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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第47回 緊迫する神戸、その臨床現場では

2021年04月19日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

まん延防止等重点措置の対象エリアが広げられているが、第4波の拡大は止まる気配がない。最も厳しい状況に置かれている関西で、重症患者の診療最前線に立つ瀬尾龍太郎先生に現状を訊く。

 日本全国で新型コロナウイルス感染症の第4波が拡大しています。その中でもとくに厳しいのが関西です。神戸市の市立医療センター中央市民病院で重症患者の診療にあたっている瀬尾龍太郎先生に現在の状況などを伺いました。

瀬尾龍太郎(せお・りゅうたろう)

内科医、集中治療医。北海道大学医学部卒。現在は、神戸市立医療センター中央市民病院において救命救急センター内ICU室長として勤務。レジデントノート増刊「集中治療の基本、まずはここから!」、INTENSIVIST 「特集:輸液・ボリューム管理」などの編集にも関わる。

讃井 神戸市の現在の状況から教えてください。

瀬尾 ひとことでいえば、これまでにない状況です。

 重症患者が急増して、4月上旬からは人工呼吸器の気管挿管を要する患者の収容場所がなかなか確保しにくくなり、中等症の病床で挿管患者を診るケースも出始めています。 讃井 入院できず、高齢者施設あるいは自宅にとどまるということも起こっているのでしょうか?

瀬尾 私は重症患者を診ているので直接対応しているわけではありませんが、これまで入院対応をしてきた中等症患者が自宅待機になるというケースが散見されると聞いています。

讃井 感染者が増え続ける中で、感染経路に何か特徴はあるのでしょうか。高齢者施設、あるいは学校や職場のクラスターが多いのですか?

瀬尾 そういったクラスターももちろんありますけれど、4波では、市中で知らない間にウイルスをもらって、それを家庭に持ち帰って感染を広げるというパターンが多い印象です。

讃井 それは変異株の影響なのでしょうか?

瀬尾 神戸市の感染拡大の要因が変異株によるものなのかどうかはまだ断定できないと思います。ただ、変異株の発生割合が上昇しているのは確かです。これは兵庫県のデータなのですが、新規陽性患者の一部に対して変異株検査をしたところ、2月(129日~228日)は5.6%だった変異株の割合がその後急上昇して、322日~328日では93.3%、329日~44日では72.3%に達しています。なお、現在までに判明しているところでは、兵庫県の変異株はおおよそイギリス型だということです。

讃井 変異株は若い人も感染・発症しやすいといわれています。実際の現場の印象はいかがですか?

瀬尾 私が診ている範囲でいえば、ICUに入る患者の年齢中央値はやや若年化してます。実際、40代、50代でICUに入り長期間呼吸管理が必要となる患者もいます。全体的に重症化する若年者が増える傾向にあるのか、それとも当神戸市立医療センター中央市民病院のICUに入った方が若いだけなのかはわかりませんが、非常に嫌な感じだなと危惧しています。
 讃井 「これまでにない状況」とのことですが、第1波以降、どのように対応されてきたのでしょうか?

瀬尾 最初に当院で重症患者を診たのは、昨年の37日になります。そこから現在まで、当院では主に中等症・重症患者様を診療しています。

 当院には救命救急センター内の救急ICUと手術室に併設する一般ICUがあるのですが、当初は同センター内の救急ICUで新型コロナ感染症の重症患者を診ていました。その後、昨年11月から専用病床が稼働し、主にそこで中等症・重症患者の診療にあたっています。この専用病床は敷地内に建設したプレハブの病棟で、ICU相当が14床、中等から重症の専門病床が22床、合わせて36床が運用されています。ただ、第4波で患者数が増えてきた現在は、本館に中等症病床を10床増やして、合計最大46床が受け入れ可能となっています。 讃井 かなりのボリュームですね。

瀬尾 それが可能になった大きな要因は、市内の病院間の連携がうまくとれたことにあると思います。

 当院では当初から新型コロナ感染症患者を積極的に受け入れていこうという方針がありました。当院は自治体病院ですので、緊急時にはインフラにならなければならないという使命があるからです。かつ、新型コロナ感染症患者が各病院に散在すると、おそらくさまざまなロスが生じるはずなので、セントラリゼーション(集中化)したほうがいいだろうという判断もありました。

