とうとう1日あたりの全国の新型コロナウイルス新規感染者が10万人を超えました。この急激な感染拡大を引き起こしているオミクロンはどのような変異体なのでしょうか。東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野教授の四柳宏先生に、今後の展望と合わせて伺いました。
東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野教授。東京都生まれ。東京大学医学部卒業後、ウイルス肝炎、エイズなどのウイルス感染症、特に慢性ウイルス性疾患の診療・研究にあたっている。
讃井 さっそくですが、オミクロンの特徴をお教えください。
四柳 ひとことで言えば、今までの新型コロナウイルスとは大きく異なる性質を持つ変異体です。新型コロナウイルスの細胞への侵入方法のひとつは、細胞に発現するACE2という受容体(レセプター)にウイルス表面の突起(スパイク)の中のレセプター・バインディング・ドメイン(受容体結合ドメイン)という部位がくっつくことです。オミクロンでは、このレセプター・バインディング・ドメインに非常に多くの変異が入っています。
もうひとつの侵入方法は、ACE2を介さず、細胞とウイルス自体が直接融合するというもので、オミクロンはおもにこの方法で細胞に感染するとされています。これはデルタまでには見られなかった特性です。
讃井 臨床的には、オミクロンによる第6波では肺炎を起こして重症化する患者が少ないと言えます。
四柳 オミクロンとデルタを比べると、オミクロンは肺での感染効率が悪いというデータがあります。じつは、ACE2の発現が最も多いのは鼻腔で、口腔、咽頭、気管と下に行くにつれて発現が下がります。ですから、もともと新型コロナウイルスは鼻や喉に感染しやすいウイルスといえるのです。ただ、それにも増してオミクロンは上気道(鼻腔から咽頭まで)への感染力が非常に強いという特徴があります。
感染者に占める有症候者の割合や、どのような症状があるのかを調べるためには、空港検疫のデータを見るとよいのですが、それによれば、オミクロンの症状の中で多いのが咳です。感染者の中で症状がある人は約2割で、その内半分ぐらいの人に咳があるのです。次いで、喉の痛み、発熱、頭痛が同じぐらいの割合となっています。このように上気道の症状が多いのも特徴的です。
病原性についてはたしかに弱くなっていますが、忘れてはならないのは、新型コロナ感染症は、症状が出る前から人を感染させる量のウイルスを排出することです。これは感染症をコントロールしていく上で大きな問題であり、「インフルエンザ並み」という言い方がしばしばされますが、インフルエンザと同じように考えるものではないと思っています。
讃井 病原性が弱まったとはいえ、感染者が爆発的に増加したことによって重症患者、死亡者も増えています。ただ、その増え方は緩やかな印象があります。
四柳 ワクチンを2回接種している方が多いからでしょう。2回接種から時間が経って、いわゆるブレークスルー感染をする方が多くいます。PCR検査は1回のサイクルごとにDNAを複製して倍々ゲームのようにDNAを増やしていく検査法なのですが、ワクチンが行き渡っていない頃のデルタでは10サイクル程度でウイルスのシグナルが出てきました。しかし現在は、ワクチンを打った方だと20サイクルぐらいかけないとシグナルが出てきません。検体は上気道に近い鼻腔や鼻咽頭で採取しますので、上気道に感染しやすいというオミクロンの特徴からすれば、デルタよりも早くシグナルが出てくるはずなのにです。これは、ワクチンの効果によるものだと考えています。 ただし、オミクロンが上気道に感染しやすく肺には行きにくいといっても、ウイルスを吸い込んでしまうこともあります。最近では、デルタに比べれば少ないながら、肺炎の症例も増えてきました。
讃井 オミクロンに対して、ワクチンのブースター接種の有効性はあるのでしょうか?
四柳 オミクロンの場合、3回目を接種すると2回接種に比べて19~27倍の抗体価を誘導できます。ただし、もともと2回接種していてもオミクロンに対する中和能力は十分には獲得できていなかったので、デルタなどに対するブースターの効果には及びません。それでもそれに近いぐらいの抗体価を得られますので、3回目の接種は非常に重要だといえます。
讃井 「モデルナは打ちたくない」といった声もあるようですが、ワクチンの種類についてはどのように考えればいいのでしょうか?
四柳 ファイザーにせよモデルナにせよ、どちらにも長所も短所もあると思います。モデルナについては、その副反応を心配されているのだと思います。一方で、モデルナのほうが、高い抗体価を得られるというデータがあり、免疫学的に広い範囲のウイルスをカバーすると言われています。「どちらを打つのがいいですか?」とよく聞かれるのですが、「どちらでも、打つ機会があるのだったら早く打ってください」と答えています。 讃井 第6波を収束させるためには、やはりワクチンの3回目接種が鍵になるのでしょうか?
四柳 第5波を収束させた要因として、6月ぐらいからワクチン接種が急ピッチで進み、多くの日本人が高い抗体価を持ったことがあげられると思います。あの時と同様に、3回目のワクチン接種を急ぐべきでしょう。もちろん、今までどおり基本的な感染予防策も重要です。その際、マスクを過信せず、寒い時期ではありますが換気をするよう気を付けていただきたいですね。
讃井 新型コロナ感染症は、どのような形で収束するのでしょうか? また将来、同じようなパンデミックが起こるのでしょうか?
四柳 第6波収束後も、新たな変異体によって次の波は来ると思います。それを繰り返しながら、われわれ人間が免疫を獲得していき、ウイルスも次第に病原性が弱くなっていくことでしょう。たとえば新型インフルエンザ(H1N1)は人に馴化してだんだんおとなしくなってきました。しかし、それでも年間数千人の命を奪う感染症です。新型コロナウイルスが鼻風邪程度のウイルスになって収まっていくのか、インフルエンザと同程度の病原性を持つウイルスになるのかまでは、予想はできません。
将来のパンデミックの可能性については、人畜共通感染症という観点で考えなければなりません。2002年のSARSと今回の新型コロナウイルスはコウモリ、2012年のMERSはヒトコブラクダを主な宿主とするウイルスです。他の動物や鳥のウイルスが種の壁を越えて人間に感染をすると、非常に重篤な感染症を起こす可能性があるのです。では、なぜ種の壁を越えたかというと、その大きな原因の一つは森林伐採などの自然破壊により人と動物の距離が近づいてしまったことです。環境を元に戻すのは簡単ではありませんから、人間と動物・鳥が接しやすい状況はこのまま続きます。ですから人間に感染しやすく、病原性も高い人畜共通感染症はこれからも出てくると思います。
讃井 次のパンデミックへの備えが必要だということですね。とはいえ、まずは新型コロナウイルスとの戦いを終わらせなければなりません。 四柳 そのためにはメリハリのついた対策が必要だと思います。常に我慢を強いられ続けたら、耐えられませんよね。ですから、昨年後半のように比較的落ち着いている時期は緩めて、日常生活を楽しむ。でも、現在のように流行期には締めていただく。そのようにメリハリをつけて、この新型コロナウイルスとの戦いを皆で乗り切って行きたいと私は思っています。
讃井 ありがとうございました。
(1月26日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、四柳教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第79回は2月21 日掲載予定です。