新型コロナウイルス感染症の新規感染者数が4月の水準を超えてしまいました。焦眉の課題はもちろん感染拡大を食い止めることです。しかし、あわせて忘れてはならないのは院内感染の防止です。
ひとたび院内感染が発生すると、医師や看護師をはじめ濃厚接触者となった医療スタッフは自宅待機しなければならず、医療サービスの供給が著しく低下してしまいます。外来および入院患者の受け入れを停止しなければならない場合もあります。結果、地域全体の医療体制の逼迫につながってしまうのです。
では、どうすれば院内感染を防止できるのでしょうか。国立病院機構西埼玉中央病院看護部で感染管理を担当し、埼玉県新型感染症専門家会議のメンバーでもある坂木晴世看護師にお話を伺いました。
感染管理認定看護師、感染症看護専門看護師(2010年、国内2人目の資格取得)、日本環境感染学会評議員。国立病院機構西埼玉中央病院看護部に所属し感染管理を担当するかたわら、埼玉県新型感染症専門家会議のメンバーとして新型コロナウイルス感染症対策にあたっている。
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讃井 まず、院内感染とは何かから伺いたいと思います。新型コロナ感染症の報道では、しばしばミスリードを誘うものや不正確な表現があるのですが、院内感染についても間違った使い方をされる時があります。そもそも院内感染とは正しくはどういう現象なのでしょうか?
坂木 院内感染とは、病院の中で獲得した微生物によって起こった感染症のことをいいます。たとえば、外科手術を目的として入院してきた患者さんが、入院中に薬剤耐性菌(抗菌薬=抗生物質が効かない菌)に感染してしまった場合です。ですから、いわゆる「持ち込み」――院内で発症したとしても、ウイルスや菌を病院外から持ち込んだ場合は、院内感染とは言いません。
新型コロナ感染症に関して言えば、最初にウイルスを外から持ち込んだ患者、職員、あるいは面会に来た人は院内感染ではありません。その発端となった人から院内で他の人にうつると、院内感染が発生したことになります。
讃井 坂木さんは、新型コロナ感染症で院内感染が発生した複数の施設に派遣され、原因を調査したりアドバイスをされてきたわけですが、感染管理の専門家から見て、新型コロナウイルスはどのようなウイルスですか?
坂木 非常にやっかいなウイルスだと思います。
インフルエンザをはじめほとんどの感染症は、何かしらの症状が少し出てきてから感染性を発揮します。ですから、定期的に熱を測るとか丁寧に観察するといった対応により、最初からリスクの高い人と低い人を分けて診療するなど対策をとることができるんです。
ところが新型コロナウイルスは、感染していても無症状の人が一定割合います。また、発症しても、発熱、咳、筋肉痛、下痢、味覚障害など症状が多様で、咳はあるけれど発熱していないといったケースもあります。とてもわかりにくいんです。
さらに、新型コロナウイルスは、症状が出る2日ぐらい前から症状がはっきり出た直後にかけて、ウイルス量が非常に増えて、感染性が強くなります。無症状でも感染力があるんですね。したがって、症状がある人だけを分けるという対策が意味を持ちません。 このように新型コロナウイルスはステルス性があるので、ひっそりと院内に持ち込まれて、気が付いた時には院内で広がっているという状況になりやすいんです。
讃井 たしかに、発端となる感染者を見つけにくいですよね。別の病気で入院する患者は発熱しているのが当たり前ですし、無症状ならなおさらわかりません。
坂木 ただ、院内に新型コロナウイルスを持ち込むのは、必ずしも患者とは限らないという印象が私にはあります。職員が持ち込んだケースが意外に多かったんです。
ちょっと微熱があったりとか、ちょっと咳っぽかったりしたけれど、たいしたことないと思って何日か仕事をしてしまった。ところがその後、熱がぐっと上がり、PCR検査をしたら陽性だった。その時にはすでにたくさんの接触者がいた…というような状況を多く目にしました。
讃井 疑わしい時は仕事を休む。休みやすい環境をつくることが大切なんですね(第5回、第6回参照)。
とはいえ、新型コロナウイルスのステルス性を考えると、どんなにがんばっても100%院内に持ち込ませないというのは不可能だと思います。それでも、院内感染が起こる施設と起こらない施設がある。起こる施設の共通項はあるのですか?
