いよいよワクチンの接種が始まろうとしています。接種が広がれば新型コロナウイルス感染症を収束に向かわせるという期待がある一方で、「効果があるのかよくわからない」「副反応が怖い」といった声も耳にします。皆さんはワクチンを打ちますか? それとも打ちませんか? その判断に必要なのは、科学的データに基づく客観的な情報です。そこで今回は、アメリカで新型コロナウイルスワクチンの治験(臨床試験)に携わっている紙谷聡先生に、ワクチンについてわかりやすく解説していただきます。
日本・米国小児科専門医。2008年富山大学医学部卒。現在、エモリー大学小児感染症科に所属し小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所主導のワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。『小児科医に学ぼう!ワクチン・予防接種のホントのところ』(https://vaccinetovaccination.com/)で情報を発信している。
讃井 まず基本的な質問ですが、ワクチンとはどのようなものなのでしょうか?
紙谷 ばい菌(ウイルスや細菌など)が体に入ってくると、体はその侵入を、あるいは体の中でばい菌が増えようとするのを防ごうとします。この自衛隊のような防御システムを免疫といい、白血球をはじめとする免疫細胞などがばい菌と戦います。
ただ、相手が初見のばい菌だと、免疫は非常に苦戦するんです。見たこともない敵だと、どうしても効率的な戦い方がわからないんですね。でも、免疫は1回目の戦いを通じて戦い方を記憶する能力があって、「このばい菌の弱点はここだ。次に来たら、こうやって戦うぞ」というのを記憶します。ですから、2回目の戦いでは、免疫は効率よくばい菌をやっつけることができるんです。
ワクチンの目的は、1回目のばい菌の侵入を真似することです。それによって免疫に戦い方を記憶させようというもので、実戦ではないけれど限りなく実戦に近いトレーニングを免疫にさせるというイメージです。本当の感染ではないので、体に対しての害が本来の自然感染よりも極めて少ない点がメリットになります。
讃井 ワクチンにはさまざまな種類がありますが、いずれも「感染の模倣」が基本戦略というわけですね。
紙谷 はい。昔からある方法としては、生ワクチンと不活化ワクチンがあります。生ワクチンは、ばい菌の毒性や感染する力を弱めたもので、弱いながらも生きています。不活化ワクチンは、ばい菌を殺して成分だけにしたものです。このふたつが2大巨頭でしたが、先端的な製法が生まれて、現在は他にもさまざまな種類のワクチンがあります。
讃井 新型コロナウイルスのワクチンだと、日本政府が契約した3社のうち、イギリスのアストラゼネカ社のものはベクターワクチン、アメリカのファイザー社およびモデルナ社のものはmRNAワクチンですよね。 紙谷 いずれもターゲットにしているのは、新型コロナウイルス表面のトゲ(スパイクタンパク)をブロックする抗体を作ることです。新型コロナウイルスはこのトゲを使って人間の細胞に侵入するので、ワクチンによってトゲの形を免疫細胞に記憶させようというわけです。そうすれば、実際に本物の新型コロナウイルスが来ても、抗体でトゲをブロックして効率的に戦うことができるからです。
アストラゼネカ社のベクターワクチンというのは、チンパンジーに感染する種類のアデノウイルスという風邪ウィルスを使って、ワクチンの効果を発揮するために必要な情報を体の中に入れるというものです。また、うまく加工することでこのウイルスが人で増殖することができないようにしています。新型コロナウイルスのベクターワクチンは、トゲを作るための設計図を体内に運び込む役割をこのアデノウイルスがはたし、アデノウイルスから設計図を受け取った細胞がトゲを作ります。
一方、新型コロナウイルスのmRNAワクチンは、トゲを作るための設計図(mRNA)自体を脂質(脂質ナノ粒子)の膜で包んで容易に壊れないようにして体の中に入れる仕組みになっています。脂質が細胞の壁を貫いて細胞質の中に入り、リボソームというタンパク製造工場に設計図を渡して、そこでトゲを大量に作り出すという流れになります。このmRNAというのは非常に不安定な物質で、仕事を終えると2、3日以内に解体されてしまい体には残らないので極めて安全であると考えられています。 讃井 mRNAがそれだけ不安定だから、超低温で管理しなければならないのですね。モデルナ社製はマイナス20℃、ファイザー社製はマイナス70℃ということですが、ほかにも両社のワクチンに違いはあるのですか?
紙谷 効果という意味では同じだと考えていいと思います(後述)。安全性に関しても特に違いはありません(次回詳述)。相違点は主に3つありまして、ひとつは今ご指摘のあった品質管理の温度の違いです。なぜ同様のmRNAワクチンでこのような違いがあるのかは不明ですが、おそらく細かな成分の違いなどが影響しているのではないかと思います。
第2点目は、対象年齢の違いです。ファイザー社製は16歳以上、モデルナ社製は18歳以上が接種可能となっています。ファイザーは迅速に第Ⅲ相試験(多数の患者について、プラセボ(生理食塩水などの偽薬)と比較して有効性・安全性を確認する臨床試験。第17回参照)に着手したので、FDA(食品医薬品局)承認前に16歳・17歳を追加で治験でき、承認もされました。さらに、ファイザーは12歳~15歳の小児2000人以上の治験を開始することができたので、今後安全性などが確認され次第、徐々に年齢を下げて慎重に試験をしていく予定です。モデルナも同様に試験を進めています。
もうひとつの違いは、どちらも2回接種なのですが、ファイザーは3週間間隔、モデルナは4週間間隔で打つことになってる点です。2回接種するのは、ワクチンの効果を高めるためです。1回の接種でもある程度の効果が見込めると言われていますが、最初に述べたように「トレーニング」だと考えれば、1回よりも2回やって復習したほうが、免疫はよく記憶しますし、記憶も長持ちします。 讃井 その効果についてですが、報道では95%という数字が独り歩きしている印象があります。「新型コロナワクチンは科学的に効果が大きい」といっていいのでしょうか?
