医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第38回 ワクチンは「急造」ではない

2021年02月15日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

なぜ新型コロナウイルスのワクチンは驚異的なスピードで開発できたのか? 新型コロナの抗体解析に携わる小出昌平ニューヨーク大学教授に讃井教授が訊く。

新型コロナウイルスのワクチンはわずか1年で開発されました。これは驚異的なスピードです。しかし、その早さゆえ不安を感じている方もいるのではないでしょうか。今回は、「なぜワクチンは1年で開発できたのか?」について、米国ニューヨーク大学医学部の小出昌平教授に伺います。

(ワクチンの効果と安全性に関しては、第36回第37回もご参照ください。)

小出昌平(こいで・しょうへい)

ニューヨーク大学医学部生物化学分子薬理学科教授、がんセンターコアメンバー。東京大学農学部、農学系博士課程修了。1991年渡米。スクリプス研究所博士研究員、ロチェスター大学医学部准教授、シカゴ大学生物化学科教授を経て現職。タンパク質の新規機能の創生と抗体創薬における世界的リーダー。コロナ禍中で感染者とワクチン接種者の抗体解析も展開中。

讃井 まず、小出先生がどのような研究をされているのか、新型コロナウイルスとどのように関わっているのかから教えてください。

小出 私の研究テーマは、タンパク質がどのように機能するかを解明することです。この20年ぐらいは新しい機能を持ったタンパク質をデザインしてきました。最近は、その知識や技術を利用して、新しく作ったタンパク質分子による創薬に重点を置いています。

新型コロナウイルスについては、当初血清による抗体検査がありませんでしたので、検査手法の立ち上げから協力しています。私の研究室では、抗体あるいは抗体の標的をデザインして作ることを日常的にやっています。ですので、新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質を作るところから始めて、そのスパイクに血清中の抗体がどれぐらいくっつくかを調べています。じつは、実際に新型コロナウイルスに感染した人が回復したあとに作るスパイクに対する抗体の量は幅が非常に大きくて、たくさん持っている人もいれば、ほとんどない人もいます。

さらに、最近はワクチンを打った人が増えてきているので、接種後にどのように抗体ができてくるかを調べ始めています。ワクチンを打った人の抗体の量は、実際に感染した人の中で一番多いレベルと比べても50%ぐらい多くありました。既に論文で報告されていますが、改めて驚きました。

 

讃井 非常に優れたワクチンと言えるわけですね。そのようなワクチンがわずか1年で開発されたことをどのように評価されますか。

小出 たいへんすばらしい成果だと思います。「急造ワクチン」とメディアが報じ、不安になる方もいらっしゃるとは思いますが、設計・製造についても安全性評価についても、スキップすることなく従来のワクチンと同様の段階を踏んでいます。もちろん、たまたま奇跡が起こったわけでもありません。

では、なぜわずか1年で開発できたかというと、第一にあげられるのはこれまでの知識や技術の蓄積です。たくさんの研究者がさまざまな分野で地道に研究を続け、いくつものブレークスルーを成し遂げてきました。長い時間をかけて確立されてきたこうした知識と技術があったからこそ、短時間での開発が可能となったといえるでしょう。

もうひとつは産官学の協力体制です。「コロナを解決しなければ未来はない」というコンセンサスが早くから形成され、人とお金がふんだんに投入されました。

讃井 知識・技術の蓄積についてですが、具体的にどのようなものがあったのでしょうか。

小出 新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発過程を、順を追って説明しましょう。

ワクチンを作るためにまず最初にやらなければならないのは、ウイルスの設計図を知ることです。設計図は4種類の物質(塩基)でできていて、この塩基の配列(並び順)が遺伝情報(ゲノム)となります。新型コロナウイルスは、およそ3万の塩基でできているのですが、その配列はシーケンサーという機械を使って今や1日もかからずに決めることができます。今回のパンデミックでは、昨年の110日に配列が公表されました。

そして、3日後の113日には、この配列の中のどの部分を使ってワクチンを作るかが決まりました。スパイクがコード(暗号化)された部分を使おうとなったのです。これは、2002年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)、および2012年に発生したMERS(中東呼吸器症候群)についての研究で、スパイクを使ったワクチンの有効性がわかっていたからでした。

 

讃井 その後は、スパイクの塩基の配列通りにmRNAを作っていくという流れになるのでしょうか。

小出 はい。鋳型となるDNAを化学合成して、そこに原料と酵素を加えてmRNAを作ります。ただし、一筋縄ではいきません。じつは、このスパイクは、細胞の中に入り込む時に形を大きく変える機能を持っています。効果的なワクチンにするためには、変形前の形に安定的に保たれたスパイクを作らなければなりません。これについては、スパイクの塩基配列に少しだけデザインを加えるというアイデアが用いられました。やはりSARSやMERSのスパイクを10年以上研究したテキサス大学のチームが発見したアイデアです。

讃井 短期間で開発できたのは、何十年という分子生物学や構造生物学などの知識や技術の土台があったからなんですね。とすると、研究者の間では、半年ぐらいで臨床試験までもっていけるという確信があったのでしょうか? 小出 おそらくあったと思います。私も以前ライム病のワクチンを共同研究で作った経験があるのですが、ワクチンの候補を設計すること自体に不明瞭なステップはほとんどないんです。mRNAワクチンでも、製造の手法は確立しています。問題は、実際にワクチンを接種した時にどの程度の効果が出るかが、打ってみないとわからないことです。人の免疫系は非常に複雑なので、免疫系がワクチンにどう反応するかというのはどうしてもブラックボックスなんです。

ワクチン開発では、治験をやってみたら免疫反応が全然なかったという結果が出ることもあります。そうすると、また元に戻って設計するところからやり直しです。今回も、失敗したワクチン候補は既にいくつかあります。そのループを何回か繰り返してようやく完成するというのが、むしろ一般的です。ところが今回の新型コロナウイルスワクチンでは、1発のトライで決まりました。

 

讃井 超短期間でできたのは、やり直しのループがなかったのも大きかったわけですね。それは運が良かったからですか?

