讃井 今回も臨床の最前線で新型コロナウイルス感染症を診てきた忽那賢志先生にお話を伺います。
感染症専門医。2004年に山口大学医学部を卒業し、2012年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。感染症全般を専門とするが、特に新興再興感染症、輸入感染症の診療に従事し、水際対策の最前線で診療にあたっている。
讃井 感染力がある程度強くて、かつある程度重症化しやすい――新型コロナウイルス感染症が非常にやっかいな感染症だという話を前回していただきました。しかし、最初はわからなかったことが、少しずつわかってきてもいます。そこで、さまざまなトピックについて、これまでにわかってきた知見を整理したいと思います。 まず無症状の感染者(無症候性感染者)と偽陰性について。無症状の感染者には、①無症状ゆえそもそもPCR検査を受けていない、②PCR検査で陽性、③PCR検査で陰性となったいわゆる偽陰性、の3つのケースが考えられます。このうち、とくに問題となるのは①と③です。
忽那 たとえば、今の日本の院内感染の現状を見てみますと、PCR検査で陽性となった患者さんから医療従事者に感染している事例というのは極めて少ないんです。院内感染の多くは、新型コロナ感染症だとわかっていないけれどじつは感染していた、あるいはPCR検査をやって陰性と出たので隔離解除したらその患者さんから広がってしまったというケースです。
讃井 無症状でも感染力がある、無症状で検査陰性でも感染していて感染力を持っていることがある。これは本当にやっかいです。
忽那 1番いいタイミング――1番偽陰性が少ないとされる発症後3日目に検査しても2割は偽陰性になると米国内科学会の医学学術雑誌に報告されています。どのタイミングでとっても偽陰性は起こり得るものだといえるでしょう。
一方で、無症状の感染者には発症前の人(=その後発症する人)と最初から最後まで症状が出ない人がいるわけですが、発症前の人のほうがウイルス量が多くて症状がないうちから感染を広げている、かつ発症前に感染性(=他人へのうつしやすさ)のピークがあると言われています。一貫して無症状の人も、咽頭などでウイルスが増殖していて会話などで感染させ得るといわれていますが、発症前の人のほうがうつしやすいということです。
讃井 だからこそ症状の有無にかかわらずマスクの着用が重要になるわけですね。
忽那 「症状がある人だけマスクをつける」から「症状の有無にかかわらずマスクをつける(ユニバーサルマスク)」に新型コロナ感染症で考え方が変わりました。ユニバーサルマスクが新型コロナ感染症の感染を減らすというエビデンスも明らかになってきています。この考え方の変化が、ひとつの転換点になったと私は考えています。
(参考:https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20201010-00202347/)
讃井 つづいて治療法について。レムデシビル(抗ウイルス薬)とデキサメタゾン(ステロイド系抗炎症薬のひとつ)を使うようになって、重症化はかなり抑えられるようになった印象を私は持っています。
忽那 ヘパリン(抗凝固薬)なども効いている印象があります。レムデシビルとデキサメタゾンを使い始めたのはほぼ同時期だったので、どちらが効いているのか、あるいは両方が効いているのかについてはわからないのですが、少なくとも重症化する人が減っているのは実感します。
讃井 トランプ大統領に投与された米リジェネロン社のモノクローナル抗体は効くんでしょうか? 第Ⅱ相試験(比較的少数の患者に投与し、有効性・安全性を調べる臨床試験。第17回参照)が終わるか終わらないかぐらいの試験段階の薬ですが…。
忽那 トランプ大統領に投与されたのは2種類のモノクローナル抗体のカクテルで、有望な薬ではあると思います。現在新型コロナ感染症に使われているレムデシビルはもともとエボラ出血熱に対する抗ウイルス薬です。そのエボラ出血熱のランダム化比較試験(RCT)でレムデシビルより効果があったおがモノクローナル抗体です。新型コロナ感染症に対しても同様なのかはさらなる検証が必要ですが、可能性は十分あるでしょう。ただ、試験段階の薬をいきなり大統領に使うというのはいかがなものなのか。すごい国だとは思いましたけどね。 讃井 忽那先生が研究を進めている回復者血漿療法の可能性はいかがですか? 献血は退院された方にご協力をお願いしているのでしょうか?
