医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第12回 検査はすべてを解決してくれない

2020年08月10日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

感染拡大を防ぐのは、ひとりひとりが自分事だと思って行う「感染しない、させない」努力である――讃井將満教授と感染管理の専門家との対談後編。

基本の徹底――院内感染を防ぐカギは、標準予防策の徹底にありました(第11回参照)。

※標準予防策:患者が感染しているかどうかに関係なく、汗を除く体液、粘膜、傷がある皮膚に感染性微生物があるという前提で行う手指衛生などの予防策。

じつは、“基本の徹底”は病院に限らず、社会全体の新型コロナウイルス感染症対策にもあてはまります。前回に引き続き、感染管理の専門家である坂木晴世看護師にお話を伺います。

坂木晴世(さかき・はるよ)

感染管理認定看護師、感染症看護専門看護師(2010年、国内2人目の資格取得)、日本環境感染学会評議員。国立病院機構西埼玉中央病院看護部に所属し感染管理を担当するかたわら、埼玉県新型感染症専門家会議のメンバーとして新型コロナウイルス感染症対策にあたっている。

*   *   *

讃井 前回は、新型コロナ感染症で院内感染を起こした施設の共通点として、標準予防策が万全ではなかったのではないか、という指摘をされていました。逆に、標準予防策を徹底したことでよい結果が出たのでしょうか?

坂木 新型コロナウイルス感染症はステルス性があるので、いつの間にか施設内にウイルスが持ち込まれてしまうことがあります。埼玉県の場合、第1波後に県内の高齢者施設でいくつかの発症例がありました。けれども、大きなクラスターになった事例は少なく、院内感染の広がりはかなり抑えられました。県庁を中心に各施設が問題意識を共有し、標準予防策を徹底した結果だと、評価していいのではないかと思います。

讃井 第2波で重症者が増えていないひとつの要因として、高齢の感染者の少なさがあげられると思います。その背景には、正しい標準予防策が浸透して、高齢者施設でクラスターが発生しなかったことがあるのですね。

坂木 私は感染管理の仕事をしてもう20年を超えているのですが、こんなにみなさんが手指衛生(手洗い)を真剣にやるのを初めて見ました。ノロウイルスが猛威をふるった時でさえ、ここまでではありませんでした。これまでできなかったことができるようになる機会になったと言えますし、新型コロナ感染症はそれぐらい恐ろしい感染症なのだと医療従事者に認識されているとも言えます。

讃井 標準予防策が徹底されて、副次的に院内の薬剤耐性菌(抗菌薬=抗生物質が効かない菌)などによるその他の院内感染も減ったんじゃないですか?

坂木 ものによりけりですね。代表的な薬剤耐性菌である黄色ブドウ球菌感染症に関しては以前とあまり変わりませんが、偽膜性腸炎を起こすクロストリディオイデス・ディフィシル感染症は出なくなった印象があります。

一方で、院内に限らず社会全体で見ると、例年と比べて顕著に違ったのは冬のインフルエンザの少なさです。3月に全国的に学校が休校となったことに加えて、拡散に関与する世代に手洗いやマスクが浸透したのが大きかったのではないかと思います。 讃井 正しい知識に基づく基本の徹底が、感染症対策でいかに重要かを示していますよね。今、テレビやインターネットでさまざまな情報が飛び交っていますが、対策の基本はいたってシンプルだということでしょう。

坂木 そういえば、今日たまたま時間があいたので昼間のワイドショーを見たんですが、検査の件数をテーマにえんえんやっていました。

讃井 検査をすればすべてが解決するぐらいの勢いで発言するコメンテーターがいますからね。しかし、検査対象を拡大すれば感染予防策をしなくて済むようになる、というわけではありません。完璧な検査はないのですから。 坂木 新型コロナウイルスがどういう経路で感染するのかを科学的根拠に基づいて理論的に考えていただければ、やるべきことはシンプルになります。このウイルスがヒトの体のどこから入ってくるかというと、口・鼻・目の3か所です。そこに、ウイルスがくっつくのを防げば感染しません。そのために効果があるのが、手洗い、ソーシャルディスタンス(3密回避)、マスクです。

