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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第53回 民間救急が見た新型コロナ

2021年05月31日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

ピーク時の1か月の搬送件数300件超――民間救急は新型コロナウイルス感染症との戦いを縁の下で支えている。そのひとつ、東京の事業者「民間救急フィール」の齊藤代表がこの1年間で経験したこと、感じたこととは!? 讃井教授が訊く。

 ワクチン接種が軌道に乗り始めています。東京と大阪では自衛隊による大規模ワクチン接種センターがスタートしました。この自衛隊もそうですが、コロナ下の医療体制はさまざまな人や組織によって支えられています。国・地方自治体などの行政、保健所、検査機関。民間救急もその一つです。今回は民間救急フィールの齊藤学代表に話を伺います。

齊藤学(さいとう・まなぶ)

民間救急フィール代表。民間救急事業所にて経験を積み、平成227月に民間救急フィール開業。翌23年新宿営業所を開業。現在札幌営業所設立に向け申請中。令和22月、ダイヤモンドプリンセス号で新型コロナウイルス感染者が多数発生した際、東京都及び厚生労働省の要請に基づき救急車両2台を派遣。現在まで新型コロナウイルス感染者の搬送を行っている。令和元年5月から令和35月まで東京都商工会青年部連合会第25代会長。令和35月から東京都商工会青年部連合会相談役。その他、日野市商工会青年部副部長、立川法人会会員、日野市消防団員など。

讃井 まずは、民間救急とはどういうものかご説明ください。

齊藤 民間救急とは、転院や入退院、通院などの搬送を行う民間事業者です。ただし、民間救急の規定の中に、「状態の安定されている方の搬送」ということが明記されていまして、緊急性の高い患者や傷病者については消防救急――いわゆるサイレンを鳴らせる公的な救急車の対応ということになります。東京の場合、病院間の転院搬送の約90%は民間救急が担っているというのが現状です。

讃井 ということは、ストレッチャーを使った搬送だけとは限らないのですね。

齊藤 ストレッチャーを使って酸素を投与しながら搬送することもありますし、車椅子の方や自分で歩ける方にご利用いただく場合もあります。ただ、いずれのケースでも、移動はそもそも患者の体に大きな負担がかかるものですので、細心の注意が必要です。搬送中に応急手当を除いて医療行為はできないと定められていますが、当社では介護士、救急救命士、看護師の資格を持つ者が、それぞれ専門性を生かして搬送にあたっています。

讃井 新型コロナ感染症患者の搬送には、いつ頃から携わっているのですか。

齊藤 ダイヤモンドプリンセス号の時からです。「かなりの数の患者が出ていて、搬送車両が不足している」ということで、東京都福祉保健局から当社に依頼がありました。その頃はまだまだ未知のウィルスだったので、「すぐに行きます」とは言えず、少し考えさせていただきました。しかし、国の一大事です。当社の4台の救急車のうち2台を感染症の指定車として横浜港に向かいました。 当時は新型コロナ感染症患者を受け入れる病院が少なくて、東京と神奈川の受け入れ病院はすぐにいっぱいになってしまい、山梨、群馬、茨城など関東圏の病院を毎日何往復もしました。それでも受け入れ先がなくなって、比較的軽症で長距離の移動にも耐えられるであろう感染患者を愛知県の病院まで搬送したこともありました。

讃井 スタッフの感染対策トレーニングなど、感染予防対策はどのようにされたのですか。

齊藤 私ども東京消防庁の認定業者は、新型インフルエンザの防護訓練というのを定期的に行ってきましたので、それを新型コロナにも生かすことができました。また、DMAT(ディーマット:災害派遣医療チーム)や自衛隊が横浜港に来ていましたので、その先生方・スタッフの皆さんと、ビニールシートの張り方をはじめ車内防護の工夫、感染者との接触を極力減らす方法などを日々検討しながら改善していきました。たとえば救急車内は、運転席と後部をビニールシートで隔て、エアコンの風量差で運転席側から後部へ空気を逃がし、後部の換気扇で空気を外へ出すようにしました。 このようにダイヤモンドプリンセス号の対応で防護体制が確立できたこと、気を緩めずに感染予防策(感染防護具の装着や消毒など)を徹底してきたことで、これまでひとりも感染者を出さずにこられました。

讃井 しかし、どれだけトレーニングや対策を行っても、感染患者との距離は近いですし、接する回数も多いわけです。怖くはなかったですか?

齊藤 もちろん最初は怖かったです。また、当初は公的な補助や保険がありませんでしたので、万が一感染したらどうなってしまうのだろうという不安も抱えていました。

讃井 民間救急へのサポートは薄かったのですか?

