わずか1か月足らずで、状況は一変しました。埼玉県でも新型コロナウイルス感染症の新規陽性者数が連日過去最高を記録しています。
では、医療現場の現状はどうなっているのでしょうか? 今回は、第6波における医療現場の状況(とくに記述がない場合は、埼玉県の1月20日時点での状況)と問題点をお伝えしようと思います。 もっとも特徴的なのは、爆発的に新規感染者が増えている中で、重症患者が少ないことです。埼玉県全体で重症患者は7人。ECMO(体外式膜型人工肺 第3回参照)にのっているのは1人で、第5波で当院(自治医科大学附属さいたま医療センター)に入院して治療を続けている患者です。したがって、第6波の重症患者は6人ということになります。
6人の内、人工呼吸器を使用している患者が3人。残り3人は集中治療室で高流量鼻カニュラ(ネーザルハイフロー 第66回参照)で酸素療法を行なっている患者で、重症の中では比較的軽い症状といえます。いずれにせよ、重症患者数は第5波の最大数の2 – 3%程度に抑えられているのです。
このように重症化を抑えられているのには、いくつか理由が考えられます。第一に、ワクチンの普及が進んだこと。ワクチンを2回接種していても感染するケースが多発していますが、重症化はかなり防げているというのが医療現場の実感です。第二に、早期の薬物治療。オミクロンに対しては中和抗体薬ソトロビマブや、抗ウイルス薬であるモルヌピラビルが効果を上げています。
さらに、オミクロンが第5波のデルタに比べて重症化しにくいことも要因のひとつでしょう。デルタでは、ウイルス自体が肺に直接感染して炎症を作り、その炎症が悪化することで呼吸機能が低下して重症化しました。一方、オミクロンは、鼻から喉までの上気道に感染し増殖する傾向があるため、肺炎にまでいたりにくく、重症化しにくいと考えられます。
実際、現在の重症患者のほとんどは、新型コロナウイルスによる肺炎ではなく、もともとあった基礎疾患が感染によって増悪し、重症化した方です。心機能や腎機能が低下しているため体内に水がたまりやすい心不全患者や透析患者が、オミクロン感染をきっかけに肺に水がたまってしまい、人工呼吸器が必要になるといったようにです。
もちろん、“重症患者は遅れて増える“ので、油断はできません。一定割合で重症患者は出ますので、新規感染者がこのまま増え続けて母集団が大きくなれば、重症患者も確実に増えるでしょう。とはいえ、世界的に見てもオミクロンの重症化率は低いようです。たとえば、オミクロンで過去最大の流行となったニューヨーク。マウント・サイナイ病院(病床数1134)の野本功一先生(第7回参照)に伺ったところ、第1波では1日あたりの人工呼吸器の最大稼働数が約160台にものぼったのに対し、オミクロンでのICU患者数はピーク時で30人超だということです。
以上のように重症病床という側面から見れば医療体制はまだ余裕があるはずなのですが、現実にはすでに逼迫しています。じつは、新型コロナ以外の一般の入院患者診療が非常に大きな影響を受けているのです。
それが顕著に現れているのが、一般救急の受け入れ機能の低下です。受け入れ先の病院がなかなか見つからない救急搬送困難事案(救急隊による「医療機関への受入れ照会回数4回以上」かつ「現場滞在時間30分以上」)が、埼玉県では1月10~16日の1週間で727件もありました。これは、第3波の最多473件、第5波の最多466件を上回る過去最悪の数字です。
東京では、心筋梗塞の80歳代の女性が10か所の病院に断られた後、ようやく見つかった搬送先の病院で入院直後に亡くなるといういたましい事案も発生しました。県内の病院からは、「救急医療が近年まれにみる危険な状態。明らかに第5波より酷く、このままではコロナより多くの犠牲者が出る可能性がある」という悲痛な声があがっています。
新型コロナ以外の一般救急の受け入れに支障が出ているのは、急性期病院の一般病床が満床、もしくはそれに近い状態になっているからです。では、なぜそのような事態になっているのでしょうか。
ひとつは季節性の要因です。通常でも寒さが厳しい1月中旬は、脳梗塞や脳卒中、心筋梗塞といった心血管系の疾患や呼吸器感染症(肺炎)の増加などにより、年間を通してもっとも救急車の出動回数が多い時期なのです。
また、一般診療の病床数の減少も響いています。第5波では確保病床の不足が問題となりました。その反省から一般病床を新型コロナ用病床に切り替える形でさらなる病床の確保が進み、結果として一般病床の数が減ってしまったのです。
マンパワーの低下もあります。各病院が新型コロナ診療のために看護師を確保するとなると、一般病床の看護師を当てて対応する必要があります。加えて、医療従事者自身が感染したり濃厚接触者になって、出勤できないケースも増えています。さらに、小児の感染拡大が追い打ちをかけています。オミクロンでは小児への感染も拡大しており、幼稚園・保育園・小学校で閉鎖するところもでてきています。すると、小さな子どもがいる医療従事者は休まざるを得なくなります。実際、当院でも看護師の出勤停止が増加したため、今週から一般病床の8%程度を減らし、予定手術の制限を始めざるを得なくなりました。
以上のような理由で起こっている一般病床の逼迫は、救急医療だけでなく、予定入院や予定手術の延期といった悪影響を通常医療に対しても与えてしまいます。
では、この苦境を乗り切るためには何が必要なのでしょうか?
病院がやらなければならないのは、病床の柔軟な運用です。一般病床を取り崩して新型コロナ用に切り替えた病床の中には、行政からの受け入れ要請に備えて空いたままになっているものもあるようです。実際にはゾーニングの問題をクリアしなければなりませんが、使っていない病院があるのならば、できるだけフレキシブルに空いている確保病床を新型コロナ以外の患者に使ってほしいと思います。とくに重症病床は、新型コロナの重症患者が少ない今、有効活用すべきですし、現に当院では新型コロナ以外の患者にどんどん使うようにしています。
この病床の柔軟な運用に関しては、救急搬送困難事案が過去最多となったことを受けて、「新型コロナ用確保病床に新型コロナ以外の救急患者を受け入れることは可能である」という内容の通知が1月20日に厚労省から出されました。しかし、第5波の時に「受け入れ病床が少ない」と大きな批判を受けたことで及び腰になっている病院もあるでしょう。国や都道府県にはより強いリーダーシップを発揮していただきたいと思います。 ただ、どれだけ柔軟な運用をしても、新型コロナ用病床と一般病床を足した全病床数が増えるわけではありません。このままオミクロン感染者が増え続ければ、その数の暴力によって遅かれ早かれ医療は崩壊します。ですから、もっとも大事なのは、とにかく新型コロナ患者を減らすことです。
先行する諸外国を見ると、オミクロンは収束も急激です。ワクチンのブースター接種を急ぐと同時に、みなさんには、この2年間続けてきて効果を上げた基本的な予防策(マスク、手洗い、三密回避)を今一度徹底していただくようお願いいたします。
(1月20日口述 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第78回は2月7日掲載予定です。