ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第29回 トークンエコノミーを巡る世界の動向

2021年03月31日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

音楽や芸術のようなアートやエンターテインメントのコンテンツについて、NFTと呼ばれるトークンを活用し取引の対象としていく動きが注目されている。今後NFTが普及・発展していくために何が求められるのか。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

 本連載の前回前々回において、デジタルアートやエンターテインメントのコンテンツが、NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)とよばれる「トークン」を用いて市場化される事例を紹介しました。

「トークン」とは、紙幣や硬貨、ゲームのチップのように、当事者間での受け渡し(占有の移転)だけで価値や権利が移転するものを指す言葉として用いられています。このような「トークン」として良く知られているものとして、海外の地下鉄でかつて切符代わりに使われていた(一部の地下鉄では今でも使われている)小さなメダルが挙げられます。

ニューヨークの地下鉄の「トークン」

ニューヨークの地下鉄のトークンは、「代替」が可能でした。Aさんが持つトークンとBさんが持つトークンを取り換えても、もちろん両者とも地下鉄に乗れます。これに対し、“NFT”(Non-Fungible Token)とは、「AさんのトークンとBさんのトークンは違う」という性質を持っています。敢えてこれに近いものを挙げるならば、一枚一枚が違う「ポケモンカード」でしょう。

このようなNFTの取引や市場への関心は、最近、世界的にますます高まっています。この3月下旬には、ツイッターの創始者がツイート第1号とされる自身最初のツイートをNFT化したところ、約3億2千万円で落札されたニュースが関心を集めました。要は、デジタル形態でさえあれば良く、標準化されている必要はありませんので、アートでも音楽でも投稿動画でも「つぶやき」でも、NFT化できるわけです。既に世界中の人々が自らの動画や写真などをユーチューブやインスタグラムにアップしている中、「これからはどんなコンテンツでもマネタイズできるかも」という期待が盛り上がりやすいのは当然でしょう。 同時に、「デジタルアートが約75億円」、「ツイートが約3億2千万円」といったニュースが飛び交う中、さすがにバブルの可能性を指摘する声もみられています。株や債券、不動産などと比べても、これらのコンテンツを高値で購入する理由は「私が持っています」という心理的満足感に拠る部分が大きいことは確かでしょう。

トークンエコノミ―発展のために

それでは、このようなNFTが経済や社会の発展に寄与していくには、どのようなことが必要になるのでしょうか。

まず、ブロックチェーンやスマートコントラクト(契約の自動化、第19回参照)などのデジタル技術を、さまざまなモノの市場や安全かつ効率的な取引に十分活用できる、法環境などの整備が挙げられます。

NFTでは、多様なデジタルコンテンツをトークン化し、その複製(海賊版の作成)や二重譲渡を防ぐことが技術的に可能になるわけですが、その法的・制度的な裏付けを、極力明確にしていくことが今後求められるでしょう。例えば、現時点では、NFTの購入者が具体的にどのような法的な権利を持っているのか、必ずしも明確ではありません。例えば、デジタルアートのクリエイターが自分の作品をNFT化した場合、これを落札した人がクリエイターに対し、同じ作品のコピーを別に作ることを止められるのか、また、クリエイターでない人が勝手に他人の作品をNFT化し、これを購入した人はどうなるのかなど、さまざまな論点があります。

さらに、NFTがデジタル化されている以上、これを売買する際には対価のやり取りもデジタル化され、同時に支払われたほうが安全かつ効率的です。このような、支払いも含めた取引全体の法的安定性も課題です。

また、前述のような「トークンバブル」、「NFTバブル」の予防策も挙げられます。

これまで、ブロックチェーンや分散型台帳技術が主に用いられたのは暗号資産でしたが、暗号資産はしばしば、投機による大きな価値変動を繰り返してきました。NFTの場合、標準化されていない分、換価は難しいかもしれませんが、一方で「希少性」を持ちやすいため、投機の対象となりやすい可能性は否定できません(これは、一部の「ポケモンカード」への高額のプレミアムと同様です)。

また、2008年のリーマンショック以前には、高度な金融技術が宣伝文句として使われたことが、複雑な金融商品のバブルを生んだ一因となりました。NFTにおいても、キャッチ―なデジタル用語がバブルを生むことは、持続的な市場の発展にとって良い結果をもたらさないでしょう。デジタル技術はコンテンツを守り、これを安全に取引させるためのものであり、投機を煽るものでないことは十分認識される必要があります。また、NFT市場がマネロンなどの目的で悪用されることがあれば、NFT市場全体の信認失墜につながりかねません。この点も、関係者は十分注意していく必要があるでしょう。

そのうえで、NFTをクリエイターへの創造のインセンティブ提供と創造物の共有の両立に役立てることが重要であると思います。

デジタル形態のコンテンツは、アナログ形態のコンテンツよりも本質的に複製が容易です。この中で、仮にコンテンツの複製が全く禁じられれば、コンテンツの効用もクリエイターへのリターンも小さくなってしまいます。だからといって、タダでいくらでも複製されてしまうのでは、クリエイターへのリターンはやはり小さくなってしまいます。最適解はその中間にあるわけで、NFTはこれを実現する有効な手段となるべきでしょう。

欧州の動き

NFTを取引する上でも有益な支払手段となり得るのが、それ自体にブロックチェーン技術などが組み込まれている「デジタル通貨」です。この点に関連して、欧州ではトークンに関する興味深い制度整備が進められようとしています。 昨年9月、欧州委員会は、「暗号資産市場」(MiCA,Markets in Crypto-Assets)に関する新たな規制案を示しています。この案では、「暗号資産(Crypto Assets)」、「電子マネートークン(e-money Token)」および「資産参照型トークン(Asset Referenced Token)」、「ユーティリティトークン(Utility Token)」というカテゴリーが新たに設けられています。

この中で、NFTの少なくとも一部は「代替不可能な暗号資産(Crypto-Assets which are unique and not fungible)」に分類され、その対価となるデジタル通貨は「電子マネートークン」ないし「資産参照型トークン」に分類されることで、NFT取引全体が「暗号資産市場」として網羅される展望が出てきます。欧州のトークンなどに関する規制の整備が今度どのように進むか、注目したいと思います。

デジタル技術を「経済活動の民主化」のために

NFTは、デジタル技術革新の下でのクラウドファンディングやESG・SDGs投資などと共通する面を持っています。すなわち、投資や寄付などの形で、お金を「自分が出したいところ」に出すことが、技術的に可能になっています。例えば、好きなクリエイターのアニメにお金を出したければ、アニメ制作のためのクラウドファンディングに応じることもできますし、アニメのコンテンツのNFTを購入することもできるわけです。かつての金融の仕組みでは、銀行に預金してもそのお金がクリエイターに貸し出されるかどうかはわかりませんし、クリエイターが自ら債券を発行することも難しかったでしょう。

一方で、デジタル技術が規制逃れに使われる事例も各国で散見されています。これは、「寄付」や「物々交換」のようにもともと規制の範囲外だったものがデジタル技術により「市場化」されてきたという事情があります。また最近では、「グリーンウオッシュ」(「地球に優しい」といった言葉で環境フレンドリーに見せかけ、投資を煽る行為)がますます問題になっています。デジタル用語が同様に、投機を煽る材料に使われてしまうと、市場の持続的発展を損なうことになりかねません。

クラウドファンディングやESG・SDGs投資同様、必要なことは、経済活動に人々の意思をより良く反映させる「民主化」の手段として、デジタル技術を使っていくことであろうと思います。

 

連載第30回「デジタル化と会社制度」(4月7日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。