ロシアへの経済制裁は、予想通り長期化の方向にあります。経済制裁については、エネルギー価格や穀物価格の世界的上昇といった世界経済への影響も気がかりですが、ロシアにどのような影響を及ぼすのかが何より重要なポイントです。これを考える上では、ロシア経済の構造や特徴を知る必要があります。今回はITを離れ、この問題を考えてみたいと思います。
資源国の課題
ロシアは、輸出の約半分を原油と天然ガスが占める、天然資源の輸出国という色彩の強い国です。天然資源の乏しい日本からみると、掘れば出てくる資源を持つ国々はうらやましい気もします。しかし実際には、天然資源の豊富な国々が常に豊かで高成長とは限りませんし、資源の乏しい国々が貧しいとも限りません。例えば、一人当たりのGDPの多さで知られるルクセンブルグやシンガポールにめぼしい天然資源はありません。一方で、かつては世界一の石油埋蔵量で知られたベネズエラはハイパーインフレで苦しんでいます。
資源国の問題として、まず貧富の差が挙げられます。天然資源の存在は、どうしても、これを持つ人と持たない人を生みがちです。したがって資源国では、貧富の差に由来する政情不安や内戦もしばしばみられます。さらに、天然資源を押さえる立場に立つ人々による専制や独裁の問題もあります。
資源国と「オランダ病」(Dutch Disease)
さらに資源国では、資源関連以外の、製造業などの産業が育ちにくいという問題もあります。これは経済理論では「オランダ病」(Dutch Disease)と呼ばれます。
資源国は、天然資源という、非常に輸出競争力の高いモノを生産できる立場にあります。これを輸出することで対外収支は黒字になりやすく、このため、為替レートも天然資源の競争力で決まります。しかし、この為替水準のもとでは、資源関係以外の産業は競争力を持ちにくくいため、国内での産業構造の多様化はなかなか進まない傾向があります。この結果、経済の成長率は高まりにくく、また、ますます資源輸出への依存を強めがちになるわけです。
ロシア経済は、その典型的な道筋を辿ってきたようにみえます。
ロシアはその豊富な天然資源にもかかわらず、成長率は新興国の中では決して高くありません。世界成長率や他の新興国との比べても、近年の成長率は一貫して低めです。
ロシアの経済成長率と他国との比較(%)注:データは国際通貨基金による。
このように不冴えな成長が続く中、一人当たりGDPで見ても、ロシアは、EUに加盟したバルト三国などと比べて近年大きく劣位しており、最近では中国にも追い抜かれています。
これらのデータが示す通り、ロシアは軍事大国ではあっても、経済大国とは言い難いですし、経済政策も決してうまくいっているわけではありません。
対外黒字と健全財政
とはいえ、ロシアは資源大国として、対外収支の黒字を安定的に記録し続けています。また、財政も健全財政を極力維持し、準備資産としての金の保有も徐々に増やしてきていました。
経常収支対GDP比率(%)プライマリーバランス対GDP比率(%)注:データは国際通貨基金による。
2月24日のウクライナ侵攻や、その直後の各国による経済制裁のアナウンスなどを受け、2月下旬に通貨ルーブルは暴落し、金利は急騰しました。しかしその後、算出方法の変更や当局の政策的な介入はあるとはいえ、ルーブルはやや値を戻していますし、中央銀行も、いったん20%に引き上げた政策金利を4月11日に17%まで引き下げています。このように、ロシアが金融制裁の最初のショックをなんとか凌いでいるのも、これまで健全財政を維持し、対外的な借り入れへの依存を抑えてきたことが大きく働いているように思います。もしもロシアの財政事情がもっと悪ければ、国内金利が20%に引き上げられ対外借り入れも困難化する状況では、経済はひとたまりもなかったでしょう。
「我慢比べ」の経済制裁
このように、「オランダ病」や低成長という問題を抱えながらも、資源国であり対外借り入れも少ないというロシアの特殊事情を考えれば、やはり経済制裁は「我慢比べ」の様相を呈していくでしょう。
ロシアは言わば、石油や天然ガスを輸出し、これで得たお金で海外のモノを買っていた国です。もちろん経済制裁には一定の効果はあるでしょうが、仮に海外産の贅沢品を買えなくなっても、エネルギーと穀物は自給できる国です。したがって、経済制裁によってロシアの経済が直ちに転覆するとか、ロシアの人々がすぐ政権を代えるといったことまで期待はできません。
また、現在のように世界的にエネルギー価格が上昇している状況では、ロシアが生産する原油や天然ガスがノドから手が出るほど欲しい国々も出てくるでしょう。こうした国々が個別にロシアと取引を行うようになると、経済制裁の効果が上がりにくくなります。経済制裁が万能ではないことを十分認識したうえで、戦争を止めさせる方向での外交や国際世論を通じた取り組みを、並行して行っていくことが重要です。
連載第81回「デジタル時代のインフレ再考」(4月20日掲載予定)