回復者血漿療法:感染症から回復した人から血漿(血液の中から赤血球・白血球・血小板などの血球成分を取り除いたもの。さまざまな抗体が含まれる)を提供してもらい、それを患者に投与する治療法。
忽那 4月から回復者血漿の研究を始めたのですが、当初6月ぐらいまでは、当院に入院された患者さんに研究への参加をお願いしていました。現在は一般への告知を始めて、他の病院に入院された方やホテル隔離だった方の参加が約9割になっています。現在まで200人ぐらいの方に参加していただいていますが、そのうち血漿保存の適格者は50人ぐらい。4人に1人ぐらいの割合で、抗体価が高い方に献血をお願いしています。
讃井 実際それを投与された患者さんに効果は認められましたか?
忽那 研究は始まったばかりで、投与したのは数人ほどです。重症に至る前の患者さんへの効果が期待されていますが、まだわかりません。ただ、副作用はそれほどないのかなという印象を得られています。
讃井 ワクチンに関してはどのような見方をされてますか?
忽那 やはり最終的にはワクチンが新型コロナ感染症の解決策になるんだろうと思っています。一方で心配しているのは、現在世界中で再感染する人がどんどん出てきていることです。自然感染で獲得する免疫よりも強い免疫をワクチンで獲得できるかというと一般的には難しいので、完全に新型コロナ感染症を終息させるワクチンの開発はなかなか難しいのではないかと思います。
讃井 インフルエンザワクチンは1年に2回接種するとよいとされていますが、新型コロナワクチンも同じようになるのですかね。
忽那 現状ではわかりません。開発されたワクチンの効果がどのようなものになるのか、効果がどれぐらいの期間続くのか、どれぐらいの頻度で接種しなければならないのかなど、はっきりしないことが多いので、まだ何とも言えないところがあります。ただ、1回接種すれば1年間大丈夫といったようなワクチンができれば、それで新型コロナ感染症は収束に向かうでしょう。
再感染するのであれば、自然感染で集団免疫ができて収束するというのは難しいのではないかと思います。ですから、やはりワクチンが最終的な解決策になるのではないでしょうか。 讃井 とはいえ、ワクチンはまだ完成していません。欧米では第一波を上回る勢いで感染が急拡大していますし、日本でもじわりと感染者が増えてきています。これから冬を迎えるにあたり、日本でもふたたび感染が拡大するのでしょうか。
忽那 環境だけに限定すれば、気温が低くて湿度が低い環境の方が新型コロナウイルスの伝播は起こりやすいと言われています。一方で、環境がそこまで大きい要因ではないという研究もあります。結局、人間の行動のほうが大きな因子となっているという見方です。われわれはだんだんとコロナの対応に慣れてきていますから、その予防策を続けることで流行らなければいいなと思っています。もちろん、インフルエンザもありますので、夏よりも注意が必要でしょう。
讃井 南半球ではインフルエンザの感染者が非常に少なかったようです。昨冬の日本もそうでした。これは、新型コロナ感染症対策としてマスクや手洗いなどの予防策を行った効果が現れたと見てよいのでしょうか。
忽那 コロナ対策もあると思いますが、国と国との間の人の移動がほぼなくなったことも大きいでしょう。今後、入国制限が緩和されていく中で、新型コロナ感染症だけでなくインフルエンザの感染者が少ないまま推移するかというと、ちょっとわからないですね。ですから、インフルエンザにはワクチンがあるので接種されたほうがいいと思います。
讃井 これまでにわかってきたこと、現在もわかっていないこと――禅問答のようですが、それらがとてもよくわかりました。じつはこの半年間、そういった知見を医療従事者以外の皆さんにわかりやすくかつ正確に伝えることがいかに難しいかを痛感してきました。たとえば、PCR検査についての考え方がその典型です。 次回は、リスク・コミュニケーションなどについて忽那先生とお話ししたいと思います。
(10月5日対談 構成・文/鍋田吉郎)
※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授、忽那先生個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。
連載第24回「リスク・コミュニケーションの難しさ」(11月2日掲載予定)