讃井 今回は国立国際医療研究センターの忽那賢志先生に、新型コロナウイルス感染症の臨床最前線で何が起こっていたのかを伺いたいと思います。
感染症専門医。2004年に山口大学医学部を卒業し、2012年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。感染症全般を専門とするが、特に新興再興感染症、輸入感染症の診療に従事し、水際対策の最前線で診療にあたっている。
讃井 最初に、忽那先生がふだんどのような仕事をされているのかお教えください。
忽那 私は、国立国際医療研究センターの中の国際感染症センターで、輸入感染症(海外からウイルス、細菌などの病原体が持ち込まれて、帰国後に発症する感染症)を専門に診療しています。たとえば日本最初のジカ熱は私が診断しました。国際感染症センターでは、そういった日本にはなかったさまざまな感染症の診療経験を積めるので、それに魅かれて仕事を続けているといったところです。
讃井 新型コロナ感染症との関わりは、どのような形で始まったのですか?
忽那 正月に武漢で海鮮市場を中心に謎の肺炎が流行っているというニュースを見て、年始にその情報を院内に周知したのが最初でした。国際感染症センターは輸入感染症を日本で一番多く診ている医療機関なので、患者さんが来る可能性も高いわけです。そこで、「武漢帰りの人がいたら感染症科に相談してください」「疑い患者さんが来たら、指定する経路を通ってこちらの部屋に案内してください」といった内容を院内に周知しました。
結果的に国内最初の症例は当院ではなかったのですが、1月下旬には当院でも初めて新型コロナ感染症の診療をしました。武漢からの渡航者でした。
讃井 初めて診察された時はどのような印象を持たれましたか?
忽那 気味の悪い影の肺炎だなと思いました。
そのすぐ後、1月23日にロックダウンした武漢から政府チャーター便で在留邦人が帰国することになりました(1月28日から2月17日まで計5便)。その帰国者全員900人近くのPCR検査を急遽当院でやることになり、病院の職員をあげて対応しました。すると、その中に陽性者が1%ぐらい見つかりました。興味深かったのは、当時はまだ無症候性感染者の存在がわかっていなかったのですが、チャーター便の帰国者の中に無症候性感染者がいたことです。世界でまだ誰も知らないことを、あのチャーター便の時にわかったんです。いろいろありまして学術誌に載ったのは4ヶ月ほど経ってからでしたが…。
讃井 1月下旬から2月上旬は、日本国内の危機意識はまだまだ低かったと記憶していますが、忽那先生が危機意識を持たれたのはいつ頃ですか?
忽那 2月に入ってダイヤモンド・プリンセス号の患者さんが入院された時ですね。当院には国際診療部という外国人に対応する部署があるため、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船されていた外国人が多く搬送されてきました。その方たちが、どんどん重症化していったんです。クルーズ船の乗客は高齢の方が多いからです。それを診療している時に、「これはかなり怖い感染症だな」と、恐ろしいことが起こっていることを実感しました。
讃井 病棟はどういう形で対応されたのですか?
忽那 当院は特定感染症指定医療機関といって、特殊な感染症を診るための病院です。したがって新しい感性症に対応する病床がもともとあるのですが、それが4床しかないので新型コロナ感染症には到底足りません。そこで当初から、結核の病棟として使っていた陰圧室40床を新型コロナ感染症を診る病棟にしようと院長が決断し、結核の患者さんには全員転院していただきました。 讃井 患者さんが急増したのはやはり3月ですか?
忽那 3月下旬からすごく増えました。当院でも帰国者接触者外来をやっていたのですが、3月上旬までは陽性になる人はパラパラという感じで少なかったのですが、3月下旬になると急激に陽性者が増えて、何か東京で異変が起こっているのではないかと思いました。
しかも、あの頃は検査数が今と比べて相当少なく制限していたので、陽性になる方の多くは重症でした。毎日重症の患者さんがどんどん運ばれてきて、終わりが見えない。3月下旬から4月中旬は、これからどうなってしまうんだろうと本当に恐ろしかったですね。
讃井 私の病院でも4月上旬から急激に増え、綱渡りの状態が続きました(第1回参照)。5月に入ると少し余裕が出てきたのですが、国立国際医療研究センターではいかがでしたか?
忽那 4月下旬以降、だいぶ楽になった印象です。緊急事態宣言(4月7日)が出て2週間ぐらい経ったところで新規陽性者が減少していきました。一方で、感染症指定医療機関以外でも新型コロナ感染症を診てくれるようになり分担が進みました。また、ホテルの宿泊療養も始まりました。そういったさまざまな要因で、当院の負担はかなり軽減されました。 讃井 第一波・第二波含めて、新型コロナ感染症専用にした40床が満床になったことはありましたか?
忽那 第一波では、4月は満床で本当にいっぱいいっぱいでした。第二波では、満床にまではいっていません。
讃井 もともと感染症には慣れていらっしゃる病院ですが、ストレスや負担はありませんでしたか?
忽那 結核を診ていた看護師がいきなり新型コロナ感染症だけを診るようになったので、そのストレスは大きかったと思いますが、当院では休職・退職した看護師はいません。比較的早期からメンタルケア専門の看護師を置いて、相談しやすい体制を作っていたので、それを活用されたのかもしれません。一方医師も、想像していなかったことが次々に起こるので、7月ぐらいまではずっとピリピリしてる感じでした。
今は比較的落ち着いています。新型コロナ感染症がどういうものかだんだんわかってきていますし、第二波は感染者自体は多いけれども重症度がぐっと下がっているからです。
社会全体で見ても、第二波は緊急事態宣言を出すことなくある程度抑え込めました。われわれ医療従事者も含めて、少しずつ新型コロナ感染症に対応できるようになってきているのかなと思います。
讃井 ただ、最近また少し入院患者さんが増えてきています。
忽那 たしかに、感染者数はほぼ横這いで増えているわけではないのですが、入院患者さんは増加傾向にある印象です。高齢者の割合が増えてきているからでしょう。
讃井 再び感染を拡大させないために、「三密回避」「マスク」「手洗い」という“社会の標準予防策”(第12回参照)を続けてほしいと思います。 忽那 そうですね。新型コロナ感染症は本当にやっかいで、油断は禁物です。
讃井 さまざまな感染症を診てきた感染症専門医からしてもやっかいだということですが、それはどういった点なのでしょうか?
忽那 感染力と重症化のバランスが一番嫌なところにあるのが新型コロナ感染症です。感染力がある程度強くて広がりやすく、かつある程度重症化しやすい。
たとえばマーズ(MERS:中東呼吸器症候群)は致死率(死者数/感染者数)が高くて、30%以上の人が亡くなります。けれども、ヒト-ヒト感染は起こしにくいので患者数は全世界で2,500人しかいません。
新型コロナ感染症はマーズほどではありませんが、致死率はそこそこ高くて現在世界で約3%です。しかも、世界の感染者数は4,000万人に迫っています。
讃井 感染力が強くても重症化しないのなら放っておけばいいし、致死率が高くても感染力が弱いなら対処しやすい。そのどちらもある程度強い(高い)新型コロナ感染症がやっかいなことがよくわかりました。次回は、臨床の最前線でわかってきたさまざまな知見と今後の見通しを忽那先生に伺いたいと思います。
(10月5日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授、忽那先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第23回「新型コロナ感染症~今後の見通し」(10月26日掲載予定)