讃井 9月に発生した台風9号、10号では、九州・沖縄地方の多くの方が命を守るために避難所に避難しました。その際に危惧されたのは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大でした。台風や地震など自然災害が多い日本では、避難所の感染対策は非常に重要なテーマです。そこで、日本環境感染学会災害時感染対策委員会委員長の櫻井滋先生に、避難所の感染対策の難しさや課題についてお聞きしたいと思います。
岩手医科大学医学部教授、岩手医科大学附属病院感染制御部長。金沢医科大学医学部卒業後、沖縄県立中部病院内科呼吸器科・集中治療部、米国ワシントン大学呼吸器・集中治療医学部門などを経て岩手医科大学へ。現在、日本環境感染学会災害時感染対策委員会委員長なども務める感染制御の第一人者。
櫻井 岩手医科大学附属病院で院内感染対策をずっとやってきた私が避難所の感染対策に関わるようになったのは、東日本大震災がきっかけでした。被災地で感染症をできるだけ出さないようにしなければいけない――本来は保健所の仕事なのですが、保健所の職員の多くも被災されていた状況でしたので、被災地に向かいました。発災3日後の3月14日のことです。まず土地勘のある大槌町に行き、その後岩手県の海岸沿いに北から順番に南下して避難所をチェックして回りました。
被災者はすでに避難場所(一時避難場所。高台など、とりあえず命を守ることができる緊急避難的な場所)から避難所(指定避難所。公立学校の体育館や公民館等、一定期間生活できる場所)に移動していました。その避難所には、感染対策ができる人がほとんどいませんでした。これは現在も今後も同じですが、段取りを決めていても大災害時には段取り通りに動かない可能性が高い、だとしたらさまざまな連携が絶対に必要だ、ということをまず考えさせられました。
讃井 避難所の感染対策を行うにあたって、医療従事者はどのような心構えが必要なのでしょうか。
櫻井 何でもありだという心構えですね。言い換えると、現場では構える必要はないし、そもそも構える余裕がありません。命からがら逃げてくる人たちを区別することはできません。コロナの人もインフルエンザの人も集まってきます。いま、「全員にPCR検査をしてから避難所に入れるべきだ」といった議論が一部にありますが、まったく現実的ではありません。まず受け入れてから、必要に応じてトリアージ(選別)するほかないんです。
讃井 いまは三密回避が重要であると言われていますけれども、3.11の時にはどうでしたか?
櫻井 密を推奨していたわけではありませんが、現実問題として安全な場所に密集せざるを得ない状況でした。これについては、避難所という性格上現在でも変わりはありません。そうやって集まった人びとを、感染対策としてはもう一度一定の距離を保てるように分けることになります。3.11の時は、体育館など避難所の中はパーテーションのない大部屋で、場合によったら毛布とブルーシートくらいしか配給されませんでしたが、いまはダンボールのパーテーションが普及しています。そういったパーテーションなどの技術的な部分は、今回のコロナ禍で急速に進歩しました。 ただ、注意しなければいけないのは、個室化すれば絶対安全かというとそうではないことです。それを示したのがダイヤモンドプリンセス号です。
私は、ダイヤモンドプリンセス号は避難所と非常に似ていると考えています。どちらもたまたま乗り合わせていて、逃げることができない。しかも、感染対策のために作られた建物ではありません。そんなダイヤモンドプリンセス号の中で新型コロナ感染症が発生したわけですが、乗客全員を個室に閉じ込めたけれども感染は広がりました。なぜ感染が広がったかというと、乗客の世話をするエッセンシャルクルーがベクター(媒介者)になったのです。個室に閉じ込めたり分離したりすればするほど、それを世話をする人も増やす必要があります。ベクターになりうる人が増えるリスクを考えれば、単純にダンボールのパーテーションの中に1人1人を隔離すればいいとはなりません。
また、個室の中で心筋梗塞を起こしたり脳梗塞を起こしたりする人も出てきます。個室化でコロナウイルスの感染リスクは減らせるけれど、一方でその他の病気を診にくくなってしまいます。
「避難した人は絶対に分離しなければいけない」というゼロリスクの発想では災害は乗り越えられません。むしろ、避難所の中にコミュニティーを温存するといったマネジメントが必要で、家族や友人という関係性の中では「感染しても、ある程度しょうがない」ぐらいの気持ちで一緒にいていただいたほうが安全弁になるのではないかと考えています。
讃井 医療物資についてはどうたったのでしょうか。手袋やマスク、アルコールといったものが届かずに不足したということはありましたか?
