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医療現場で起こっていること

ヒューモニー特別連載

第10回 差別――新型コロナ感染症によるもうひとつの苦しみ

2020年07月27日 掲載

スピーカー 讃井將満(さぬい・まさみつ)教授  

感染者を精神的に苦しめ、社会を分断する“コロナ差別”。その差別を克服するための処方箋とは? 讃井將満教授が提言する。

「新型コロナウイルス感染症の怖さは、病気そのものの怖さだけではありませんでした」

前回は、新型コロナ感染症の軽症・中等症の症状・後遺症の怖さを、実際に感染した看護師にヒアリングしました(第9回参照)。その看護師は、陰性化後1か月半経った今も、体調が以前の6~7割にしか戻らず苦しんでいるという話でした。ところが、闘病生活や後遺症との闘いでただでさえ苦しいのに、それ以外にもまだ苦しみがあると言うのです。 差別です。

「復職後、勤務していた病院では、『元気に戻ってこられてよかったね』と笑顔で迎えてくれる職員もいました。一方で、新型コロナ感染症についての知識があまりない職員は、私と話す時にあからさまに後ずさりして必要以上に距離を取ろうとしました。遠くから私をチラ見しながらヒソヒソ話をしている同僚もいました。

中には、面と向かって、『あなたはコロナなんだから、患者さんと接する時は気をつけてね』と言う先輩看護師もいました。まるで汚いものとして扱われているように感じました。

私は、感染してから心が弱っていました。入院中は病状が悪化して死んでしまうかもしれないと不安でした。ホテルでの療養は結果的に1か月にも及び、その間狭い部屋で誰とも会えない隔離状態が続き孤独でした。現在も、後遺症がこの先どうなるのか見通せていません。 さらに、医療崩壊寸前といわれた感染拡大期に、医療を提供する側の自分が感染してしまって、『医療従事者として貢献したかったけれど、できなかった』という忸怩たる思いもあります。

だからこそ1日でも早く復職したかった。休んでいる間仕事をカバーしてもらい、迷惑をおかけしていたので、少しでも早く復帰したいという気持ちでした。けれど、職場での差別的な扱いで逆に心が折れてしまったんです」

医療施設内での差別については、他にも耳に入ってきています。

・院内クラスターが発生した病院で、最初にPCR検査陽性となった職員が、院長以下から「感染源」と言われた。その後の厚生労働省クラスター対策班の調査で、その職員は別の病気で入院した患者から感染したことが判明したが、院長がそれをアナウンスしないため、いまだに「感染源」と言われている。また、所属長からは、「うちの部から最初に感染者が出て恥ずかしい」と言われた。

・ある病院では、感染した理学療法士が、復職後、「とりあえず有給休暇を全部使って休んで」と言われ、その後は暗に退職を迫られている。

このような差別は、重い症状や後遺症に苦しんでいる人に、さらなる精神的な苦しみを与えてしまっているのです。誰にでも感染リスクがある、つまり明日はわが身だという前提で、彼らの立場に立って苦しみを想像してほしいと思います。 ただ、差別は感染者に向けられているだけではありません。感染していない人や施設に対しても起こっています。たとえば、第1波の感染拡大期に、新型コロナ感染症患者を受け入れなかった病院の医師の中には、「××病院は受け入れているから危険ですけど、うちはコロナを受け入れていないからクリーンですよ」と言っていた医師がいます。

正しい医学的知識と倫理観を持っているべき医師でもこうなのですから、社会では差別や偏見がじわじわ広がっています。“夜の街”で働く人への偏見、東京ナンバーへのいたずら…。エッセンシャルワーカー、とりわけ医療従事者とその家族への差別も深刻です。

7月23日には、吉村洋文大阪府知事が、中学2年の女子生徒からの手紙にこたえて、「差別は絶対にやめましょう」とtwitterで訴えました。その手紙には、「お父さんがお医者さんなら学校に来るな」というラインやメールが来て困っているとあったそうです。

「(感染者を受け入れている)病院の前は歩けなくなった」、「(感染者収容のホテルの)部屋の窓を絶対に開けないで欲しい」と述べる近隣住民もいるようです。

では、そもそも差別はなぜあるのでしょうか?

