昨年5月から始まった本連載は70回を超えました。これまで、集中治療室を中心に医療現場の状況や医療体制の問題点、感染予防策、新型コロナウイルスによって起こる症状や治療法・ワクチンについての最新知見などをできるだけわかりやすく、かつ正確に伝えようと務めてきました。このような情報発信をしようと思ったのは、第1波のさ中にテレビ・新聞の取材を受けた際、メディアが私の発言を切り取って、あらかじめ決めていたストーリーに沿って使うなど、ミスリードさせるような 誤解を招きかねない報道が多いと感じたからです。その印象は2年近く経った今でも変わりません。一方で、自ら直接情報発信をする難しさ、すなわち伝えることの難しさも実感しています。
そこで、計量経済学というデータ分析手法によってネットメディアなどを研究されている経済学者の山口真一先生に、「どうすれば正しく伝わるのか」をテーマに3回にわたって教えていただきます。
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授
1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネス等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学兼任講師、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、総務省・厚労省の検討会委員などを務める。
讃井 コロナ禍において玉石混交の情報が氾濫しているのですが、山口先生はそれについての研究もされているのでしょうか。
山口 最近は主に二つの研究をしています。一つはフェイクニュース全般について。人々のフェイクニュース接触行動、あるいは拡散行動の調査・分析です。もう一つは、ワクチンデマに特化した研究です。Twitter上でのワクチンデマの時系列の推移や、それを広めてる人が一体どれぐらいいるのか、さらにファクトチェックの効果などを分析しています。
讃井 日本でワクチン接種が順調に進んだのは(11月15日時点で1回以上接種者78.4%、2回接種完了者75.1%)、その効果・安全性がきちんと伝わったからだと思います。一方で、誤情報やデマも流れ続けています(編集部注:公益財団法人「新聞通信調査会」の世論調査によると、55.5%の人が新型コロナワクチンに関して不確かな情報やデマと思われる情報を「見聞きしたことがある」と答えた)。それらに騙されてしまう人に、何か共通する特徴はあるのでしょうか。
山口 そもそもワクチンとデマは、非常に相性がいいんです。主に三つの理由が挙げられます。第一に、米国大統領選挙でも見られたように、多くの人に関係すればするほど、人々の関心が高ければ高いほど広がりやすいというフェイクニュースが持っている性質です。
第二に、高度な専門知識が必要であること。ワクチンについて詳しく正確に知識を身に付けている人はごく少数で、一般的な人は専門知識がありません。すると、知識がないので不安になります。この不安な感情が、フェイクニュースの拡散メカニズムにおいて非常によく機能するんです。
第三に挙げられるのは、デメリットが目立って、メリットが目立ちにくいというワクチンの特徴です。ワクチンを接種すると副反応が出ます。これはファクトですが、発熱がけっこう強く出る方もいて、そういうデメリットは目立ちます。一方で、メリットはわかりにくい。
讃井 たしかに、新型コロナワクチンには感染、発症、重症化を予防する効果があるとデータで示されており、それは疑いのない科学的事実なのですが、個々人の目にはワクチンの効果は見えにくいですからね。感染しなかったとか重症化しなかったというのが、ワクチンを打ったからなのかどうかは個人レベルでは基本的にわかりません。
山口 このようにデメリットのほうが目立つと、「ワクチンには有害物質が入っている」といったような話が広まりやすくなってしまうんです。
では、なぜ少なからぬ人が騙されてしまうのでしょうか。これにもいくつか理由があります。
たとえば、「ワクチンによって人口減少を目論んでいる」とか「新型コロナウイルスはそもそもワクチンを広めるための茶番だ」といった陰謀論が世界的に流布しています。こうした陰謀論を信じてしまう人の特徴の一つとして、政府に対する信頼度が低いということがわかっています。政府が新型コロナ感染症やワクチンの情報を出しても、政府のこれまでの政策に対して不信感があれば、なかなか信頼できないでしょう。
他にも、教育、宗教、価値観などさまざまな要因が複合的に絡んでデマや陰謀論を受け入れるのだと考えられます。さらに、検証の難しさもあります。たとえば、「ワクチンを打つと不妊になる」という話が一時かなり広まりました。
讃井 ワクチンには妊娠に影響を与えるホルモンや化学物質が含まれていないことが明らかにされていますし、アメリカの研究によって妊娠中の接種についても流産率を上げることはないとわかっています。また、長期的な副反応についても、mRNAが数週間以内に体内から消失することから極めて考えにくいと言えます。
山口 とはいえ、「5年後に何も起こらない証拠は?」と言われると、現段階では検証しようがありません。こういった検証の難しさも誤情報が広がる背景にあると思います。
讃井 では、誤情報・デマを発信する側にはどんな動機があるのでしょうか?
山口 一つは経済的理由です。英語圏のSNS上で拡散された誤情報の65%は、“ディスインフォメーション・ダズン“とよばれる12の人や組織が作成して拡散していたことがわかっています。その“ディスインフォメーション・ダズン“が何をやっているかというとビジネスなんです。反ワクチン的な言説を流すことによって、彼ら自身の本を売ったり、健康食品を売ったり、有料セミナーを開いたりして莫大な収益を得ています。日本でも反ワクチン的なインフルエンサーで本を売ったりしている方が複数いますが、ある程度そういったビジネス的な動機があるのかもしれません。
ただ、日本の場合は、おそらく多くの人が、「ワクチンは危険なもので、体に悪い。打つべきではない」と真剣に心配し、それを強く主張しているのではないかと思います。炎上に関する私の研究では、炎上で書き込んだ人のうち約60~70%は正義感から書いています。人間というのは、自分が正しいと思った時ほどエネルギーを発揮するんです。
炎上に書き込む人の動機「アイスケース炎上事件」より山口准教授が調査・作成。
讃井 医学知識や科学的態度に基づき本来同じ土俵に立っているはずの医師の中にも、少数ですが標準的でない主張を唱える方がいます。ワクチンだけでなく、有効性が示されていないイベルメクチンを治療薬として推奨している医師もいます。そういう方たちは、臨床研究結果をスタンダードな方法で解釈し、薬剤の立ち位置を客観的、中立的に捉え、発信しようとせず、山口先生がおっしゃるように、自分の信念・正義を貫こうとしてエネルギーを発揮しているという印象があります。自説を否定されればされるほど反発するという面もあるのでしょうか? 山口 そうですね。どんなことに対してもさまざまな考え方があって、ネガティブな人もいればポジティブな人もいるものです。ただ、ワクチンに関しては、ポジティブな人の割合が小さくなると、ワクチンの効果が限定的になってしまうので、社会として困るわけです。ですから、なんとかして打ってほしいと積極的な接種勧奨が行われたり、国によってはレストランに入るのに接種証明が必要になるなど、施策が強まっていきます。すると、ネガティブな人は恐怖を感じるでしょう。だから、「打て!」と言われるほど激しく反応し、その意見が少数派であっても目立ってしまうんです。
讃井 ありがとうございました。次回は、引き続き山口先生に、そういった誤情報にどう対処すればいいのかを伺いたいと思います。
(11月9日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、山口准教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第72回は11月29日掲載予定です。