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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第9回 軽症者も苦しむ新型コロナウイルス感染症の後遺症

2020年07月20日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

「感染しても重症化しなければいいや」と言えますか? 原因はまだ不明だが、軽症でも普通の生活になかなか戻れないと、讃井將満教授は警鐘を鳴らす。

本当に医療体制は逼迫していないのか?

新型コロナウイルス感染症の感染者数が4月並みの高水準で推移する中、取材でよく聞かれます。7月14日現在、埼玉県全体の重症患者数は3人。そのうち、人工呼吸器に乗っている患者は1人だけです。埼玉県だけでなく全国的に見ても、こと重症患者については医療体制は逼迫していません。これは事実です。

一方で、イタリアで新型コロナ感染症の後遺症に関する報告が出ました。それによると、回復後(発症から平均2か月後)も87.4%の患者が何らかの症状を訴えているといいます。日本でも後遺症を示す事例の報告が相次いでいます。これも事実です。

重症患者が増えない理由は現時点でわかりませんが(さまざまな理由が考えられますが)、重症化しないから心配ない…とは言えないのです。 私はICUで新型コロナ感染症の重症患者を専門に診ているので、軽症・中等症の患者は診ていません。確かに重症患者には、後遺症が高頻度に起こるであろうと思っていました(第3回参照)。しかし、日本や世界で退院する患者が増えるにつれ、軽症・中等症でも一定数の患者が後遺症に苦しんでいることを知るようになりました。そこで、軽症・中等症ではどのような症状・後遺症が出るのか、ヒアリングしてみました。

話をしてくれたのは、30代の看護師で、4月上旬に感染しました。以前慢性の炎症性疾患にかかっていたことがありますが、今はいたって元気で、薬も服用していませんでした。なお、日付は保健所が発症日と判断した日を、「1日目」としてカウントしたものです。

*   *   *

-5日目

「仕事が終わって電車に乗って帰宅する時にコホンと咳が出ました。むせた咳ではなく、風邪っぽい咳だなと思いました。でも、翌日も元気で、熱も出ませんでした」

-1日目

「朝、体がちょっとだるくて熱を測ったら37度ありました。仕事に行ってもいいぐらいに元気だったのですが、念のため上司に相談して、一応自宅待機としました。ところが、その後、時間単位で具合が悪くなっていきました」

1日目

「日付が変わって夜中に38度の熱が出ました。後に、保健所は、この日を発症日とすると判断しました。

この頃から、筋肉痛と倦怠感が顕著になりました。また、鼻づまりになり、匂いはまったく感じない状態になりました。味覚についても、しょっぱさだけ残ってそれには敏感になりましたが、他の味はまったくしなくなりました」

3日目

「熱が4日続いたので、保健所に相談。自分が勤務する病院は電車に乗らないと行けないので、歩いていける近所の病院の発熱外来を受診することになりました。

病院でサチュレーションを測ったところ98でした。

※サチュレーション(SpO2=経皮的動脈血酸素飽和度):肺機能の指標の一つ。血液が肺で酸素を受け取った結果、どの程度酸素を含んでいるかを示す。正常は96~99。病気により肺が酸素を取り込む能力が低下した場合に、数値は下がる。90以下は酸素投与や人工呼吸などの治療が必要になる。

PCR検査をしてもらった後、念のためレントゲンを撮ったところ、肺炎が判明しました。さらにCTを撮影した後、即入院となりました。

この頃から、動くと息切れするようになり、少し歩くと脈拍数が120ぐらいに上がるようになりました」

4日目

「PCR検査の結果が出ました。陽性でした。1フロア上の新型コロナ感染症専用病棟に移ることになりました。が、エレベーターまで歩くのもびっくりするくらいたいへんでした。すごくゆっくり歩いても息切れをして、手足が冷たくなってチアノーゼ(血液の中の酸素が欠乏して、皮膚や粘膜が青黒くなること)が出ました。サチュレーションは80台まで下がりました。

