第5波の新規陽性者数が劇的に減少しています。これは、多くの方々が進んでワクチンを接種し、また感染対策を徹底してくださった結果だと思います。一医療従事者として感謝申し上げます。
しかし、医療逼迫は続いています。私が日常的に接している医師の仲間も、看護師も、埼玉県の調整本部の皆さんも、まだまだ精神的な余裕はなく、殺気立っています。余裕がない一因には、お互いにやっていることがあまり見えないことがあるのではないか。そう私は感じています。
たとえば、現在も多くの方が入院待機されていますが、われわれ入院診療専門の立場からすると、新型コロナの訪問診療がどうなっているのか細部までは見えません。今回は、埼玉県でコロナ禍前から訪問診療に携わっていらっしゃる医療法人誠光会ひかりクリニックの星野眞二郎院長にお話を伺います。
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医療法人誠光会ひかりクリニック院長。1992年、山形大学医学部を卒業後、高齢者医療を志し、東京大学医学部附属病院老年病科に入局し、文部教官助手に。その後、海外医療を学びに中国大連市中心医院日本人医療相談室に勤務し、海外邦人の全人的医療に従事。帰国後、沖縄の総合病院の急性期/慢性期/リハビリ病棟で得た知識と経験を活かし、2017年から、ひかりクリニック院長として訪問診療の世界へ。
讃井 ひかりクリニックはコロナ以前から訪問診療をされていますが、何人ぐらいの患者さんを診ているのですか?
星野 約1800人です。主に介護などの施設に入居されている方を定期的に訪問して診ており、何かあれば24時間365日、当直の医師でカバーする体制をとっています。この通常の訪問診療のスキームは、パンデミックが始まってからも大きくは変わっていません。 讃井 新型コロナ感染症にはどのように対応されてきたのですか?
星野 まず、施設内でコロナ感染が疑われるような発熱者が出たときに、訪問でPCR検査ができるような体制を整えました。昨年の12月には、PCR検査の専門部隊も作りました。24時間動ける看護師に検体の採取から検査会社に届けるところまでをやってもらっています。施設内で陽性者が1人出ますと、多くの入居者・職員が濃厚接種者になるため、最大で1日200件の検査をしたこともあります。
PCR検査を早く行えば、その後の対応も早くできます。また、状態が悪くなって入院が必要になった場合にも、PCR検査が済んでいると受け入れ先の病院の対応もスムーズです。
讃井 訪問先で感染者が出た場合、その患者さんの診療はどのようにしているのですか?
星野 PCR検査で陽性になった方については、訪問診療をオンライン診療に切り替えて、基本的にはオンラインで診ています。その診療の中で新型コロナによる肺炎が疑われる方、つまり状態の悪い方には紹介状を書き、県の調整本部に依頼して入院できる病院を探していただくという流れになっています。第5波では、施設の入居者・職員の皆さんのワクチン接種が進んだため、新型コロナに感染して入院が必要になる方は非常に少ないのですが、0ではありません。最近は、そういった方がなかなか入院できないというのが現状です。
讃井 一方で、ひかりクリニックは、県の委託事業でホテル療養している新型コロナ感染者の診察もされています。
星野 当院は訪問診療のスキームが整っていましたので、それを活かす形で協力させていただいています。宿泊療養施設については、24時間オンコールでオンライン診療をし、看護師を24時間常駐させているのですが、そういったことが可能なクリニックは限られているのではないかと思います。当院は今年の2月から始めて、現在埼玉県内の4つのホテルを担当しています。患者さんの数は、1つのホテルで50~70人、合計200~250人です。 讃井 宿泊療養の患者さんの診療は、どれぐらいの頻度で行うのですか?
星野 基本的に入所時と退所時の2回、オンライン診療を行います。ただし、10日間隔離後の退所時はカルテによる診断でも良いとされているので、オンライン診療をしないケースもあります。入所後は毎日診療するわけではなく、体調が悪くなった場合にオンラインでフォローします。
讃井 どれぐらいの割合の方が体調が悪くなるのですか?
