前回は、イギリスの新型コロナウイルス感染症の状況、イギリスの医療・検査体制について、レスター大学の鈴木亨教授に伺いました。今回は、「世界と伍して戦うこと」をテーマにお話ししていただきます。新型コロナ感染症の話題からは離れますが、これも日本がチャレンジすべき重要かつ深刻な問題点だと考えるからです。
英国レスター大学医学・生命科学研究科副研究科長、循環器内科教授、レスター ・ライフサイエンス・アクセラレーター (イノベーション研究所)所長。東京大学循環器内科での勤務を経て、2014年に渡英。レスター大学の循環器内科教授として大学ならびに英国の循環器疾患の拠点病院である附属グレンフィールド病院で、臨床と研究の両方に従事。
讃井 鈴木先生は、どのような経緯でイギリスに行かれたのですか?
鈴木 もともとは東大の循環器内科にいまして、おもに血管疾患、とくに大動脈疾患の臨床と研究を行なっていました。7年前にレスター大学から附属のグレンフィールド病院に教授で来ないかというお話をいただき、渡英しました。
リクルートにあたって、イギリスの大学はまず自分たちの大学のビジョン、ニーズを明確にします。そして、それに必要なスペックを持ったトップランナーを世界中から探すというやり方をとっています。ヨーロッパ以外から臨床系の教授を迎えるというのは非常に珍しいケースなのですが、私はたまたまニーズに合っていたのだと思います。その理由のひとつとして、イギリス(また欧米全般)では心臓血管疾患が非常に多く、死亡原因の疾患としては首位ですが(日本では癌疾患)、今まで大動脈疾患や血管疾患の診療体制は十分に整備されていませんでした。大動脈疾患の患者数が年々増えており、大動脈疾患を診られる医師が欲しかったというのがあるかもしれません。
讃井 レスター大学とはどのようなところなのでしょうか。
鈴木 ロンドンから160キロくらい北、イギリスのだいたい真ん中に位置するレスター市内にあるレスター大学附属グレンフィールド病院は、循環器疾患を中心にイギリスを代表する病院です。日本でいえば、国立循環器病研究センターといったところでしょうか。心臓血管疾患の患者数については、もっとも多く診ている英国の病院のひとつです。イギリスのメインのECMOセンターでもあり、新型コロナウイルス感染症においても、国内で最も多くの患者を治療している病院のひとつといえます。
讃井 プロフィールにあるとおり、そのイギリスの中核病院であるレスター大学で鈴木先生はさまざまな職責を担われていらっしゃいます。実際どのようなことをされてきたのか、代表的な仕事を教えていただけますか。
鈴木 臨床と研究、両方をやりながら、昨年から大学のライフサイエンスイノベーション研究所の所長ならびに研究科の副科長を務め、大学の運営にも関わっています。研究面では血管疾患以外は、フェノーム研究とデータサイエンスに注力しています。ゲノム研究は生まれつきの特性を遺伝子の解析を通して明らかにする領域ですが、フェノームは生まれたあとや病気になったときの変化を明らかにし、遺伝情報と相まってどのように病気や老化に影響するかを研究する研究です。英国はゲノム研究を先導してきましたが、その次のステップであるフェノームにも注力しており、英国のフェノーム研究のナショナルプロジェクトにも参画しています。また、英国の医療システムは病歴等の患者情報を集めて病気の統計解析をしたり、IT等を導入して次世代の医療技術を提案したりしていますが、私も臨床情報を用いたイノベーションを目指しています。診療の面では、大動脈疾患の内科的診療体制を英国の病院ではじめて立ち上げたことが臨床における最大の貢献になると思います。さらに現在は、全国の大動脈疾患の医療サービス体制を今後どう整備していくのかを考えていく立場にあります。
讃井 そのような重責を担う人材として鈴木先生がヘッドハンティングされたのは、日本国内での業績が評価されたわけですね?