紙谷 まず、アストラゼネカ社のベクターワクチンは、有効率が62%~90%と報告されています。条件によって効果が違っていますので、今後のデータを注視していく必要がありますが、非常に優秀だと言っていいと思います。一方、mRNAワクチンは、ファイザー社は約95%、モデルナ社は約94%の有効率が認められており、これは驚異的な数字です。ちなみに、インフルエンザワクチンの有効率は年齢やシーズンによって異なりますが、だいたい40%~60%程度なんです。
この有効率については少し説明が必要です。第Ⅲ相試験では、ワクチンを打った人のグループとワクチンではなく生理食塩水を打ったグループのそれぞれで、新型コロナ感染症を何人発症したかを観察します。そこでたとえばワクチンを打たなかったグループ(10,000人)で100人、打ったグループ(10,000人)で5人が発症したことを示します。前者の発症率は100/10,000で、後者は5/10,000ですね。すなわち、ワクチンを打ったグループは打たなかったグループに比べてその発症率が95%減っていることになります。これを有効率95%と言っているのです。ですから、もしワクチンを打ったグループの発症者が40人だと、有効率は60%になります。
これだけだとなかなかイメージしづらいのですが、日数の経過により発症者の累計がどのように推移するかを示したグラフを見ていただくと、いかに新型コロナウイルスのmRNAワクチンの効果が大きいかがわかっていただけると思います(下グラフ参照)。ワクチンを打たなかったグループは右肩上がりで発症者累計数が増えていくのに対し、ワクチンを打ったグループはワクチンの効果が出る約2週間後以降、グラフは横ばいになっています。 現在日本の新型コロナ感染者の累計は40万人に迫ろうとしています。その全員に症状が出たわけではありませんが、仮にもしこの40万人全員が症状を発症していたとし、もし全員が有効率95%のワクチンを接種していたとすると、38万人の発症を防ぐことができるという計算になります。
讃井 新型コロナのmRNAワクチンは、発症予防効果が非常に高いということですね。ワクチンの効果については、この発症予防効果のほかに、感染予防効果、重症化予防効果も期待されます。ファイザーやモデルナのワクチンは、感染予防や重症化予防に効果があるのでしょうか?
紙谷 ご指摘の通り、ワクチンの予防効果は3つの段階に分けて見る必要があります。
第1は感染成立の段階です。感染とはウイルスが体の中に入って増殖を始める状態です。第2は発症、つまり感染後にウイルスがどんどん増殖して免疫細胞と激しく戦い始めて、症状が出てくる段階です。新型コロナのmRNAワクチンに「95%の効果がある」というのは、この第2段階を予防することに関してです。第3は重症化の段階です。発症後、ウイルスと免疫細胞の戦いにおいてウイルスが優勢になっていき、もしくは免疫そのものが異常をきたしてしまい、さまざまな臓器に障害を起こしてしまう段階です。
では、第2段階以外でも効果はあるかというと、新型コロナのmRNAワクチンには、第3段階の重症化を防ぐ効果もほぼ間違いなくあるだろうと言われています。ファイザーの治験では、ワクチンを打たなかったグループは9人、打ったグループは1人の重症者が出たと2020年11月時点までの中間結果でわかっています。モデルナでは、前者が30人、後者が0人です。症例数がまだ少ない点などからまだ断言はできませんが、発症予防効果のあるワクチンは基本的には重症化予防効果も持っているというこれまでの経験則も踏まえれば、重症化予防効果も「ほぼ間違いない」と言えるのではないかと思います。 讃井 第1の段階の感染そのものを防ぐ効果についてはいかがでしょうか。
紙谷 それについては現在進行形で調べているところです。第Ⅲ相試験では半数の方にワクチンを打たなかったわけですが、ワクチンの効果がこれほど絶大だとわかった現在、その方々にワクチンを打たないというのは倫理的に許されません。ですので、ワクチンを打たなかったグループに、今ワクチンを打っているのですが、その際にPCR検査をしています。同時に、ワクチンを打ったグループにもPCR検査を行っています。この検査をしていただくことで、ワクチンによって無症状の感染をどれだけ防げているのかをチェックしています。
讃井 最後に、変異株に対してワクチンが効くのかどうか。これを心配されている方も多いと思います。
紙谷 今恐れられているのは、おもにイギリス、南アフリカ、ブラジルの変異株です。このうち、イギリスの変異株に対してファイザーのワクチンが有効だったという論文が、まだ査読(専門家による評価・検証)前ですけれども公開されていて、それはひとつの安心材料だと思っています。
他の2つの変異株に関しては、まだ情報が少ない段階なのでわかりません。効かない可能性が絶対ないとは言えません。ただ、もし効かないとなったとしても、変異株に対応するmRNAワクチンは比較的迅速に作れます。開発も量産も比較的簡単――mRNAワクチンの技術にはそういった非常に優れた利点があることを知っておいてほしいと思います。
讃井 ありがとうございました。読者の皆さんも、ワクチンの有効性について理解が深まったと思います。一方で、一般の方々が不安に思っているのは副反応だと思います。次回は、紙谷先生に「ワクチンの副反応とリスク」について伺います。
(1月25日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、紙谷先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第37回「見逃されがちなワクチンを打たないリスク」(2月8日掲載予定)