讃井 その3つが、“社会の標準予防策”というわけですね

坂木 手洗いは、手に付いたウイルスを洗い流すことで口・鼻・目からのウイルスの侵入をブロックします。

新型コロナウイルスは、物の材質や環境などの条件によって異なりますが、プラスチック上で最大約3日間生きていることがわかっています。ですから、不特定多数の人が触るところにはウイルスがいる可能性があります。そこを触った手で顔を触れば感染のリスクは高いですし、顔を触る前に手洗いすれば感染しないということになります。

 

ちなみに、人間は無意識のうちに、1時間当たり平均3.3回ドアノブなどの公共物を触り、3.6回顔を触るという研究結果があります。 讃井 意識して手を洗う必要があるわけですね。

坂木 ソーシャルディスタンスは、飛沫感染のリスクを下げます。感染者が咳、くしゃみ、あるいは声を出すと、ウイルスを含む飛沫が飛びます。その飛沫を吸入しなければ感染しません。

条件によりますが、飛沫は遠くまで飛ばずに地面に落ちるので、1mの距離を取れば50%、2mでは75%、3mでは90%、リスクが減るというデータがあります。ですから、厚労省では相手との距離を2m(少なくとも1m)取るよう推奨しているのです。

マスクについては、飛沫感染を完全に遮断できるというエビデンスはありません。しかし、マスクをすれば、喋ったり咳をしたりくしゃみをしたりした時の飛沫の拡散を減らし、周囲の人が感染するリスクを下げます。また、口や鼻を手で直接触れるのを防ぐ効果が期待できます。 讃井 シンプルな対策ですが、ひとりひとりがその3つの基本を守れば、感染経路が遮断されて、感染拡大のチャンスを大幅に減らすことができるでしょう。

坂木 今、各自治体はベッドの増床を進めていますが、感染者がどんどん出てくれば、いずれベッドは埋まってしまいます。私たち医療従事者は、患者の治療については全力を尽くしますが、市中の感染拡大を止めるためには何もできません。ですから、感染の連鎖を断ち切るために、すべてのみなさんに「手洗い、ソーシャルディスタンス(3密回避)、マスク」の3つをがんばっていただきたいと思います。

讃井 この3つにもうひとつ加えるとすれば、体調が悪い時は会社や学校を休むことも大事ですよね。感染拡大を防ぐためには、会社や学校は休みやすい風土をつくる必要があると思います(第6回参照)。

坂木 第1波でも“職場クラスター”が発生しましたが、今後、働き方を変えていこうとか、体調が悪い時に無理して働かなくてもいいようにしようといった方向に向かわない企業は、新型コロナウイルスに狙われる可能性があるのではないかと思います。

というのも、このウイルスはまるでブレーンでもいるかのように、非常に巧みに人間の社会の弱いところを狙って攻撃を仕掛けてくるウイルスだと思うからです。第1波では、医療面で脆弱だった高齢者介護施設を狙い、そこが体制を整えてきたら今度は“夜の街関連”と呼ばれる対策をとりにくいところを狙ってきました。その時その時で弱点をピンポイントで狙ってきている印象を受けます。

 

第1波でテレワークや働き方改革が進んだのに、終息したら元に戻ってしまったという声も聞きます。そういった会社が次に狙われるのではないか、クラスターが発生して「やっぱり時差出勤やテレワークをもっと進めたほうがよかった」と後悔する時が来てしまうのではないかと危惧しています。

 

讃井 組織を変えるのは難しいです。病院で何かを変えようとする時にも、まず否定から入る人、できない理由を探す人がいます。だけど、後悔してからでは遅いはずです。 坂木 個人も組織も、今できることをがんばっていただきたいと思います。

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 繰り返しになりますが、感染対策の基本は(少なくともワクチンや特効薬ができるまでは)、「手洗い、ソーシャルディスタンス(3密回避)、マスク」と「体調が悪かったら休むこと」です。

ひとりひとりがその基本を徹底し、「感染しない、させない」を実現できれば、感染の連鎖を断ち切れるのです。感染拡大を自分事としてとらえてほしい――切にそう思います。
(7月23日対談、8月5日口述。 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

連載第13回「今は危機的状況なのか?」(8月17日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。