この頃から、電気が走るような頭痛に悩まされるようになりました。頭痛は、自宅へ帰って1週間後ぐらいまで長期間続きました」 5日目~12日目

「入院後3~4日は、午後に熱が38度近くまで上がること、夜間に発汗することが多かったです。トイレまで歩くと脈拍数が120~140、サチュレーションが80台に下がるという状態でした。サチュレーションは最悪時には70台まで下がりました。その時は、必要に応じて酸素吸入を行いました。 その後も、トイレに行くのさえ重労働で、シャワーを浴びると全身がチアノーゼになるという日が続きました。また、咳が止まらない、息も苦しいという症状が続きました。呼吸は浅く速くなってしまい、深呼吸をしようとしても大きく息を吸えませんでした。

10日目ぐらいに熱が37度ほどに下がりました。咳は止まらず、夜中に咳き込んで眠れないことがありましたが、サチュレーションもいい時には95ぐらいまで上がってきました。

解熱し呼吸もよくなってきたので、ホテルに移って療養することになりました」

13日目

「陽性者専用の特別なタクシーに乗ってホテルに移動しました。一緒にホテルに移った2人の方は、咳もなくスタスタ歩けて元気そうでしたが、私は移動のさなかも咳が止まらず、息が苦しく、ゆっくりしか歩けない状態でした」

14日目~44日目

「その後ホテルで約1か月療養しました。体温調節がおかしくなったのか、しばしば体温が35度台に下がり、寒くて寒くてたまりませんでした。結局、帰る1週間前ぐらいになって、ようやく36度台に戻りました。
 ホテルでは相変わらず少し動くと息が切れました。1日3回お弁当をロビーまで取りに行くのですが、それだけでも息が切れてしまって非常につらかったです。体重は10キロぐらい減り、お腹はぺったんこになり、顔はガイコツのように窪んでしまいました。
 この頃は、PCR検査で2回続けて陰性が出ないと自宅に帰れないルールだったのですが、なかなか陰性になりませんでした。ほぼ毎日PCR検査をしていたので、最後の頃は鼻血が出てしまいました。 家に帰る数日前、急にエビせんべいの匂いがわかるようになりました。その時から、嗅覚は劇的に良くなりました。味覚のほうも徐々にでしたが戻ってきました。ただ、相変わらずしょっぱさには敏感で、今もそれは続いています」

45日目~90日目(現在)

「ホテルから家まで帰るのに電車とバスを使ったのですが、少し歩くだけで息切れしました。足も筋肉痛になり、翌日は家でずっと寝ていました。それぐらい筋力が落ちてしまっていました。

体調は、ある時を境に急激にぐっと良くなるという感じではなく、徐々に回復してきたように思います。体重も少しずつ増えて、5キロほど戻りました。呼吸は、今も喋り続けているだけで少し苦しくなります。

新型コロナ感染症が発症してから3か月あまり経ちますが、体調はまだまだで、以前の6~7割というのが実感です」

*   *   *

 これはきついなあ、というのが私の第一印象です。

この看護師は、ほぼ完治しているとはいえ3か月経過して、まだ、完全回復とは言えない状態でしょう。

少しでも動くと息切れし、チアノーゼが出るというのは、相当、肺機能が落ちていたようです。深く息を吸えなかったと言っていることから、肺の浸潤(肺胞に染み出た液体成分がたまること)が深刻で、酸素と二酸化炭素の交換がうまくできなくなっていたのでしょう。ちなみに、ここまで症状が悪化しても、まだ重症とはみなされません。新型コロナ感染症では、人工呼吸器やECMOを使用した場合が重症、この看護師のように一時的にでも酸素を投与した場合が中等症、それ以下の場合が軽症とするのが一般的です。

筋力が低下したのは、からだが自ら筋肉を壊して病気と戦うエネルギーとしたからです。人間が命をかけて病気と闘うときには、脳、心臓、肺、肝臓、腎臓などの重要臓器が、その機能を果たすために筋肉を犠牲にするのです。またホテルで長期間療養していたので、廃用性萎縮(筋肉を使わないことによる筋力低下)も起こっていたと考えられます。

