感染者が発生し、2度目のロックダウンを余儀なくされたフランス。なぜこれほどまで感染が拡大してしまったのか――フランス駐在のビジネスマン・瀧川功氏に現地の生の声を訊く。

11月に入り、日本では新型コロナウイルス感染症が再び急速に拡大しています。しかし、より深刻な状況にあるのがヨーロッパです。フランスでは、10月30日から2度目となるロックダウンに踏み切ったものの、11月8日に1日の新規感染者数が過去最高となる8万6千人を記録しました(データはWHOによる)。いったいフランスではなぜ感染が拡大したのでしょうか。日本との比較も含め、在仏のビジネスマン・瀧川功さんに実情を伺いました。

瀧川 功(たきがわ・こう)

東京銀行入行後、主に大企業取引に従事。海外拠点勤務が長く、フランス7年、アメリカ西海岸9年と31年間の銀行員人生の半分以上を海外で過ごす。2012年から2016年まで、三菱東京UFJ銀行パリ支店長。現在、化学品メーカーのフランス現地法人駐在。他に日本カトリック学校連合会役員、パリ日本館館長選考委員など。

讃井 フランスでは約1か月間のロックダウンが実施されています。まず、2度目のロックダウンにいたった経緯を教えていただけますでしょうか。

瀧川 数日前、ICUの病床占有率が85%まで上昇したというニュースがありました。ロックダウン後もまだ状況が好転していないというのが現状です。

新型コロナ感染症の新規感染者数が増え始めたのは、夏季休暇期間(バカンスシーズン)が終わる8月下旬頃からです。私が渡仏した10月11日には、新規感染者数は2万6千人に上りました。政府は10月17日から約4週間の夜間外出禁止令(Couvre-feu:クーヴルフ=門限)を決め、夜21時から朝6時の間の外出を制限することにしました。ところが、門限21時ぎりぎりまでカフェやレストランに多くの人が集中し、20時台のメトロや電車、市バスなどが大ラッシュとなってしまいました。満員のカフェの中で人びとがマスクをはずして喋り続けている様子を見て、「これはやばいんじゃないのか」と思いました。 実際、新規感染者数はその後も増え続け、病院のベッドも逼迫してきたことから、10月30日についにロックダウン(Confinement:コンフィヌモン=自宅待機)となったのです。その1週間前には、マクロン大統領自らが「2度目のロックダウンを判断するには時期尚早」と言っていたにもかかわらずです。

讃井 ロックダウンでは具体的にどのような制限がされているのですか?

瀧川 少なくとも12月1日まで全土で外出を制限し、レストランの営業などが禁止されます(テイクアウトは可能)。通勤(テレワークを推奨するが、在宅勤務ができない場合は通勤も可能)、通学、通院、生活必需品の買い物、自宅周辺での1時間以内の運動やペットの散歩などは認められていますが、外出する際は必要事項を記入した「特例外出証明書」を携行しなければなりません。春のロックダウンと違うのは、政府が「仕事と教育の継続」をさかんに言っている点です。ある程度経済を回さなければならないと考えているのでしょう。学校(大学を除く)についても閉鎖しない方針です。 このロックダウンを始めたにもかかわらず感染拡大が止まらなかったため、11月6日からパリを中心に22時からの制限がさらに厳しくなりました。ロックダウンといってもスーパーやピザ屋など食べ物や酒を扱う店は開いていたので、そこに大勢の人が集まっていたのです。それを止めようと、22時から6時まで飲食の小売店の営業が禁じられました。経済を回さなければならないけれど、新規感染者数が全然減らないため、どんどん制限が厳しくなってきているわけです。それでも春のロックダウンより制限が緩いので、12月1日までに収束せず、ロックダウン状態のままクリスマスに突入するのは必至との見方が多いようです。

とはいえ、緊迫感はもちろんあるのですが、皆おとなしく暮らしているかというと、そうでもないと感じます。日本からフランスを見るとカオス(混沌)に思えるかもしれませんが、現地に来て肌で感じるのは、「フランス人は意外にあっけらかんとしているぞ」ということです。

フランス人をひと言で表すなら「going my way」。子どもの頃からの教育が大きいと思いますが、日本人と比べて個が確立していて、「自分は自分、他人は他人」というところがあります。じゃあフランス人は群れないかというとそんなことはなくて、ひとりひとりは意見・意思を持っている一方で、皆で集まって何かするのが好きなんです。日本のように感染対策で集まりをやめるとはなかなかならず、いつも通りに生きている――それが感染を広げている一因かもしれません。

讃井 日本では、マスクをする、3密を避けるといった感染予防策がかなりよく守られています。日本人には公共心・道徳心があるからとも言えるし、同調圧力が強いからという見方もできます。いずれにせよ、事実として日本人は頑張っていると思います。フランスでは感染予防策は守られているのでしょうか?

瀧川 コロナ以前から日本ではマスクの着用率は高かったと思います。逆に欧米ではマスクで口元を隠すことに抵抗感を持つ人が多いです。マスクをしていると犯罪者を連想するとまでいわれています。実際、春先にフランスの現地法人のメンバーとZOOM会議をすると、向こうは同じ部屋の中に何人もいるのに誰もマスクをしていませんでした。「マスクしないの?」と聞くと、「マスクをしたって感染には関係ない」と返されました。

ところが、8月・9月ぐらいから彼らがだんだんマスクをするようになっていきました。コロナが怖いからか罰金135ユーロが怖いからかはわかりませんが、私が着任した10月には、街中でもほぼ全員マスクをしていました。これは驚くべき変化だと思います。 よく言われることですが、日本では子どもの頃からうがいと手洗いを習慣づけるなど、衛生観念のレベルは世界的に見て非常に高いと思います。海外に住むとそれを本当に実感します。フランス人は足元にも及びません。しかし、コロナ禍でフランス人の衛生観念も変わってきたようで、家に入る時に靴を脱ぐ人が増えたといいます。マスクについても意識が変わったのかもしれません。 讃井 3密回避についてはいかがですか?

