緊急事態宣言の解除から1か月が経ちました。その間も新型コロナウイルス感染症の新規陽性者数は減少を続け、医療現場も一息つける状況になりました。
10月28日時点で、埼玉県では、新型コロナ感染症で入院中の患者は68人。そのうち、軽症が24人、中等症が27人、重症が17人となっています。1日当たりの新規陽性者数は10人前後で、県調整本部で入院調整を行なっている件数は1日当たり1桁台に、重症化して重症病院への転院調整が必要となるのは週当たり1例程度にまで落ち着きました。 とはいえ、県内重症患者17人のうち6人の方がECMO(体外式膜型人工肺 第3回参照)を回しており、長く苦しい闘いを続けています。私が勤務している自治医科大学附属さいまた医療センターでも、現在3人の患者がECMOを回しています。いずれも30代から50代の現役世代で、3人ともすでに40日以上ECMOを回し続けており、もっとも長い方は60日を超えています。当院では第5波で9人の患者の治療にECMOを用いたのですが、その中には100日近くECMOを回した方もいました。ECMOが必要になるほど重症化してしまうと、回復できたとしても非常に時間がかかるのです。
ECMOが必要な患者の肺は、CT画像で見ると真っ白です。このような肺は、小さく固くなっていて、肺胞がすべて閉じてしまっている状態です。肺に空気を送り込もうとしても、空気がまったく入りません。健康な人の場合、1回の換気で肺には300~400㏄の空気が入ります。大きく吸いこめば、2~4L空気が入ります。ところが、真っ白になった肺には100㏄も入りません。20~30㏄しか入らないことさえあります。ですから、「空気と血液の間で酸素と二酸化炭素を交換する」という肺の機能をECMOに肩代わりさせ、その間に肺の回復を待つわけです。ECMOには、人工呼吸による肺傷害の進行を抑える目的もありますから、ECMOを離脱した後に人工呼吸で肺が痛み(=人工呼吸器誘発性肺傷害)、再びECMOが必要になることがないように、肺が十分に回復してから離脱を試みるのがセオリーなので、どうしても長期に及びます。 具体的には、ECMOを回しながら、肺が完全にしぼんだり、一部の肺に過剰な圧がかかって破れてしまう(=バロトラウマ 第66回参照)ことがないよう、一定の弱い圧をかけながら、夜間は鎮静を深くして患者をうつ伏せにするなどして、肺の回復を待ちます。しかし、炎症が強い場合には、その間にさらに肺が小さくなり、固くなってしまうこともあります。皮膚の傷が治る際、盛り上がって繊維のようになるのと同じで、固まってしまうのです。その後、固くなった肺が柔らかく戻ってきて、換気できるようになる人もいますが、比較的“戻りやすい“インフルエンザ肺炎と比べて、新型コロナによる肺炎では肺が固いまま戻らないことが多く、その点でも新型コロナは怖い感染症だと感じています。
さらに、ECMOを回している間に細菌や真菌(カビ)による感染症、腎不全や肝不全といった臓器不全、あるいは血栓症や出血など、さまざまな合併症が起こることが多く、簡単に回復しないというのが現実です(第66回参照)。これらの合併症が致命傷になることもあります。
実際、100日近くECMOを回した患者では、真っ白だった肺が少しずつ良くなり、300㏄ほど空気が入るところまで戻ったのですが、腎臓・肝臓が悪くなってしまい亡くなってしまいました。あるいは、出血や感染症が制御できずに亡くなる患者もいました。ECMOからは30日ぐらいで離脱できたものの、真菌感染症によって肺の組織が破壊され、肺の中に空洞ができてしまったため、空洞を潰す手術を検討しなければならない患者もいます。 以上のように、新型コロナ感染症で重症化してしまうと治療は簡単ではなく、患者も長期にわたる闘いを強いられます。ただし、当院において第5波でECMOを回した患者は、すべてワクチン未接種者でした。ECMOまで行かず人工呼吸器を気管挿管した重症患者についても、ワクチン接種者は1人だけで、その方も接種はまだ1回だということでした。当院の第5波重症患者に、ワクチンを2回接種した方は1人もいなかったのです。ワクチンの重症化予防効果は如実に現れていると強く感じました。
では、第6波はどうなるのでしょうか?
重症化に関していえば、ワクチン接種が進んだこと、抗体カクテル療法など重症化を防ぐ治療法が出てきたことなどから、楽観的な見方も出ています。しかし、再び感染が蔓延して感染者数が増えれば、重症化する人、さまざまな治療が効かない人が一定数は発生します。とくにワクチン未接種の方が一定割合いることには注意が必要でしょう。現在、2回接種を完了していない人の割合は、65歳以上では約10%ですが、50代では20%、40代では30%、30代では40%となっています。 皆さんには、楽観的にならずマスク着用などいままでどおりの感染予防策を続けていただきたいと思います。同時に、われわれ医療従事者や行政は、第5波の反省を踏まえ、病床確保などの準備を進める必要があります。実際、埼玉県でも、第5波のピーク時よりさらに病床を増やすよう調整をしています。自宅や救急車内で亡くなったり、重症ベッドが一杯でやむなく中等症ベッドで人工呼吸を行うといったことが2度とあってはならない――それが現場の共通の思いです。
(10月28 口述 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第71回は11月15日掲載予定です。