櫻井 被災地に行ってみて初めてわかったのですが、じつは物資は避難所の手前の倉庫までは届いていたんです。ところが、3.11の時も熊本地震の時も避難所には、あまり届いていない。どういうことかというと、倉庫から避難所に運ぶ作業のトリガーが、「避難所で必要とされているから」というキーワードだったんです。つまり、被災者が「マスクがほしい」との声がない限り、マスクは届かないという仕組みです。
ニーズを無視してプッシュすればオンタイムで届くというのは、いま流行りのプッシュシステムですが、裏返せばどれだけ現場に届けたいと思って物資を送っても、現場からのニーズがなければ、最終段階で滞り、物資は倉庫で眠ってしまいます。ですから、ニーズがわかる人を現地に送って、その人が被災者に代わって要求するという仕組みを作ることが重要になります。
讃井 避難所で感染症対策を指導された際、避難者の理解は得られましたか? 櫻井 正直、難しかったですね。コンフリクト(意見の相違)がありました。
讃井 「俺は言うこと聞かないよ」と言うような人がいたのですか?
櫻井 そうですね。「なんで命令するんだ」と。「これは命令ではなくてお願いです」と言ってもだめで…。やはり、厳しい環境の中では、人間は不安だったり欲望だったりが表出しやすいですから。これに対しては、精神科医も必要だし、コンフリクト・マネジメントの専門家も必要です。その両方に長けているのはひょっとしたら感染管理認定看護師かもしれないと思っています。混とんとした避難所の中でそれができるような人材を育てていく必要があるでしょう。
讃井 感染対策以外にも、避難所では初期から心理的なケアが必要になるんですね。
櫻井 予知・予防から入り、対処して治療する――コンフリクトも感染症と同じだと思います。
讃井 命からがら逃げてきた避難者の中には感染症に感染している方がいるかもしれない、密集せざるをえない、避難所は感染対策のために作られた建物ではない、黙っていたら医療物資が届かない、避難者に協力してもらうためには心理的なケアが必要…等々、避難所の感染対策が非常に難しいことがよくわかりました。そのような厳しい状況の中で、3.11では避難所で感染症は発生したのでしょうか? 3月ですから、まだまだ寒くてインフルエンザも心配だったと思いますが。
櫻井 山田町の高校でインフルエンザの約50人規模のアウトブレイクが起こりました。そのアウトブレイクは横浜の赤十字チームが制御してくれたのですが、いろいろ難しい問題がありました。まず、タミフルがない。医療班手持ちのタミフルは数10人分しかなかったんです。また、隔離場所をどうするかということにも悩まれたそうです。さらに、現場の指示が錯綜した。要するに王様がたくさんいるので誰の指示に従えばいいのかわからなくなるんですね。
その時に、私は県と交渉して県のアバター(分身)として現地に行かせてもらい、インフルエンザのコントロール法を県の文書として発出させてもらう等、オーガナイズする作業をやらせてもらいました。その結果、たとえば、新型インフルエンザ用のタミフルを被災地においてはインフルエンザにも使えるようにしてもらうことができました(編集部注:新型インフルエンザ用のタミフルは、新型インフルエンザ特措法により本来は新型インフルエンザ以外には使用できない)。
この時、感染対策は現場に行って手洗いなどの指導をするだけでなく、保健所や県、あるいは国との交渉、オーガナイズ、マネジメントが重要だと認識したんです。 讃井 私も新型コロナ感染症の第一波の際に、行政との交渉や協力の重要性を身に染みて感じました。櫻井先生は、3.11のご経験を踏まえ、行政と連携した災害時感染制御支援チームを立ち上げられました。その構想や、今後の災害時の感染対策のあるべき姿については、次回お聞きしたいと思います。
(9月25日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授、櫻井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第21回「災害時感染制御支援チームの可能性」