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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第45回 イギリスの医療体制、検査体制

2021年04月05日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

緊急時用の医療体制への迅速なシフトなど、日本がイギリスに学ぶべき点とは? イギリスの新型コロナウイルス感染症対応について、レスター大学鈴木亨教授に訊く。

この年末年始、イギリスではイギリス型変異株によって感染爆発が起こりました。しかし、その後落ち着き、現在は他のヨーロッパ諸国と比べて低い水準に感染を抑えられています。イギリスではどのような対策が取られているのでしょうか。イギリスの循環器治療の中核病院であるレスター大学に6年前に着任され、当地の医療現場で闘っている鈴木亨先生にお話を伺いました。

鈴木亨(すずき・とおる)

英国レスター大学医学・生命科学研究科副研究科長、循環器内科教授、レスター ・ライフサイエンス・アクセラレーター (イノベーション研究所)所長。東京大学循環器内科での勤務を経て、2014年に渡英。レスター大学の循環器内科教授として大学ならびに英国の循環器疾患の拠点病院である附属グレンフィールド病院で、臨床と研究の両方に従事。

讃井 まずイギリスの感染状況から教えてください。

鈴木 今年1月初旬には、最大で1日に約68,000人の新規感染者が発生ましたが、今は10分の1以下にまで減っています。これは、ロックダウンの効果があったからだと推察されます。しかし、フランスやイタリアで感染者が増え、さらにエストニア、ハンガリーをはじめとする東欧で感染爆発が起こっており、それが今後波及してくるかもしれないので油断はできません。

GoogleよりGoogleよりReutersより

 年末年始の感染拡大には、変異株が大きな影響を与えたと考えられます。

イギリス型変異株には主に3つの特徴があります。第一に若い人も発症すること。第2波までの発症例では65歳以上の高齢者が多かったのですが、変異株による年末年始の感染拡大時には、30代、40代が増えた上、30代の方がお亡くなりになるというこれまで経験しなかったような事例が出ました。第二に伝播力が37割ほど増したこと。もうひとつは、重症化しやすく死亡率が高いことです。

このようにイギリス型変異株の特徴については国内の疫学研究によってある程度わかってきています。しかし、ブラジル型などその他の変異株についてはまだ十分にわかっていません。今一番警戒しているのは、それらの変異株です。

讃井 イギリス型、南アフリカ型に対しては、ワクチンが一定の効果があるというデータがでてきています。

鈴木 変異株へのワクチンの効果は検証の段階で、もう少し観察しないと確たることは言えないと思います。が、同時に変異株に対する新しいワクチンの研究も進んでおり、今後提供されていくでしょう。

イギリスでは、現在ファイザー社製とアストラゼネカ社製のワクチンの接種が主に行なわれています。接種は非常に効率的に進んでいて、3月中旬の段階で2500万人が1回目の接種を終えました。これは全人口6700万人の40%近く、成人人口の約半分にあたります。政府の目標では、7月までには全成人の接種を完了するとなっていますので、このまま順調にワクチンが行き渡り、それによって新規感染や重症化が実際に抑えられれば、収束の方向に向かうのではないかと期待しています。

Googleより

讃井 時間を巻き戻して、新型コロナ感染症がイギリスではどのように広がったのか、それに対してどういった対応が取られたのかについて伺いたいと思います。

鈴木 昨年1~2月頃は、イギリスでは、新型コロナ感染症は中国の病気、あるいはダイヤモンドプリンセス号の病気という見方をされていて、まさかヨーロッパにハイスピードで入ってくるとは考えられていませんでした。イギリスでは3月5日に最初の死亡例が出で、その後3月下旬にかけて感染者が急増していきました。その中で、ソーシャルディスタンシングやリモートワークが奨励され始め、3月20日には学校とレストランが閉鎖され、3月23日にロックダウンとなりました。このロックダウンは6月までおよそ3か月続きました。

ロックダウンと同時に、1週間から10日という短期間で、国内の医療体制が新型コロナ感染症用にシフトしました。新型コロナ感染症用の病床確保、ICUの増床、さらに、”ナイチンゲール病院”という名称の専用仮設病院が全国に設けられました。

イギリスでは、ナショナルヘルスサービス(NHS:国営で医療サービスを提供するシステム)という制度の下、病院の9割以上が公的病院です。きわめて短期間で医療体制をガラッと変えることができたのは、このようにほとんどの病院が国の管轄下にあり、トップダウンで組織を動かせるからでしょう。

