4都府県の緊急事態宣言が延長され、愛知県、福岡県にも発令されることになりました。この厳しい状況の中で医師にできるのは、目の前の新型コロナウイルス感染症患者の命を救うことと、病床確保など医療体制の強化に協力することだけです。
私はかねてより、新型コロナ感染症の拡大期に限られたリソースを有効活用するためには、分散型より、専門の病院を作って機能を集中させるほうが合理的、効果的だと訴えてきました(第39回、第47回参照)。今回は、神奈川県の湘南鎌倉総合病院で仮設病棟の責任者をされている小山洋史先生に、集中化の実際についてお話を伺います。
救急医・集中治療医。2003年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業。現在湘南鎌倉総合病院集中治療部部長。「神奈川県立臨時の医療施設」の病棟責任者として開設時よりCOVID-19の診療及び調整業務に携わる。
讃井 新型コロナ感染症専用の仮設病棟について、まず概要をお教えください。
小山 「神奈川県立臨時の医療施設」は国内初の公立仮設医療施設で、設置者は神奈川県、運営者は当院(湘南鎌倉総合病院)を運営する医療法人・沖縄徳洲会となっています。当院に隣接する湘南ヘルスイノベーションパークのグラウンドに5棟180床のプレハブ病棟を昨年6月までに建て、これまでに1100人以上の中等症患者を診療してきました。
2020/5/18(開設が5/18、最初の患者の入院が5/20)-2021/5/5まで1189名の患者を診療を行った。入院患者数は2021/1/17に最大の104名に到達し、2021/1/15には一日あたり最大数の15人の新規入院を受け入れた。
讃井 診療患者数でも国内トップクラスですね。それだけ大規模な病棟を、しかも非常に短期間で建設したのはすごいことです。200床近い中規模病院を新たにひとつ作るというミッションともいえるわけですが、それを可能にしたのは何だったのでしょうか?
小山 徳洲会は今まで病院をたくさん起ち上げてきていますので、その点についてノウハウを持っていたのが大きかったと思います。資材やロジなどさまざまなノウハウを活用することができました。たとえば、仮設病棟の中にCT室を設置しました。これは非常に有効で、酸素必要量が上昇する前に画像上肺炎が広がっているのを見つけられ、早めにステロイドを使うといった対応を取ることができます。
院内敷地内に独自に設営した仮設病棟をA病棟と称した。臨時医療施設はB、C、D、E、Fの5病棟と管理棟で構成されている。D病棟はA病棟を移設したものである。上下ともに「第48回日本救急医学会総会・学術集会」にて発表した資料より抜粋。
讃井 どのような経緯で仮設病棟を作られたのでしょうか。
小山 当院は感染症指定病院ではないので、ダイヤモンドプリンセス号の時は、フランス人の夫婦2名を要請に従って受け入れただけでした。ところが2月末、当院の外来を受診した方が帰宅途中に体調が悪化して救急搬送されてきて、検査したところ新型コロナに感染していたということが起こりました。これで危機感が高まりました。
実際に新型コロナ感染症で入院患者を受け入れたのは3月上旬からで、当初は本院内に専用病棟をひとつ設けて対応しましたが、すぐに専用病棟を外に作ろうという決定がなされました。当院は救命救急センターの役割を担っており、ポリシーとして「いかなる救急も断らない」を一丁目一番地にしています。ですから、感染が拡大すればたくさんの感染患者が集中することが想定され、受け入れ態勢を整える必要がありました。かつ、他の入院患者やスタッフの安全を守るためには、本院から分離して外に専用病棟を作るのが合理的でした。
讃井 かなり早期、第1波が始まる頃には仮設病棟建設に動き始めていたんですね。
小山 はい。こうして3月中に敷地内に約30床の仮設病棟の建設を始めたところ、県から隣接するグラウンドにもっと大規模な建設するので運営をお願いできないかという打診がありました。それを受けて、4月22日に着工し、5月18日に1棟目が完成。その後も病棟を増やし、敷地内に作った病棟も移設するなどして、6月30日に全5棟が完成しました。
「第48回日本救急医学会総会・学術集会」にて発表した資料より抜粋。
讃井 どのような症状の患者を受け入れているのですか?