鈴木 大動脈疾患の国際共同研究に20年ぐらい関わり、海外の医師や研究者と連絡をとっていたこともあると思いますが、強調したいのは、日本の大動脈疾患の診療が世界のトップクラスだということです。私もそこで学び、育てていただいたからこそ、今があります。
問題は、日本がトップクラスであることがなかなか世界に伝わっていないことです。大きな要因として、英語で積極的に発信しないことがあげられると思います。
私の場合は、指導してくださった先生方が、「鈴木、世界に発信しろ」、「早く英語の論文を出せ」とずっとハッパをかけてくださいました。きつかったですけれど、論文によって、あるいは学会の場で、世界にむけて日本で私たちがやっていること、新しい研究やイノベーションを発信し続けました。その結果、声がかかった――サッカーでいえば、プレミアリーグからオファーがきたのだと思います。
讃井 素晴らしい。
鈴木 それは日本が素晴らしいからなんです。私自身、日本の中で頑張っていたら、たまたまイギリスから声がかかって、渡英してみたら日本で学んできたことが活きたわけですから。
だから、日本の若くて優秀な先生方が、世界に向けて日本の素晴らしさを発信し、海外で戦ってほしいと思います。日本の優秀な先生たちには、もっともっと挑戦してもらいたいですね。
讃井 たしかに、世界への発信力は弱いと思いますし、海外に挑戦する方も多いとは言えません。日本人はドメスティックな考えから抜け出せないからかもしれません。
鈴木 日本とイギリスは同じ島国で、似ている面も多いのですが、今大きく異なると感じるのは、イギリスはドメスティックな考えでは動いていないことです。
日本人が持っているイギリスのイメージは、いまだに明治時代に日本が西洋化する時にお手本としたイギリスなのではないでしょうか。世界に冠たる大英帝国のイメージです。しかし、イギリスに暮らしてみるとそのイメージは一変します。現在のイギリスには大英帝国時代の優雅で余裕のある左団扇的な雰囲気はなく、生き残るためにものすごく必死です。トップであり続けたい、そのためには何をすべきかを必死で模索しています。目的はトップであり続けることですから、必要ならば海外から人材を受け入れることに抵抗感はありません。
サッカーのプレミアリーグがいい例です。海外から優れた選手を集めていますよね。ただし、目的は最高峰のリーグであり続けることですから、海外から来た選手には高い水準、トップパフォーマンスが求められます。したがって常にコンペティション=競争があるんです。
医療も同じです。イギリス人の医師だけでなく、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、インドなどさまざまな国から医師が集まり、腕一本で勝負しています。私がいる循環器センターもイギリス人は半分くらいで、それこそプレミアリーグです。
讃井 私もフロリダで6年間学びましたので、よくわかります。海外での競争は成長につながりますよね。
鈴木 海外に出たらきついですよね。プレミアリーグでも、つねにトップパフォーマンスが求められ、チームメートやライバルも世界中から集められたトップ選手ですし、控えの選手も非常にレベルが高く、出場機会を待っています。私も、日本で身に着けた基礎技術を武器に、それをイギリスでもっと高めようと必死にやってきました。それは、海外に行くこと自体が目標ではなく、海外で活躍することが目標だからです。その結果、今ではイギリスの医療を引っ張っていく一翼を担わせてもらっています。
医療また医学の世界もここ20年は急速に国際化しており、インターネット等の普及も影響していると思いますが、英語が世界共通言語として定着し、医療や医学の国際的な再編成が進みつつあるなか、英語圏が強さを発揮していると思います。若い皆さんには、もっと世界を経験してほしいと思います。志を持ち、自分は世界で通用するんだというメンタリティを持って、世界に挑戦してください。
讃井 ありがとうございました。鈴木先生のお話は、海外にいらっしゃるからこそ見えてくる今の日本のウィークポイントなのではないでしょうか。かつ、イギリスでご活躍されているからこその説得力でした。
鈴木先生は、急性大動脈解離(急激に血管壁が裂けて、大動脈の中にもう一つ血液の流れができて血管が腫れてしまう重篤な病気 http://www.jsvs.org/common/kairi/index.html)の国際共同臨床研究グループThe International Registry of Acute Aortic Dissection (IRAD)の設立当初から、主要メンバーとしてご活躍され、英国レスター大学の循環器内科教授に抜擢された先生です。特に、難しい急性大動脈解離の診断(除外)に、新たに簡便な血液検査(Dダイマー)を使うことを提唱し、脚光を浴びました。
英国の新型コロナウイルス感染症の状況をお伺いしようと考え、インタビューさせていただきました。しかし、ゲノム大国としての英国の一面(第45回)だけでなく、人材登用を例にとって、ゴールのためにあくまで合理的かつオープンな競争社会である側面をご紹介いただきました。また、その背景に、世界に冠たる英国のプライドと、生き残りをかけた国家戦略があるのではないかというメッセージは、傾聴に値するものです。
最後に、日本の若者の国際的活躍への期待も語っていただきました。私も鈴木先生と同じ考えで、医療に限らず日本人は内向きな傾向を強めていると危機感を抱いています。若い皆さんには、ぜひ世界で勝負してほしいと私も思います。
(3月19日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属組織・学会と離れ、讃井教授、鈴木教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第47回は4月19日掲載予定です。