今、コロナ禍のアメリカでは、「Black Lives Matter」が大きなうねりとなっています。アメリカの歴史は、建国以来人種差別との闘いの歴史でもあります。奴隷解放や公民権運動など、人種差別を乗り越えようと努力する人たちがいて、法律・制度において差別はなくなりました。

実際、私がアメリカで6年間暮らした時にも、普段の生活で差別を感じることはありませんでした。むしろ、日本よりも民主的と感じることすら多かったです。

人種や民族によらず、人が集まれば気軽に話をはじめる、困った人には手を差し伸べる、人の意見には耳を傾ける、合理的であれば誰の意見でも採用しようとする。誰かが公平でない見解を吐くと、”It’s not fair(それは公平ではないよね)”と他の誰かが声を上げ、考え、解決策を探る。話しながらも、お互いの文化を尊重し、それに理解を示す。差別に繋がるような発言をしないように気をつける。普段は、理性的、合理的、民主的な言動を心がけ、実践できるのです。法律・制度だけでなく、社会的な差別もまったく感じませんでした。

けれども、人間は、自分に被害が及ぶ可能性がある時には、感情をコントロールできなくなる。特に生命に危機が及ぶ状況では、人間は容易に、理性的な言動ができなくなるのでしょう。このような人間の奥底にある弱い感情が、コロナ禍をきっかけに爆発し、ないはずの差別の存在が露呈してしまったのではないでしょうか。

そんなアメリカを見ていると、悲しいかな「自分が優位に立てる、自分と異なる属性の人々を見つけて不安を消し、安心を得ようとする」のが人間の根源的な性なのではないかとさえ思ってしまいます。しかし、たとえそうだとしても差別をなくす努力は続けていかなければなりません。それができるのもまた人間です。

新型コロナ感染症の差別に関して言えば、新型コロナウイルスに対する恐怖が一因になっているのだと思います。根っこに恐怖があるからこそ――

『新型コロナ感染症は怖い→感染したくない→感染した人・怪しそうな人を遠ざけたい、あるいは自分と異なる属性の人を叩きたい』 という発想になり、差別が生まれる面があるのではないでしょうか。問題の一つは、その恐怖が正当かどうかです。正しい知識に基づかず、「うつったらヤダ」と感情的に浮き足立って怖れてはいないでしょうか?

・感染力は発症の数日前から増大する(無症状の感染者から感染することもあるので、つねに注意が必要)。

・病気が治れば感染力はないと考えられている(注)。

注:(1)発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後72時間経過した場合。または、(2)症状軽快後24時間経過した後、24時間以上の間隔をあけて2回のPCR検査で陰性の場合。

・三密回避、ソーシャルディスタンス、こまめな手洗い、マスク着用(口元を触らない効果がある)を徹底すれば、感染リスクは大幅に減らせる。

以上はいまや広く知られた基本的な知識です。これらの正しい知識に基づいて、理性的に判断・行動できるなら、感情的な恐怖はかなり抑えられるはずです。

理性に加えてもう一つ大切なのは想像力。「もし、自分が差別される立場に置かれたら…」と想像してみることです。もし、自分が「感染源」と言われたら、「うちの部から最初に感染者が出て恥ずかしい」と言われたら、「とりあえず有給休暇を全部使って休んで」と言われたら…。冷静かつ本気で想像してみてください。

たとえば、厳重な感染対策を行っている病院の医師であれば、その家族が感染する確率が非常に低いことは理解できるはずです。また、もし自分が医師の子供で「学校に来るな」と言われたらどう感じるか本気で想像してみましょう。

恐怖や差別など、人間の根源的な弱い感情を完全に消し去ることは不可能です。しかし、抑えることはできる。そのために今われわれに求められているのは、科学的かつ理性的に判断・行動し、立場を越えて想像力を働かせることではないでしょうか。
(7月23日口述 構成・文/鍋田吉郎)

 

※ここに記す内容は所属病院・学会と離れ、讃井教授個人の見解であることをご承知おきください(ヒューモニー編集部)。

 

連載第11回「院内クラスターを阻止せよ!」(8月3日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載 医療現場で起こっていること

写真/ 讃井將満、ブルーシーインターナショナル、ヒューモニー
レイアウト/本間デザイン事務所

スピーカー

讃井將満(さぬい・まさみつ)教授

自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長・ 麻酔科科長・集中治療部部長

集中治療専門医、麻酔科指導医。1993年旭川医科大学卒業。麻生飯塚病院で初期研修の後、マイアミ大学麻酔科レジデント・フェローを経て、2013年自治医科大学附属さいたま医療センター集中治療部教授。2017年より現職。臨床専門分野はARDS(急性呼吸促迫症候群)、人工呼吸。研究テーマはtele-ICU(遠隔ICU)、せん妄、急性期における睡眠など。関連学会で数多くの要職を務め、海外にも様々なチャンネルを持つ。