今回もアメリカで新型コロナウイルスワクチンの臨床試験に携わっている紙谷聡先生にワクチンの「ホント」を伺います。前回(第36回)のテーマはワクチンの有効性でしたが、もう一方で皆さんが知りたいのは、そのリスクについてでしょう。
ワクチン接種後に生じた有害事象(ワクチンが原因ではないものも含めたあらゆる好ましくない症状)のうち、接種と因果関係があるものを副反応といいます。新型コロナワクチンでは、副反応はどの程度起こるのでしょうか。また、そのリスクをどう考えればいいのでしょうか。現在までにわかっている客観的なデータをもとに、ワクチンの安全性評価の専門家である紙谷先生に解説していただきます。
日本・米国小児科専門医。2008年富山大学医学部卒。現在、エモリー大学小児感染症科に所属し小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所主導のワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。『小児科医に学ぼう!ワクチン・予防接種のホントのところ』(https://vaccinetovaccination.com/)で情報を発信している。
讃井 日本で接種が予定されているワクチンについて、深刻な副反応はない、副反応の頻度も少ないという報告があります。一方で、たとえば「新しいワクチンは遺伝子に悪さをするのではないか」といった不安の声もあがっています。 紙谷 私が安全性評価に携わっているmRNAワクチンについて説明しますと、前回お話ししたように、mRNAワクチンは、新型コロナウイルスと同じトゲを作るための設計図(mRNA)を脂質の膜で包んで細胞の中に入れ、リボソームというタンパク製造工場に直接設計図を渡し、そこがトゲを作り出すという仕組みです。そのトゲで免疫をトレーニングすることで、実際に本物の新型コロナウイルスが来ても効率的に戦えるようになるわけです。
このmRNAは非常に不安定で、細胞内に入った後に数日以内に通常の処理システムによって解体されてしまいます。あえて脂質の膜で包むなどの工夫をしなければ、体の中ですぐになくなってしまうほどmRNAはか弱いんです。また、最も根本となる遺伝情報が記録されているDNAは細胞の中の核に格納されているのですが、mRNAはこの核の中には入ることができません。
讃井 つまり、mRNAは核の中には入れないので遺伝子を改変できないし、仕事を終えたらすぐに分解されてしまう。原理的に見れば、mRNAワクチンはかなり安全であろうと考えられるわけですね。
紙谷 実際、第Ⅲ相試験ではワクチンに関する深刻な副反応は認めませんでした。また、現在、全世界でおよそ1億人が接種していますが、現時点ではっきりわかっている深刻な副反応はどの薬やワクチンでも起こりうるアナフィラキシー(重度のアレルギー反応)のみです。
ただし、どのワクチンでも起こりうる注射を打った場所の痛み、あるいは発熱・頭痛・倦怠感といった一時的な副反応は、比較的高い頻度で出ています(たとえば、打った場所の痛みは6-8割程度)。それらの反応は2回目のほうが頻度が多いことがわかっていますが、ほとんどが軽度から中程度の反応で数日以内に良くなりますので、許容できる程度だと思います。
讃井 アナフィラキシーは、今、メディアでもっとも取り上げられている点ですね。
紙谷 アナフィラキシーの頻度について1月18日時点の最新データによると、ファイザー社製については100万人当たり5人程度、モデルナ社製については2.8人という発表がありました。インフルエンザワクチン(100万人あたり1.3人)に比べれば、やや頻度が高いといえます。
ただ、ここで知っておいていただきたいのは、ワクチンを含めたどんな医薬品でもアナフィラキシーは起こるということです。新型コロナのワクチンだけが特別なわけではありません。 讃井 しかも、たとえば抗生剤のアナフィラキシーに比べれば頻度は全然低いですね(ペニシリン系抗生剤は100万人あたり100人~500人)。
紙谷 はい。さらに、先ほど述べたファイザー社製で追跡調査ができた例で、全員の回復が確認されています。死亡例もありません。モデルナ社製も同様です。
リスクに応じて接種が終わったら15~30分間待機してもらって経過を観察し、もしアナフィラキシーが出た場合は医師が適切に対処する、またポリエチレングリコールなどのmRNAワクチンの成分やポリソルベートにアレルギーのある方は接種できないことを周知する――こういった体制をきちんと整えれば、死亡につながるといった深刻な事態は防げるのではないかと思います。
讃井 一般の方々がワクチンに対する不安を払拭できないのは、今お話ししていただいたような客観的な情報がうまく届いていないからだと感じています。その要因のひとつは、国・行政、あるいはわれわれ医師・専門家の情報発信が少なかったり、わかりにくかったりすることにあるでしょう。これは反省すべきだし、改善していかなければなりません。一方で、メディアにも大きな問題があるのではないでしょうか。きわめて稀な副反応をことさらセンセーショナルに取り上げて、不安を煽るかのような報道も実際あると思うのです。ワクチンをめぐって、アメリカの報道は日本とは違いますか?