坂木 患者間で拡大した事例に共通してるのは、標準予防策がしっかりできているとはいえなかったということでした。 標準予防策というのは、「患者が感染しているかどうかに関係なく、すべての人の体液(血液、唾液、尿、便など汗を除く体液)、粘膜、傷がある皮膚には感染性微生物があるものとする」という考えに基づく行動指針です。標準予防策では、その考え方に従って、たとえば手指衛生(手洗い)はこういうタイミングでやりなさいとか、患者の体液に触れる可能性がある時は手袋をしなさいとか、器材を使い回す時は所定の消毒・滅菌を行いなさいといったルールが細かく決められています。
ところが、アルコール消毒液が必要な場所に置いていなかったり、手袋を替えなければいけない場面で替えていなかったり、吸引瓶(痰を集める瓶)の消毒が不十分なまま別の患者に使ったり…院内感染を起こした施設では、様々な事情でルールから逸脱したやり方になっていることが多かったです。 讃井 なぜ標準予防策ができないんでしょう?
坂木 第一に、標準予防策を完璧に行うのは難しい問題があります。たとえば手指衛生について言えば、一般的な医療機関における手指衛生の遵守率は40%ほどだと言われているんです。つまり6割の場面では、やらなければいけない手洗いをしていないことになります。一般の人にしてみれば、100%できているんじゃないの?と思われるかもしれませんが、実際の医療現場では、複雑な行程で多くのことをするので、手指衛生をし損なうことは意外と多いのです。
それから、正しい知識が不足しているという面もあります。たとえば消毒薬。手指の消毒に次亜塩素酸ナトリウムを使っていたり、次亜塩素酸ナトリウムを遮光せずに管理していたり・・・。遮光していないため、ほぼ水になってしまったものを消毒薬だと思って使っている施設がいくつかありました。
さらに経済的な理由もあります。介護施設や高齢者を中心に見ている介護系の病院では、急性期病院(急性疾患や重症患者の治療を行う病院)と違って、個人防護具や消毒薬などについて、診療報酬の手当てが十分ではありません。だから、手袋などの個人防護具は使った分だけ持ち出しになってしまいます。ルールを逸脱しているとわかっていても、経済的余裕がないので使い捨てにできず使い回しをしてしまうわけです。
感染管理の専従者を施設ごとにおけないのも経済的な理由からです。感染管理の専門家が施設にいれば、標準予防策を正しく実施するための方法を考えることもできますが、その分人件費がかかるので難しいのだと思います。
讃井 人的資源も足りていないということですね。医療安全と感染対策は病院を支える足腰の部分だと思うのですが、どうしても足腰が弱い施設があり、それには理由があるということでしょう。また、医師に感染管理のエキスパートが少ないことも関係しているのかもしれませんね。
坂木 現状は、高齢者施設や小規模病院の感染管理は保健所がフォローする形になっています。しかし、保健所自体マンパワーが不足ぎみですのでなかなか難しいのが実情です。
讃井 病院として、感染管理の意識が十分でないということはありませんか?
坂木 意識が高くても、この新型コロナウイルスの院内感染は起こり得ると思います。ただ、今まで大きな院内感染を起こしていないから自分の病院は大丈夫だと油断していて、標準予防策を徹底していないケースはあるように思います。どこか対岸の火事と思っていて、お金をかけて推奨されている対策をとらない…。でも、ひとたび院内感染が起こってしまうと、信頼を失墜させてしまいますし、一定期間患者の受け入れができなくなってしまいます。かなりのダメージになるわけですから、当事者意識をもっていただきたいと思います。 讃井 そういう病院としての弱いところを今回の新型コロナウイルスは衝いてくるように思います。
坂木 はい。繰り返しになりますが、新型コロナウイルスは本当に手強くて、相当気をつけていても、院内に入り込まれることはあります。そこが、インフルエンザやノロウイルスなどとの大きな違いです。ただ、入り込まれたとしても、その後に拡大するかしないかというのは、日頃の対策がどのぐらいできているかによる部分が大きいと思います。
たとえばひとりの職員が外で感染してしまって新型コロナウイルスを持ち込んでしまったとしても、標準予防策をきちんと実施していて、具合が悪かったら躊躇なく休める風土がある病院ならば感染拡大の確率は低いでしょう。反対に、ふだん手指衛生をおろそかにしていたり、個人防護具を適切に使っていない施設、あるいは職員が休みにくい施設では、発端となるひとりの感染者が何人もの人にうつしてしまい、いわゆる院内クラスターを発生させる確率が相対的に高いと言えるでしょう。
やはり、普段からどれだけ基本に忠実に感染管理をがんばっているかが、大規模な院内感染を防止する鍵なのだと思います。
讃井 基本に忠実な感染予防策――それは病院に限らず、社会全般にもいえるのではないでしょうか。ステルス性でやっかいな新型コロナウイルスに対して、日常生活でどう対処すればいいのか、次回も坂木さんにお話を伺いたいと思います。
(7月23日対談、7月30日口述。 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第12回「検査はすべてを解決してくれない」(8月10日掲載予定)