小出 お金をかけられたことが大きいと思います。そもそもワクチン開発には莫大なお金がかかるので、普通はもっとも有力な候補1つに絞って治験を行います。それでだめだったら、一からやり直すわけです。しかし、今回は米国政府を始めとする各国政府のバックアップもあり、お金は潤沢にありました。一方で急がなければならない状況でした。そこで、多様なワクチン候補の開発が並行して行われました。多くの会社での並行の開発だけでなく、同じ会社が3種類のワクチン候補を作って、同時に並行して第Ⅰ相試験(少数の健康成人に対して行う臨床試験。おもに安全性などを調べる。第17回参照)を行うケースさえありました。

 

讃井 お金で時間を買ったわけですね。

小出 お金で時間を買ったエピソードは他にもあります。たとえば、ファイザーのワクチンは、アメリカでは1人当たりの単価が19.5ドルです。これはワクチンとしては破格に高い値段なんです。また、ファイザーはマイナス70~80℃、モデルナはマイナス20℃で保管しなければなりません。通常なら、「値段を下げろ」とか「保管方法を改善しろ」と問題になり、開発•承認に手間取るところです。ところが今回は、「とにかく早く」が優先されました。

米国政府が資金提供して、ファイザーやモデルナが、FDA(食品医薬品局)の承認前にワクチンの大量生産を始めたということもありました。通常であれば、そんなリスクは冒せません。大量生産は当然承認後です。今回は、米国政府が大量の資金を投じたからできたのです。その結果、承認の3日後には接種が始まりました。

このような官民のパートナーシップに加えて、一般の人びとの協力も見逃せません。非常に多くの方がボランティアで治験に参加してくださったおかげで、第Ⅲ相試験(多数の人について、プラセボ=偽薬と比較して有効性・安全性を確認する。第17回参照)が異例のスピードで終了しました。 ただし、第Ⅲ相試験では、プラセボを打ったグループの感染者がある程度の数に達しないとワクチンの効果を計算できません。従来のワクチン開発では、感染者が少なくて第Ⅲ相試験に数年かかるのが当たり前でした。アメリカを始め各国における感染の爆発的広がりが、ワクチン開発を早めた面もあるのです。

讃井 ありがとうございました。ワクチンが1年で開発できた理由が、多面的に理解できました。そのワクチンの接種が日本でもいよいよ始まるわけですが、もしかすると最大の難所はこれからなのかもしれません。自分は打つのか、打たないのか――個々人が判断を迫られています。

小出 ワクチンについては、さまざまな考え方があるでしょう。

私はすでにワクチンを打ちました。なぜかというと、新型コロナウイルスに対する免疫をいち早くつけて、コロナ禍以前のような生活をしたい、また身の周りに感染を広げないようにしたいからです。 多くの研究者が携わってきた研究によって、危険を最小限に抑えつつ効果を最大限に上げるワクチンが開発されました。免疫を得るために、自然に感染してウイルスの遺伝子全部を体に入れるのと、ウイルスの遺伝子のごく一部(=ワクチン)を体に入れるのと、どちらが安全でしょうか。

また、重症化リスクが低い若年層でもかなりの確率で後遺症が出ることがわかってきている一方で、ワクチン反応で長期間残るものは今のところ報告されていません。どちらのリスクが低いでしょうか。

いずれについても、私は後者だと考えます。

*   *   *

 新型コロナワクチンについて、そのエキスパートとして臨床医の立場から紙谷先生(第36回第37回)、基礎研究者の立場から小出先生に解説していただきました。

お二人の話を伺い、現代科学の底力をまざまざと見せられた思いがしました。ワクチンの臨床応用までに数年以上かかるのが通常であることから、昨年後半にワクチンの有効性を示す治験データが続々と発表されても、なお自分自身、突貫工事で作られた急造ワクチンという印象があり、効果と安全性はどの程度なのかという疑念を払拭できませんでした(第17回参照)。しかし今回、専門家のお二人の説明で、突貫工事の急造ワクチンと呼ぶには大変失礼な、長年の科学的知見の積み重ねによって得られた必然の成果であることを思い知りました。

今月にも日本でワクチン接種が始まります。これは、上記のような専門家の先生方の努力だけでなく、臨床現場スタッフ、関連企業、各国政府がパンデミックに対する危機感を共有し、国境を超えて協力した成果だと思います。自分自身、その恩恵に与れることに感謝の念を禁じ得ません。

一方で、個人の恩恵だけでなく、日本社会全体としてのワクチンの恩恵という視点からは、もう少し考えてみる必要がありそうです。

社会としての新型コロナワクチン接種の目的、すなわちなぜできるだけ多くの人がワクチンを接種すべきなのかは、広く共有されているでしょうか。社会としてのワクチン普及の目的は、感染蔓延防止、重症化・死亡減少、病床逼迫の低減、通常診療の回復、社会・経済活動の正常化、などになるでしょう。これらの目的が社会として十分に理解され、その目的に叶うよう接種が進んでほしいと思います。
(1月31日対談、2月14日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、小出教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第39回は222日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

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■讃井教授の取材報道・記事等はこちら(ときどき更新されます)

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。