さらに注目すべきは、この看護師が発症後3か月(陰性になってから1か月半)経った今も全快していない点です。

一般の風邪やインフルエンザなら、2~3週間すればたいてい普通の生活に戻れます。しかし、新型コロナ感染症は、陰性化するまでも長い時間がかかる例が多く、陰性化後もなかなか元に戻れない・治った後も生活に支障がある人が多いらしい――それが今明るみに出てきています。

けれども、その原因やメカニズムはまだわかっていません。細菌による肺炎など、重篤な感染症から多臓器不全に至り、回復後も肺機能が元に戻らない患者、同じコロナウイルスによる2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2012年の中東呼吸器症候群(MERS)患者の後遺症に関するデータはありますが、今回の新型コロナ感染症に関する正確なデータはありません。

重症感染症、SARS、MERSのデータによれば、特に重症の患者では肺機能の回復が思わしくなく、半年後もまだ人工呼吸器が必要、5年後も呼吸機能が元の80%までしか戻らない、などの報告があります。壊れた肺が治る過程で肺が固くなり、酸素の交換スピードも元に戻らなくなった結果と考えられます。また、神経や筋肉の機能が回復せず、1年経ってようやく両手を挙げてバンザイができるようになる、などのケースも知られています。

他にも、2年後に約25%の患者で、うつ・不安・PTSDなど、心の障害が認められたり、計算力、記憶力、注意力、知能指数が完全には戻らないなど、脳機能低下も報告されています(集中治療後症候群:PICS 第3回参照)。

じつは私自身も、4月には後遺症が残るのは重症患者だけで、軽症・中等症患者には残らないのではないか、とたかをくくっていました。しかし、その後、日本や世界で、軽症・中等症の患者も後遺症に苦しんでいる方がいることを知り、自分の考えが浅はかだったことを思い知りました。

ただ現段階で確実なことはほとんどありません。あくまで重症感染症、SARS、MERSから得られたデータに基づいて「おそらくこうであろう」と想像しているに過ぎません。今後、後遺症がなぜ起こるか、特に軽症・中等症の患者で、どの程度の後遺症が、どれくらいの期間続くのか、それに対して我々急性期専門の医師ができることはないのか、など、明らかにする必要があります。

ちなみに、今のところ後遺症を起こす原因は3つに分けられるのではないかと考えています。

一つ目はサイトカインストーム。すなわち強い炎症によって、脳、心臓、肺、肝臓、腎臓などの多臓器不全が起こる。従来から知られていたように各臓器のダメージが重いほど、やはり回復に時間がかかり、後遺症も重い。これです。

二つ目は、新型コロナ感染症の特徴と言ってもよい血栓症。これによってたとえば血管が詰まり血が流れなくなる(第3回参照)。例えば、肺の血栓症によって肺機能の回復が悪いことがあるかもしれません。また、脳梗塞。この後遺症で、脳機能低下や心の不調が長引くこともあるかもしれません。

三つ目は、新型コロナウイルスが、肺だけでなく、直接、脳・心臓・肝臓・腎臓に感染すること。たとえば匂いや味がわからなくなる、頭痛、ボーッとする、幻覚が起こる、痙攣が起こる、などは、脳への直接感染の証拠と考えられています。

これらの症状が長く続くのは、おそらく患者がウイルスをなかなか排除できないことが関与していると思われます。実際、今回お話をうかがった看護師のように、回復までに長くかかったり、PCRが陰性化しても再度陽性化するケースがあることは、なかなかウイルスを排除できないケースがあることを示しているのではないでしょうか。

さらに想像すると、軽症・中等症の患者で退院後、ちょっと動くとすぐ息切れがしたり、疲れたりするのは、肺機能や筋力が完全に戻っていないことを示しているのかもしれません。

はっきりしているのは、原因やメカニズムはまだわからないけれど、重症患者はもちろん軽症・中等症であっても後遺症に苦しんでいる人が一定数存在しているという事実です。

それでもあなたは、「感染しても重症化しなければいいや」と言えますか?
(7月14日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第10回「差別――新型コロナ感染症によるもうひとつの苦しみ」(7月27日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ ブルーシーインターナショナル
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。