瀧川 3密回避という考え方自体があまり知られていなかったのではないかと思います。ロックダウン前は、カフェにたくさんの人が集まって飲んでいました。また、レストランではテーブルごとに仕切りを作って、ひとつのテーブルに客はひとりとされていましたが、パリのレストランは店が狭いので十分な間隔が取れていませんでした。3密回避を気にしているという印象はありませんでしたし、実際できていなかった。この点でも、日本のほうが対策はかなり進んでいると思います。

讃井 PCR検査体制についてはどうでしょう?

瀧川 症状がある、あるいはちょっと気になるという人はすぐPCR検査を受けられます。1日30万人が検査可能で、しかも無料なので気軽に受けられます。実際、私が着任する前のことですが、会社で感染者が出た際に全員すぐに受けられたそうです。 讃井 必要な人が必要な時に検査を受けられる体制が整っているのですね。一方で、PCR検査の偽陰性や偽陽性についてはどのような議論がされていますか?

瀧川 議論を耳にしたことはないですね。日本ではかなり専門的なところまで報道されていましたが、フランスではそこまで突っ込んでいない印象です。テレビではコロナに関してかなり緊迫感をもって伝えていますが、その内容は、夜間外出禁止に意味があるのか無いのかとか、もっと早くからやるべきだったのではないかといった話が中心です。偽陰性・偽陽性については問題にはなっておらず、検査については、「感染の傾向がわかればそれで良いのでは」といったアバウトな考え方のようです。

讃井 身近で感染された方はいらっしゃいますか?

瀧川 うちの会社でも、オフィスからも感染者が出ました。かなり近くにコロナウイルスの存在を感じますし、私自身いつ感染するかわからないという危機感を持って注意しています。

興味深いのは、それに比べて、フランス人はさほど危機感を感じているようには見えないことです。たしかに報道では緊迫感をもってコロナを伝えていますが、私がじかに接するフランス人はわれわれ日本人のように新規感染者数の増減に一喜一憂しません。彼らからは、「ジタバタしても始まらない」といった印象を受けます。一種の諦念なのかもしれませんが…。 讃井 良くも悪くもピリピリしていないんですかね。

瀧川 そうなんです。良くも悪くも、フランス人は「C’est la vie(セラヴィ:しょうがないさ・これが人生さ)」なんです。そのいい加減さは感染拡大の一因になっているかもしれません。半面、こんな時でも彼らはいつも通りに「生きて」います。

讃井 逆に日本人はピリピリし過ぎたと感じますか?

瀧川 日本でマスクや3密回避が守られているのは、日本人が真面目で責任感が強いからでしょう。ただ、それが行き過ぎてしまっているところがあって、マスク警察や自粛警察、感染者バッシングが起こっていると思うんです。

讃井 フランスでは感染者が差別されるようなことはありませんか? 日本のように、感染したら「すみません」と謝らないといけないような空気はないのですか?

瀧川 私の知る範囲ではないですね。「風邪をひいて休みました」ぐらいの感じで、「申し訳ありませんでした」と謝る発想はまったくありません。

讃井 それは日本人も見習いたいところですね。日本では、ただでさえ感染して苦しみ、場合によっては後遺症に苦しんでいる人が、さらに差別・バッシングを受けて一層つらい思いをしており、大きな問題になっています。

瀧川 一見いい加減に思える「セラヴィ」ですが、日本人も真似すべき面があると私は思っています。そこに、「何事にも動じない強い心」が感じ取れるからです。 ただ、そのように強いフランス人の心さえも、新型コロナ感染症はかなり追い詰めています。日本でも報じられているアジア人差別です。私自身は今回渡仏してから一度も遭遇していませんが、実際に「コロナ!」と指をさされたという友人がいます。一部でストレスのはけ口がアジア人差別に向かっている――フランス人でさえも、相当なストレスを抱えているのだと思います。

*   *   *

 瀧川さんのフランスでの実体験を伺うと、感染拡大を防ぐのはやはり“社会の標準予防策”(マスク、手洗い、3密回避。第12回参照)の徹底なのだとあらためて認識しました。その点、日本人は自信を持っていいと思いますし、感染が拡大している現在も、たんたんと“社会の標準予防策”を行くことが大事だと考えます。

一方で、フランス人の確立した強い個、その上に立脚する家族や友人との強い繋がり、「セラヴィ」という鷹揚さをわれわれは学ばなければならないとも感じました。新型コロナ感染症の拡大を防ぐ一方で、孤立してしまう人や、運悪く感染してしまった人を優しく包む社会、ウィズ・コロナ時代にいきいきと生きていける社会を目指すべきだと思うからです。
メディアの報道からは、なかなかここまで伝わってきません。瀧川さんのように、現地のコミュニティに入り込んで足に地をつけ生活をしている人だからこその説得力がある。素晴らしいインタビューの機会をいただきました。
(11月7日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第27回「重症化――最新の知見」(1123日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 瀧川功、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。