 しかし、新型コロナ感染症患者をハイボリューム(大量)で受け入れると、そこに病床や医師・看護師など多くのリソースを投入しなければなりません。そのためには、もともとあった救命救急センターの機能や一般ICUの機能を絞る必要があります。そこで、一般の救急の受け入れに関して、当院が受けられなくなる分を市内にある2つの救命救急センター(兵庫県災害医療センターおよび神戸大学医学部附属病院)に受けてもらえるようお願いしました。この連携は昨年3月から始まりました。

讃井 私は以前から新型コロナ感染症の拡大期に限られたリソースを有効活用するためには、分散型より、専門の病院を作って機能を集中させるほうが合理的、効果的だと訴えてきました(39参照)。神戸市の役割分担は素晴らしい取り組みだと思います。

瀬尾 セントラリゼーションはリソースマネジメントの観点だけでなく、治療実績を向上させる効果もあると思います。 当院では、新型コロナ感染症のデータがまだ少なかった昨年3月の時点で、その時に存在したガイドラインやステートメントなどからプロトコール(治療計画書)・適応基準・手順書をさまざまな区分で作りました。今でもそれをブラッシュアップしながら診療にあたっています。そのため、どの医師が診ても同じような症状の患者には同じような診療をするという治療の均一化をはかることができています。つまり、昨日も今日も明日も治療の提供にムラがない。ハイボリュームセンターだからこそできる治療の均一化が、アウトカム(成果)を決定づける大きな因子なのではないかと考えています。

 また、セントラリゼーションでハイボリュームの患者を診れば、標準的な症状が見えてくるので、異常に早く気付くことができます。「これは普通じゃないぞ」というようにです。そして、対応能力が相対として上がっていく。こういった面もセントラリゼーションのメリットなのではないでしょうか。

讃井 質の高い医療を提供するためにも、集中化が必要ということですね。

瀬尾 ただ、第1波、第2波、第3波で私たちが学び、構築してきたそのような堤防を、第4波はゆうに越えようと襲い掛かってきています。「これが第3波の最大だったなあ」というところを軽々と越えてきている未曾有の状況がまさに現在です。しかし、今後さらに想像を絶する危機が待ち受けているのかもしれません。医療従事者は一丸となってそれに立ち向かっていかなければなりませんが、地域の皆さんが求めていることをできなくなるのではないかという恐怖心が、今ものすごくあります。 讃井 ありがとうございました。

*   *   *

 現在もっとも厳しい状況に置かれている関西圏の臨床現場で闘っている瀬尾先生のことばには、冷静な中にも鬼気迫るものがありました。しかし、決して浮き足立つことなく、ご自身、ご施設、地域としてベストを尽くす姿を垣間見ることができ、とても勉強になりました。

 我々医療者にとって、普段通りのベストな医療が提供できないことほど、悔いが残ることはありません。だからこそ有事には、地域における診療連携が重要になります。しかし、有事に地域連携が花を咲かすには、平時から施設間の信頼関係を築くという種を蒔いておかなければなりません。今回、地域における病院間タスクシフトのお話を伺い、稀有な実力、こころざし、お人柄をお持ちの瀬尾先生だからこそ可能な、繋ぐ役割を担う、地域のキーパーソンとしての姿が浮かんできました。

 また、出来上がった地域連携を長続きさせるためには、行政によるバックアップも重要です。瀬尾先生のような個人に負担が集中しない持続可能なシステムが不可欠だからです。何から手をつければよいでしょうか。神戸市のように、公的病院が重症患者診療の中心的な役割を果たせる地域とそうでない地域で事情は異なりますが、いずれにしても手持ちのハードウェア、マンパワーを活かすことが起点になるでしょう。

 有事には、行政に強制力を持たせて病床・人員確保を進めるべきだ、という声が大きくなりつつあります。実際、これは合理的だと思いますが、今すぐには実現しません。米国の淵田先生からは(44参照)、「自治体からの要請がなくても、病院が自ら多数の新型コロナ感染症患者を受け入れた」と伺いました。第4波に入ったとされる今、医療従事者、医療機関は自分たちの原点に立ち戻り、一人一人が社会の中で求められる役割を考え、実践すべきではないでしょうか。

 埼玉県にも蔓延防止等重点措置が適用されました。関西圏の感染拡大は他人事ではありません。ワクチンにもうすぐ手が届くという今こそ、皆さんにも、感染予防策の徹底をお願いしたいと思います。
412日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、瀬尾先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第48回は426日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。