紙谷 不安を煽る報道がまったくないとは言えませんが、基本的にはデータに基づく公正な情報が伝えられていると思います。じつは、かつてはアメリカのメディアでも、ワクチンに関する誤情報やデマが多かったそうです。それに対し、ポール・オフィット氏(フィラデルフィア小児病院小児科教授。ロタウイルスワクチンの共同開発者)を中心とする医師たちが、粘り強くメディアを教育してワクチンリテラシーを醸成し、今にいたっています。 讃井 日本でも、ワクチンに関する正しい知識は命に関わる極めて重要な情報であること、誤情報は健康被害につながり得ることを、われわれ医師がメディアに対して常に訴えていく必要があるわけですね。
紙谷 そう思います。他方、日本でワクチンに対する不信が払拭されない理由として、副反応を監視・モニタリングする体制が十分に整っていないこともあげられると思います。
日本では、ワクチン接種後の有害事象を医師からの報告だけで監視しています。この古くからある受け身の報告システムでは、じつはワクチン接種後に有害事象が発生したという前後関係しかわかりません。つまり、このシステムのみではワクチンと有害事象の間の因果関係は証明できませんし、専門家による個別の症例の検討でも、「ワクチンのせいではない」と言い切れない判断の難しい例が必ずでてきます。こうしてワクチンによる副反応であるか否かがわからず、因果関係があやふやな状態で決着がつかないまま、ワクチン接種後の有害事象に注目が集まり、それが不安や不信感につながってしまっています。
「ワクチン接種による副反応である」と因果関係の有無を証明するためには、接種した人を能動的に追跡調査してデータを蓄積し、接種していない集団と比較する必要があります。このアクティブ・サーベイランスという安全性監視における必須の仕組みは主な先進国では以前から行われていますが、日本ではいまだ導入されていない現状です。たとえば、アメリカでは、ワクチンの因果関係をきちんと調べるために30年も前からCDC(疾病管理予防センター)がアクティブ・サーベイランスに取り組んでいます。
讃井 もうひとつ欧米との比較で言うと、日本人はリスク・ベネフィットの考え方が得意ではないように感じます。何かベネフィット(=利益)を得ようと思っても、そこに生じるわずかなリスクをも許容できない。あるいはリスクを過大視する。医療行政でも、極端に失点を恐れて、結局、最大多数の最大幸福のチャンスが見過ごされてしまう。そんな場面にしばしば遭遇します。
紙谷 ゼロリスクの神話…ですね。現実世界ではゼロリスクなどありえないのに、ゼロリスクを求め、リスクが極めて少なかったとしてもゼロでないのであれば手をださない。たしかにそういった風潮が一部あるように感じます。
ワクチンに関して言えば、打つことで起こる極めて稀なリスクにばかり目がいってしまい、打たないことのリスクを見過ごしがちなのではないでしょうか。
ただ、今回の新型コロナのワクチンを「打たないリスク」は、パンデミックという特殊な状況下では想像しやすいかもしれません。ワクチンを打たないという選択は、副反応に関してはゼロリスクです。しかし、トータルでゼロリスクかというと決してそんなことはなくて、免疫がないためいつまでも新型コロナウイルスに感染しやすいというリスクを取っているわけです。そして、ワクチンを打って極めて稀なアナフィラキシーが出るリスクと、新型コロナウイルスに感染して重症化するリスク、死亡するリスク、あるいは後遺症になるリスクを比べると、後者のほうがリスクが高いのは明らかです。
ワクチンを打とうという選択には、得られる利点とともに極めて稀ではありますがリスクが必ずあります。逆の選択にもじつは同様に利点とリスクがあります。両者を比較し、ご自身で考えることが重要ですが、ワクチンとはそもそも、多くの人にとってワクチンを打つ利点の方が打たないリスクよりもはるかに高いと判断されるもののみが世の中に普及しているという事実も知っていただきたいと思います。
讃井 ありがとうございました。ワクチン接種をするかどうかは、個々人の意思にゆだねられています。その判断に必要なワクチンの効果(第36回参照)とリスクについて、紙谷先生にわかりやすく解説していただきました。読者の皆さんの判断の一助にしていただければと思います。
(1月25日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、紙谷先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第38回は2月15日掲載予定です。