小山 中等症に該当する患者を入院対象としています。人工呼吸器以外の酸素投与を必要とする全ての患者、高齢者や基礎疾患がある方など重症化リスクのある患者などです。その中には、透析患者や精神疾患のある患者も含み、そういった方の受け皿にもなっています。
本来、当院は救命救急センターですので重症患者を診療する能力、キャパシティを持っています。その当院が中等症に特化するというミスマッチが、逆に奏功したと思っています。というのも、重症化に対する恐怖感がそれほどなく、24時間体制で受け入れることへの抵抗感もないので、心理的に余裕を持って診療できるからです。 さらに、設置者は県だけれども、運営はわれわれ民間に任されたというミスマッチも、うまく機能した要因です。もともと全ての職種において24時間体制で救急患者を断らずに受け入れるための体制・スキームが構築されていますので、その体制・スキームをそのまま移植し、フレキシブルに対応することができたからです。
讃井 患者が重症化した場合の対応は?
小山 救命救急センターなので自宅などで重症化した患者が本院に救急搬送されてくるケースがあります。また、仮設病棟に入院している方が重症化する場合もあります。いずれも、県を通して調整をかけていただき、重症患者を診ている施設に転送するのですが、今までのところ転院先が決まらなかったことは幸いにも一度もありません。ですから、状態が悪化した患者に気管挿管をして人工呼吸器管理まで継続して仮設病棟で診療を続けるというケースは今のところありません。重症化しても転送できると県が担保してくれているのはすごくありがたくて、これは臨時医療施設がかなりのボリュームの中等症患者を受け入れても回せているひとつの要因になっていると思います。
また、入院患者の症状が改善してきたときの後方支援病院への搬送システムも県が整備しています。規模やマンパワーの問題で急性期の新型コロナ感染症患者は診療できないけれど、回復期の患者だったら受け入れられるという病院は相当数あって、県がそれをリスト化しているんです。
以上のように重症化した場合もステップダウンする場合も転送システムが整っているので、臨時医療施設では中等症患者を昼夜問わずまず受け入れることに注力できています。現在は、医療が逼迫して厳しくなった地域から中等症患者が搬送されてきます。それは全県レベルになっていて、臨時医療施設は県内医療のバッファ(緩衝装置)的な役割を果たせていると思います。
讃井 医療体制を集中化する際には周辺病院との緊密な連携が欠かせないと思いますが、病院ごとの役割分担が整っているんですね。その一方で、集中化した病院をうまく回すためには、内部の人員の配置も重要なはずです。その点はいかがですか?
小山 看護師は完全に本院と切り離して仮設病棟の専属勤務とし、この本院からの看護師に加えてグループ病院からの応援、および新たに募集した看護師も含めた混成チームとしました。医師はシフト制にしていますが、本院の通常診療を回すためには、どうしても掛け持ちにならざるを得ません。患者が出す飛沫に暴露するリスクは、気管挿管している重症患者よりも発症から日の浅い中等症患者のほうが高いと思いますので、本院と仮設病棟を行き来する医師の予防策には神経を使いました。ただ当初から長期戦を見据えていましたので、一部の医師だけに過負荷がかかる体制にだけは絶対にしないように配慮してきました。
専従医に加えて曜日毎や週替わりで交互に医師を配置して、各日勤帯に3-5名程度診療に従事する体制をとっている。夜間当直は1名で各診療科の持ち回りでカバーしているが、ピーク時には夕方からの新入院が激増したため、医師の準夜勤務を作って人員を補填するなど柔軟な対応を行っている。「第48回日本救急医学会総会・学術集会」にて発表した資料より抜粋。
讃井 診療を嫌がる医師や看護師はいませんでしたか?
