18都道府県に適用されていた「まん延防止等重点措置」が21日をもって終了されました。感染者数が下がりきらない中での全面解除は、リバウンドのリスクがあるため今後も注意を必要としますが、一方で、「現状ぐらいの感染状況であれば、社会経済活動を制限しなくても一定程度国民の安全を確保できるようになった」という見方もできます。この”新型コロナへの耐性”は、みなさんの感染予防の習慣化、ワクチンの普及、治療法の進展、病床確保の拡充などによってもたらされたものです。簡便に使用できる経口治療薬が普及すれば、さらに耐性は増し、コロナ以前の暮らしをほぼ取り戻せるのではないかと思います。
ただし、これをもって、「よかった、よかった」とするだけではまずいでしょう。コロナ禍で学んだ教訓を活かし、炙り出された課題を解決しなければ、ふたたび新たな感染症が出現した時に同じことが繰り返されてしまいます。医療体制に関しては、この2年間でデジタル化の遅れ、不十分な検査体制、病床確保の遅れといったさまざまな脆弱性が明らかになりました。喉元過ぎれば熱さを忘れることにならないよう、改善していかなければなりません。
集中治療の現場で新型コロナと闘ってきた私が強く感じたのは、有事における政府の医療ガバナンス強化の必要性です。
日本では、医療者の裁量権が非常に広く保障されています。地域における病床数の制限や診療報酬上の縛りはありますが、基本的にどこででも自由に開業できます。また、診療科目についても、専門外であっても自由に標榜できます(「麻酔科」と「歯科」を除く)。眼科の専門医が産婦人科を標榜して開業することも可能です。たとえばヨーロッパ諸国と比べてみても、日本のほうが規制が少なく、医療者の自由が保障されています。それも要因のひとつとなって、日本の医療体制は分散型となりました。この分散型の医療体制は、平時にはコンビニのように受診できるというメリットがありました。しかし、小規模の医療機関が多いため、新型コロナのパンデミックが起こると、病床確保が難しいなどの弱点を露呈しました。
コロナ以前から地域医療構想(かかりつけ医、急性期病院、慢性期病院の機能分化と連携を進め、効率的な医療提供体制を実現していこうという取り組み)が始まっていましたが、急性期病院も中小規模のものが多いので、欧米のように拠点病院にコロナ病床を集中させることができませんでした。
感染者数や死亡者数を欧米と比較すれば、日本のコロナ対策には及第点がつけられると思います。しかし、もし欧米並みの流行状況になっていたら、現状の医療体制では悲惨な結果になっていたでしょう。将来起こるであろうパンデミックに備えて、対策を講じなければなりません。その対策の肝として、平時と有事の医療体制を切り替えるスイッチを政府が持つべきだと私は思うのです。
この2年間、スイッチを切り替えることができないがために、臨機応変かつスピーディーな病床確保ができませんでした。法的に強制力のある指揮権を政府が持っていないため、要請という形しかとれなかったからです。最終的にはその要請に従ってコロナ病床数は増えていきましたが、もっとも効いたのは補助金(病床確保料)や保険点数の見直しといった”お金”でした。
「コロナに罹っても入院できない。医療体制維持のために自粛させられて経済が回らない。われわれがこんなに苦しんでいるのに病院はなぜもっと受け入れないんだ。結局はお金儲けか」という皆さんの怒りはもっともです。一方で、病院が医療者の裁量権のもとで経営していかなければならないのも現実です。医療者側の論理ではありますが、ふだんからギリギリの経営をしている中、経営破綻だけは避けなければならないという危機感を病院は常に抱いています。破綻してしまえば、通常の診療も提供できなくなるからです。
この両者のギャップを埋めるためにも、医療有事の際の指揮権を政府に持たせることが必要なのではないでしょうか。大規模な専門病院を臨時で作る、そこに医療従事者、とくに看護師を配置する、場合によっては感染爆発地域にそうでない地域から医療従事者を移動させる、といった施策を強制力をもってスピーディーに実施するのです。
そもそも、医療は国民の健康に資するためにあり、健康保険や税金で成り立っているものです。したがって、医療者はある種公僕的な存在で、平時は裁量権を保障されているとしても、有事は政府の指揮下に入ってそれに従うべきだと私は思います。もちろん、私権を制限することになりますから慎重な議論が必要でしょう。ただし、その議論は法律家だけで進めるべきではないと思います。医療現場を実際に知っている医療者を加えて実効性のある法律にしないと、逆に手足を縛るだけの悪法になりかねないからです。慣習に囚われない人材登用を進めるべきだと思います。
医療有事のガバナンス強化だけに限らず、今後医療体制を改善していくにあたっては、医療者と異分野他業種との連携が重要だと思います。たとえば、医療のデジタル化についても、IT企業に放り投げて紙を電子化してもらえばいいというわけではありません。医療のデジタル化は急務ですが、デジタル化自体が目標なのではなく、デジタル化によって正確な記録を残し、業務を効率化し、結果として医療の安全性を高めることが目標です。紙を電子化したら業務が複雑化して仕事時間が増えてしまった…などとなってしまっては本末転倒です。そうしないためには、現場を知る医療者とIT技術者が深く連携する必要があるでしょう。
ほかにも、新しい治療を開発する研究現場や製品として提供する企業と臨床現場のコラボレーションをさらに進める必要もあるでしょう。また、病院経営はいつも厳しいわけですから経営のプロとコラボレーションしたり、医師の働き方改革へのヒントを他業種からもらったり、医療の現場が学ぶことは相当あると思うのです。
分野横断的な連携・知見の共有は、医療分野だけでなくあらゆる面で今後ますます重要になっていくのではないかと思います。
(3月18日口述 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第81回は4月4 日掲載予定です。