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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第57回 子供の新型コロナウイルス感染症

2021年07月05日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

変異ウイルスが子供への感染を拡げている!? 子供の感染リスクの報道が増えてきているが、正しい情報をもとに正しく恐れる必要があるのではないだろうか。国内小児新型コロナウイルス患者の調査にあたっている勝田友博聖マリアンナ医科大准教授に讃井教授が訊く。

「子供は新型コロナウイルス感染症に感染しにくい」、「変異ウイルスによって子供もリスクが高まっている」、「感染しても大半は無症状」、「子供にワクチン接種は必要ないのでは?」など、小児の新型コロナ感染症についてさまざまな情報が飛び交っています。

小児とは:新生児から青年まで、一般的に20歳ぐらいまでが小児科の対象とされる。FDA(アメリカ食品医薬品局)では、22歳未満を小児と定義している。

いったいどの情報が正しいのか、不安に思っている方も多いのではないでしょうか。本連載では、これまでも正しい情報をもとに正しく恐れましょうと繰り返してきました。そこで、小児の新型コロナ感染症について現在までにわかっている科学的・客観的知見を、聖マリアンナ医科大学小児科学教室の勝田友博准教授に2回にわたって教えていただきます。

勝田友博(かつた・ともひろ)

日本小児科学会専門医指導医・日本感染症学会専門医指導医・日本小児感染症学会暫定指導医。2001年聖マリアンナ医科大学卒。日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会が行っている国内小児新型コロナウイルス感染症患者のレジストリ調査の実務を担当している。

讃井 まず、現在までどれぐらいの小児が新型コロナに感染したのかからお話しください。

勝田 厚労省が発表しているデータ(61618時時点速報値)によれば、現在までに約83千人の小児(20歳未満)の陽性者が国内で報告されています。その内、10歳未満が約26千人、10代はその倍以上で約57千人。全体に占める割合は、10歳未満が3.4%、10代が7.5%で、合わせて10.9%となっています。

 昨年4月のデータでは、20歳未満が全体に占める割合は3.9%でしたので、じわじわ増えているというのが国内のトレンドだといえます。同じトレンドは米国を含む海外でも認めておりまして、各国で10%を超えてきています。 讃井 今、「感染力が強い」とされる変異ウイルスにどんどん置き換わっている状況ですが、小児に対する感染力の強さ、あるいは小児の感染数の増加は認められるのでしょうか。

勝田 全体に占める小児の割合、あるいは小児の感染者の絶対数がじわじわ右肩上がりなのは間違いありません。ただし、イギリスのデータを見てみると、アルファ株(イギリス型変異ウイルス)が大流行した昨年末から今年の年初にかけて、子供の患者数は増えてはいるのですが、増加率としてはじつは成人のほうが断然高いんです。実際、日本国内でも、小児の感染者数の増加率を毎月ごとに並べてみると、たしかに右肩上がりではありますが、変異ウイルスが国内で出始めた1月から一気に増加したわけではありません。ですから、子供だけがかかりやすくなって感染者が増えたのではなく、子供にうつす大人の数が増えた結果、子供もそれにひっぱられて増えたというのが現状だと私は認識しています。

讃井 そのように感染者数がじわじわと増えている一方で、子供は感染しても無症状の場合が多い、あるいは発症しても症状が軽いと言われています。実際のところはどうなのですか。

勝田 私は昨年4月から50例以上の小児の患者を診ているのですが、点滴すらしない軽症例がほとんどです。もちろん当院にいらっしゃる患者の背景も影響はしていて一概には言えないと思いますが、それにしても症状が軽い。おそらく無症状の感染者もかなりいるのではないかと想像しています。実際、日本小児科学会のレジストリ(データベース)調査においても小児患者の約半数が無症状でした。

厚生労働省ホームページより

讃井 ということは、軽い風邪みたいな症状?

勝田 はい。現在、RSウイルス感染症(風邪のひとつ)が日本中で流行ってますけれども、RSの患者のほうが発熱も気道症状も強く出ています。当院では昨年来、入院時に網羅的なPCR検査を行っていますが、気管支炎症状や呼吸障害があって入院する子供で、新型コロナ患者との接触歴がないまま予想外に新型コロナが陽性になった例は、じつは1例も経験していません。

讃井 重症化する率も低いのでしょうか?

勝田 幸いなことに、国内では20歳未満の死亡症例は1例も報告されていません。さらに、小児科学会のレジストリ(データベース)調査でもICU管理を要した重症患者は5例のみであることからも、重症化率は非常に低いと認識しています。

讃井 米国では、新型コロナに感染した小児がMIS-C(小児多系統炎症性症候群。発熱、皮疹、結膜充血、心筋障害、腎障害など全身に強い炎症を起こす病態)を発症する例が増えていると報告されていますが、日本ではどうなのですか?

勝田 現在までのところ、国内では9歳男児、10歳女児、16歳男児の3が医学雑誌に症例報告されていますが、私が知る限り国内ではそれ以外にも複数のMIS-C患者が発生しています。新型コロナにかかった直後ではなく、1か月後くらいに発症するのが特徴的で、川崎病と同じような症状に加えて消化器症状や心不全兆候を伴って発症してきます。川崎病との違いの一つは好発年齢です。具体的には川崎病は2-3歳前後での発症が多いのに対して、MIS-C9-10歳前後にピークを認めています。 讃井 その3人の子供は基礎疾患があったのですか?