星野 1つのホテルの50~70人の内、第5波では平均すると1日あたり20人ぐらいの患者さんをオンライン診療しています。その中で、話をしているときにちょっと呼吸が苦しそうだなという方、実際にSpO2(酸素飽和度)が94~95という患者さんが2人ぐらいいる印象です。その後の経過で良くなる方もいれば、悪くなって入院が必要になる方もいます。とくに8月半ば以降は、SpO2が下がって入院適応となる方が増えている印象があります。しかし、入院できる病院がなく、宿泊療養を継続せざるを得ないケースが増えました。今も入院待機者が1ホテルにつき2~3人常にいる状況です。また、入所時の初回診察の際にSpO2が70%ですぐに救急車を呼ばなければならないケースも何回かありました。 讃井 宿泊療養に携わられているからこそ感じる難しさ、課題などがあればお教えください。
星野 現在も手探りの中で進めており、さまざまな問題に直面しています。1つは、マンパワーの確保の問題です。当院では、非常勤の医師も含めて従来の訪問診療を行いながら、それにプラスして新型コロナの宿泊療養の診療も行っています。ただ、そのように負荷がかかったままでは持続できませんので、早い時期から医師、看護師、さらに事務職員にいたるまで積極的に採用を増やして対応しています。とはいえ、感染には波があります。たとえば、PCR検査についても、毎日50件と決まっていればスタッフ数の計算も立つのですが、実際には0件の日もあれば200件の日もあります。
讃井 採用を増やし過ぎると、感染の波がおさまった時にマンパワーが余ってしまうわけですね。そうすると病院経営上は厳しい。
星野 はい。ですから、宿泊療養・自宅療養や施設への訪問診療に対応している医療機関にはもう少し診療報酬などでバックアップを受けられるようにしていただければありがたいと思います。
讃井 大阪などでは宿泊療養施設で重症化を防ぐ抗体カクテル療法を実施し始めましたが、そういった治療を行うためにも、バックアップは必要ですね。
星野 同時に、制度面で、宿泊療養などにおける診療範囲の拡充、オンライン診療での診療範囲の拡充もお願いしたい点です。
当初は、ホテルに酸素濃縮器や酸素ボンベを設置することが困難でした。というのも、医師が常駐しない宿泊療養施設での医療行為となってしまうからで(オンライン診療後の酸素投与は可能)、酸素投与が必要な場合は入院するのが原則だからです。しかし、現実に宿泊療養中に呼吸状態が悪化して酸素投与が必要になる患者さんはいますし、第5波ではそういった患者さんが入院できないケースが多発しています。そのため、現在は酸素濃縮器や酸素ボンベをある程度ホテルに設置できるようになったのですが、まだまだ入院先の確保が難しい現状では、宿泊療養施設にもっと潤沢に酸素を用意していただきたいと思います。 オンライン診療についても、それが対面診療の補完的位置づけであるため、医療行為(指示)が限定されています。現在は時限的措置で緩和されていますが、従来は主治医が3か月以上患者を診ないとオンライン診療はできないものとされていて、初診の方をオンラインで診ることはできませんでした。また、オンライン診療では、点滴の指示を出せませんし、処方内容も限定されています。安全性を考えれば、対面診療を基本とするのはわかりますが、もう少しオンライン診療でも柔軟な対応ができるようになると助かります。
讃井 同感です。私も県下のtele-ICU(遠隔集中治療支援システム 第4回参照)の整備を進めているのですが、新型コロナ感染症対策としてはもちろん、コロナ後の医療体制を再構築するためにも、オンライン診療を拡充することは鍵だと思います。
星野 自宅療養している方の診療も、オンライン診療を有効活用すべきではないでしょうか。自宅療養中の方の診察は当院にとっても今後の課題なのですが、現実的に医師が一軒一軒訪問することはおそらくできません。そこで検討しているのは、看護師が訪問し、安否確認、状態確認、あるいは医師の指示による治療介入を行い、医師は必要に応じてオンライン診療や往診を行うというスキームです。こうした実現可能な方法によって、自宅療養されている新型コロナ感染患者の方に安心感を与えられればと思っています。
讃井 ありがとうございました。これまで詳しく知らなかった訪問診療の現状、課題が具体的に見えました。星野先生がおっしゃるように、コロナ訪問診療に協力できるクリニックは限られている。裏を返せば、多くのクリニックはマンパワーや経営的な問題から、協力したくてもできないのが現実なのでしょう。図らずも、日本の医療提供構造の一面を見た気がしました。
一方、医療機関に辿り着けずに命を亡くす方が後を絶たない、この第5波の現実を重く受け止めなければなりません。新規感染者数が減少傾向にある今だからこそ、次の大きな波に向けて、平時と有事でモードをスイッチできるような医療提供体制を構築すべきではないでしょうか。
(8月31日対談 9月10日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、星野先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第66回は9月20日掲載予定です。