齊藤 そうですね。当初は金銭面でのサポートもなく、個々の事業者が東京都と交渉していたのですが、その後、消防庁が新型コロナの加算料金を設定してくださいました。しかし、業務中に感染した場合の公的保険や補償制度は現在もありません。ですので、当社のスタッフは民間のコロナ保険に入っています。

 救急車内のビニールシートについても、補助金が出ません。国交省はバスやタクシーの車内設備工事に対しては補助金を出しているのですが、民間救急や介護タクシーはなぜか除外されています。ぜひ見直していただきたいと思います。 ワクチンに関しては、民間救急は医療従事者の枠に入らないので当初は接種できなかったのですが、最前線で感染患者と接していることを理解していただき、東京都では4月末に医療従事者枠の対象とするという決定がなされました。私自身は数日前に1回目の接種を受けたところです。ただ、民間救急が医療従事者枠の対象になっていない地方がまだたくさんあるようなので、この点も見直していただければと思っています。

讃井 そのようにサポートが十分でない中、1年以上医療を支えてくださったことに一医療従事者として感謝したいです。ずっときつい戦いだったとは思いますが、もっとも大変だったのはいつ頃ですか。

齊藤 数字的に一番のピークは第3波です。当社だけで今年1月の搬送件数は317にも上りました。家族内や施設内のクラスターで1度に複数人を搬送する場合もあるので、人数でいうと500人近くになります。

讃井 それらは全て保健所から搬送先が決まった状態で依頼がくるのですか? 齊藤 はい。基本的には、入院調整が済んで搬送先が決まった状態での依頼となります。ところが、第4波が来て4月に入った頃からは、搬送先に運べない感染者が増えてきました。「軽症者で、ご自分で歩けます」という情報が保健所から来ていたのに、いざ迎えに行ってみると重症化しているんです。SPO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が75%まで下がっている方もいました。そのように重症化していて、かつ搬送先の病院が重症対応していない場合は、新たな受け入れ先を探さなければなりませんので、救急要請をします。その際、当社の救急車内にいったん乗っていただいてから消防庁の救急車による選定(搬送が可能な病院を見つけること)ができるまで、2時間ぐらいかかったケースもありました。

讃井 変異ウイルスに置き換わってから、重症化する人については発症から重症化までの時間が短くなっている――臨床現場の印象と同じですね。

齊藤 それ以外に最近の特徴としては、やはり若い方の搬送が非常に多くなっています

 そういった傾向は、私たちが毎日何人も搬送しているからわかってくるのですが、気をつけなければならないのは、搬送される方は初めてだということです。ですから、極力不安を取り除けるように接することを心掛けています。また、周りに知られたくない方も多いので、その点も気を配っています。救急車は目立ちますし、スタッフも防護衣を着ていますので、到着前に連絡をして、本当にご自宅の前でいいのか、軽症者の方ならご自宅から少し離れた場所で落ち合うのかというのを確認してから、お迎えに上がるようにしています。 讃井 この1年間、そうやって搬送を続けてこられていろいろ感じたと思いますが、今どんなメッセージを伝えたいですか?

齊藤 身近にコロナにかかった方がいないと、そのつらさ・大変さはなかなかわからないと思います。加えて、緊急事態宣言が何度も出されて慣れてきてしまい、「宣言なんか関係ない」と思われている方もいるでしょう。でも、このままずるずると緩んでしまっては、コロナは収束しません。もう少し我慢していただきたいと思います。搬送する感染患者のほぼ全ての方が、「まさか自分がコロナにかかるとは思わなかった」あるいは「どこで感染したかわからない」と言います。ちょっとした油断で感染するのがコロナです。他人事ではなく、いつかかかるかわからない――それをあらためてお伝えしたいです。

讃井 ありがとうございました。

   *   *   *

 齊藤さんはたんたんとお話をされていましたが、サポートの有無にかかわらず使命を果たそうという志の熱さが言葉の端々に感じられ、同じ医療関係者として胸を打たれました。しかし、病院にもあてはまるのですが、個人の志に依存するシステムはサステナブルではありません。無理が生じ、やがて破綻します。志ある人や組織にしわ寄せがいくことのないよう、この有事に臨機応変かつ迅速にサポート体制を整備する必要性を痛感しました。

 もうひとつ印象的だったのは、この1年間、ひとりの感染者も出さなかったことです。人数でいえば、民間救急の方々は医療従事者よりもはるかに多くの感染患者に接しています。それでも感染しなかったのは、防護策を工夫し、基本に忠実に感染予防策を続けてこられたからだと思います。おりしも525日の埼玉県専門家会議では、感染状況の指標となる数字が概ね改善傾向にあることが報告され(たとえば528日時点の実効再生産数は0.767)、「たとえ変異ウイルスであっても感染予防策をきちっと講ずれば戦えることの証左ではないか」という見方が示されました。

 9都道府県の緊急事態宣言、5県のまん延防止等重点措置について、620日までの延長が決まりました。その期間中はもちろん、解除後も、「他人事ではなく、いつかかかるかわからない」という意識で感染予防策(マスク、手洗い、密の回避)を続けていただきたいと思います。
520日対談、29日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、齊藤氏個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第54回は67日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。