小山 基本的に医師も看護師もボランタリー(自発参加)なので、仮設病棟でいやいや働いている人はいないと思います。医師に関しては、集中治療や救急だけでなく、内科や外科などさまざまな部門の先生が参加しています。さらに、かつて当院で研修したOBや募集に応募してきてくれた医師なども、「ぜひ手伝いたい」と前向きに診療してくださっています。のべにすると50人以上の医師が関わっていると思います。
このように自身の専門性に関わらず多数の医師が関わっていることもあり、当初から診療のマニュアルをテンプレート化するなど、誰がやっても迷わずに同じオペレーションができるような仕組みを作ってきました。看護師の中には、「本院の業務のほうが大変でした」と言う人がいるぐらいです。
讃井 ハイボリュームで診療することの負荷はいかがでしたか?
小山 現場の負荷は、病床数という静的な要素だけでなく、新規入退院数という動的な要素に大きく影響されます。たとえば、100人入院していて1日に1人ずつ入退院するのと、50人入院していて10人入退院するのを比べると、後者のほうが現場の医療者の体感的な負荷量は大きいと私は感じます。ですから、医療者以外には分かりにくいと思いますが、10床空いていることと新規入院10人受け入れ可能なことは同義ではありません。
讃井 最大で1日に何人入院されたのですか?
小山 第3波の今年1月中旬に1日で15人の方が入院された日がありました。また夜間だけで9人の方を受け入れた日もありました。
讃井 それは多い。相当大変だったでしょうね。
その他、実際に集中化した仮設病棟での診療を経験されて、どのような気付きがありましたか?
小山 やってみて初めてわかることがたくさんありました。プレハブの病棟ですから、気密性が低いので陰圧化できない、酸素の供給に上限があるので常に酸素投与量を計算する必要がある、微妙な温度管理が難しい、遮音構造にできないので音がうるさい、などです。また、1年近くたって、ドアのがたつきなど耐久性の問題も見えてきました。ただ、それらは大問題になるほどではなく、患者からの苦情も出ていないので許容範囲ではないかと思っています。
新型コロナウイルスについては病棟内に閉じ込め、細心の注意を払うことで医療従事者への感染を極力防ぐことができました。ただ、いったんレッドゾーンに入るとPPE(防護具)の交換が難しくなるため、接触で伝播する新型コロナ感染症以外の感染症のコントロールが難しい――そういうこともわかりました。 とはいえ、総じてメリットが大きかったと考えています。なんといっても診療するボリュームが大きいと、経験値が飛躍的に高まり、より適切な治療方針の選択ができるようになります。また、臨時医療施設のように24時間体制で中等症患者を受け入れる受け皿を作るという神奈川県の集約化戦略は、今後検証の必要はありますが、私としては有効だったのではないかと感じています。ひとつには、各地域の医療体制の逼迫度に応じてバッファとして機能することができるからです。さらに、重症化するかもしれない患者を遅滞なく病院の管理下におければ、治療開始も早まり、それが良好なアウトカムにつながる可能性も期待できます。
讃井 ありがとうございました。
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小山先生のお話で、集約化のメリット、自治体と民間病院の連携(自治体のリーダーシップと権限委譲)の重要性がよくわかりました。さらに、もっとも大事なのは医療従事者の熱意であることをあらためて確認しました。
たしかに、先が見通せないパンデミックの中、大規模仮設病棟を滞りなく運営するには、頑健なハードウェア、無理のない労働環境、システム化された業務、医療機関や個人に対する十分な手当などが重要なことは言うまでもありません。しかし、その前提として、純粋に“困っている人の役に立ちたい”という医療従事者自身の熱意がないと続かないでしょう。小山先生のお話を伺いながら、病院全体がそういう熱意のある人たちの集団であるからこそ成功したのではないか、という思いを強くしました。
私自身、自分の原点を振り返り、今後も現場に立ち続けるためのスピリットをあらためて吹き込まれた気がしました。
(5月4日対談、5月8日一部口述 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、小山先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第51回は5月17日掲載予定です。