勝田 いえ。リスクが無いはずなのに急に全身状態が悪くなったそうです。ただし、治療介入の結果、みなさん回復されています   注意しなければいけないのは、「小児の重症=MIS-C」という報道が先行して、そのイメージを持ちがちになってしまうことです。じつは米国でも新型コロナ感染症による小児の死亡者の中でMIS-Cが占める割合はおよそ10%で、残りの90%は呼吸障害等、他の理由によるものだと言われています。重症化する子供の多くは、もともと肥満や喘息などの基礎疾患を有していることが多いとされています。

讃井 小児の重症化率が低い理由としては、何が考えられるのでしょうか?

勝田 まだはっきりとわかっていないのですが、もっともよく言われている仮説は、『“ACE2レセプター(受容体)の発現度が成人より小児のほうが明らかに低いから』というものです。新型コロナウイルスは、スパイクタンパク質が細胞膜のACE2レセプターと結合することで細胞の中に取り込まれます。小児はACE2が少ないので、「ウイルス自体が細胞内に取り込まれにくい=感染しにくいのではないか」と考えられるのです。そのほかにも新型コロナウイルス感染症の重症化には、免疫の過剰な反応(サイトカインの放出)が影響するとされていますが、小児はそのような免疫応答が弱いことが軽症化に影響しているのでは、との意見もあります。いずれにしても、ひとつの理由だけで小児の重症化率の低さを説明するのは難しく、さまざまな因子が複合的に関与しているのではないか、と私は思っています。

讃井 海外、とくに欧米と比べて日本の小児の重症化率は低いのですか?

勝田 現時点では低いです。米国では20歳未満で330人以上が亡くなっていますが、日本は0です。そもそも米国の小児感染者数は日本の50倍以上ですが、計算すると13000人に1人の割合で小児が亡くなっていて、それを単純に日本にあてはめると既に45人が亡くなってもおかしくありません。

 どうしてこれだけの差が生じているのかもわかっていないのですが、ひとつには、「同じ重症度の母集団を比べられていない」というのがあるのではないかと思います。日本の疫学調査ではクラスターチェックによって軽症・無症状の小児も基本的に把握され、それが母集団に入っています。一方で、米国では診断されていない小児がおそらくもっといるのではないか。ただ、いずれにしても日本でも母集団が増えれば、今後も死亡症例0のままでいられないかもしれません。その可能性も十分あると認識しています。

讃井 この1年半、私は集中治療室でおもに新型コロナ感染症の重症患者の診療にあたってきて、その怖さを肌で感じています。勝田先生のお話を伺うと、まったく別の病気のような印象です。客観的に見て、小児と成人は分けて考えるべきなのだということがよくわかりました。それからすると、最近の報道は子供の感染リスクを実態よりも大きく扱っているような気がします。

勝田 1年以上コロナが続いてきたため、成人においてはたとえば企業で今アウトブレイクが起きてももはやあまり話題になりませんが、小児の場合は学校や幼稚園・保育園でクラスターが起こると、珍しいが故に大きく報道されるという面があるかもしれません。朝から夜までそのニュースが流れれば、テレビを見ている側は、「なんか子供のコロナのニュースが増えているな」という印象を持つのではないでしょうか。結果、「学校や幼稚園・保育園に行かせて大丈夫かな?」と不安になるのは当然だと思います。

 しかし、小児科学会で子供の感染場所を調べたところ、およそ7割は家庭内感染で、学校や幼稚園はそれぞれ約6でした。とくに小中学校においては、家庭内感染で両親や祖父母からの感染が多数を占めており、これは第4波以降も変化ありません。

新型コロナウイルス感染症 日本国内における小児症例『先行感染者(報告数(人))』(2021年7月5日現在)日本小児科学会レジストリより(https://www.coreregistry.jp/CoreRegistry_COVID19_CRF_Dashboard/Home/DashBoardviewer
※データ収集は日本小児科学会会員が任意で行ったものであり、即時的な全数報告ではありません。また、10代後半の報告は少ないことも留意ください。

 また、一口に小児と言っても、10歳未満と10代では感染状況が大きく異なります。じわじわ増えていると最初に言いましたが、10歳未満は昨年4月から2倍ぐらいしか増えておらず、一方で10代は3倍以上増えています。さらに、10代の中でもとくに高校生以上になると、行動範囲や人間関係が非常に広がっていくので、感染の背景が成人に似てきます。実際に小児科学会で調べたデータによると、20歳未満全体だと「誰に移されたかわからない」という割合が1割しかないのですが、16歳以上で区切ると「わからない」が4割に達します。ですから、幼稚園・小学校と高校・大学を同列には論じられないんです。

讃井 幼稚園や小学校のクラスターが耳目を集めていますが、子供の感染のほとんどは家庭内感染であるということをぜひ知っていただきたいですね。つまり、大人が家庭に新型コロナウイルスを持ち込まなければ、子供の感染はかなり防げる

勝田 おっしゃる通りです。おそらく多くの方は、インフルエンザのイメージ――インフルエンザが小学校などで流行って、それを子供が学校から家に持ち込んで家族に感染を拡げるというイメージが強いと思います。しかし、新型コロナウイルスの場合、「子供からはうつりにくい」ことが疫学的にわかっています。「学校から子供が新型コロナを持ってくる」というのはもちろん0ではありませんが、それは主流ではなく、大人が子供にうつすほうが断然メインの感染ルートです。この点は、他のインフルエンザなどと明確に違うと言えます。

 そうであれば、子供が感染しないためにもっとも重要なのは大人が感染しないことです。現時点では12歳未満はワクチンを打てませんので、大人ができる感染予防策や予防行動をとっていただきたい。そのうちのひとつとして、ワクチン接種という選択肢も選んでいただければと思います。小児科医の立場から大人の方々にぜひお願いいたします。

讃井 ありがとうございました。次回は、小児のワクチン接種についてお話を伺いたいと思います。
621日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、勝田准教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第58回は712日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。