讃井 病院数で約8割、病床数で約7割を民間病院が占める日本とは対照的です。新型コロナ感染症の医療体制構築がスピーディーとはいえない日本から見ると、うらやましく感じます。一方で、検査体制の構築についてはいかがでしたか? 鈴木 イギリスでは巨大なPCRセンターを各地に設け、昨年10月末時点で1日あたり約50万検体、現在では1日あたり約75万検体のPCR検査のキャパシティを確保しています。イギリスの人口は日本のおよそ半分ですから、日本でいえば1日あたり150万検体の検査能力ということになります。

讃井 日本では、自費の検査を除くと、現在も自己負担なしでPCR検査を受けられるのは基本的に医師が必要(発熱や咳などの症状がある、または濃厚接触者)と判断した場合に限られます。まだまだ敷居が高いと言わざるを得ません。イギリスでは検査は簡単に受けられるのですか?

鈴木 イギリスでは、新型コロナ感染症のゴールドスタンダード(現時点で最も効果が高い、精度が高いと評価された方法)であるPCR検査を市民が必要な時にいつでも受けられるようにと、検査体制が整備されました。医師や保健所が問診によって感染可能性を完全に否定できるわけではないので、疑わしい場合にはとにかく検査を受けてもらおうという方向性です。

申し込みは基本的にウェブで、症状の有無、症状のある人が近くにいるかどうか、など簡単な質問に答え、宅配便をリクエストすれば検体採取キットが届きます。それを送り返せば、だいたい24時間以内に検査結果が判明します。その他、車で行くドライブインセンター、徒歩で行けるウォークインセンターもあり、疑わしい人はすぐにPCR検査が受けられるようになっています。

さらに今年3月から、第3波に対するロックダウンの解除に向けて、迅速抗原検査キットも導入されました。症状のある人が受けるのはPCR検査ですが、無症状の人に対しても職場、学校、自宅で簡単にできる抗原検査キットを提供し、定期的な抗原検査を行なってもらうことにより、スクリーニングを徹底しようというわけです。

英国政府ホームページより

讃井 二重、三重の検査体制にものすごく投資しているのですね。

鈴木 検査に関しては、もうひとつ重要なポイントがあります。それはゲノム解析です。

イギリスでは、当初からPCR検査で陽性になった検体のおよそ1割についてゲノム解析を行なっていました。昨年9月の段階で、1300種類くらいの変異株がゲノム解析によりトラッキングされていました。たとえば、第2波が始まる時に、バカンスをスペインのマドリードで過ごした人がスペインにあった変異株を持ち帰ったことを、ゲノム解析で把握していたのです。

現在は陽性者の検体の約3割をゲノム解析しています。このように大がかりなゲノム解析を可能にしている背景には、イギリスがゲノム大国だということがあります。イギリスは、アメリカと共にヒトゲノムプロジェクトをリードし、ゲノム医療をリードしてきました。

讃井 非常時における医療体制・検査体制のスピーディーな整備、研究への投資など、日本が見習わなければならない点がたくさんあると痛感しました。一方で、感染者数だけを見ると、イギリスは日本よりもかなり多いのも事実です。欧米諸国に共通することかもしれませんが、自由・人権を大切にする個人主義的な国民性によって、個々人の行動抑制が浸透しないのが要因なのでしょうか? 象徴的なのはマスクで、欧米人はマスクをしないイメージがあります。実際のところどうなのですか?

鈴木 マスクについては、昨年の最初のロックダウンを解除するにあたって着用を奨励しようと、BMJ(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル)に論文を出しました。ただ、やはりイギリスにおいても、マスクに対して受け入れられない文化的な背景があり、人権侵害に近いものを感じる人もいるくらいで、外にいるときはほとんどマスクをしません。室内ではマスク着用がルールになっていますが、今後ワクチンが行き渡ると、そのルールも全面解除される可能性があり、私は心配しています。

新型コロナ感染症について確かに言えるのは、人と人が接触しなければ感染が広がらないということです。実際、人の流れを止めれば感染者は減ると、ロックダウンによって証明されていると思います。では逆にロックダウンを解除して人の流れを戻していく際にどうしたらよいかというと、ワクチンやマスクなどによる感染防止策を導入するのは必要と思います。 日本はワクチン接種が遅れていますが、マスクをしっかり使っていくことで、ワクチンとは異なる感染防止効果を得られる可能性があるのではないかと思っています。

讃井 ありがとうございました。次回も引き続き、イギリスにいらっしゃるからこそ見えてくる日本の医療の長所・短所について鈴木先生にお話ししていただきたいと思います。
(3月19日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、鈴木教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第46回は412日掲載予定です。

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。