ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第28回 デジタルとアート、エンターテインメント

2021年03月24日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

現在、デジタル技術の応用が期待されている分野として、音楽や芸術のようなアートやエンターテインメントが挙げられる。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

 前回のコラムでは、米国プロバスケットボールの「トレーディングカード」に相当するコンテンツがデジタル化され、ブロックチェーン上で取引される事例を紹介しました。今回はより広く、アートやエンターテインメント分野でのデジタル技術の応用を取り上げてみたいと思います。

デジタルアートが75億円で落札

3月11日、米国の芸術家「ビープル(Beeple)」のデジタル作品である“Everydays: The  First 5,000 Days”が3月11日、6,930万ドル(約75億円)という、デジタルアートとしては史上最高値で落札されたニュースが、世界中の注目を集めました。

現在、絵画や音楽、ゲームなど、ますます多くの創造物が、デジタルで制作されるようになっています。かつて漫画は、Gペンとインクでケント紙の上に描かれるものでした。しかし今では、最初からパソコンで描画される作品が増えています。編集者が作家の元に日参し、貰った原稿を大事に封筒に入れて編集部に持ち帰る(あるいは印刷所に直行する)といったお馴染みの風景も、徐々に減りつつあります。

非代替性トークン(Non-Fungible TokenNFT

このようなデジタル化された創造物などの管理や移転をブロックチェーンを使って行う仕組みが、最近注目を集めている「非代替性トークン」、すなわちNon-Fungible Token(NFT)です。

Google Trendによる“NFT”の検索頻度(全世界)Googleより

Fungibleとは「他と代替可能」という意味であり、そのように代替可能なものの典型としてはお金があげられます。Aさんが持つ100円とBさんが持つ100円は完全に代替可能であり、だからこそお金として機能します。同様に、同種の株式や債券も代替可能です。ブロックチェーンの応用は、まずはこれらの「代替可能」なものがターゲットとなりました。

しかし、複製や二重譲渡を防止するニーズがあるのは、支払手段や金融商品だけでなく、個別性の高いアートや楽曲、ゲームキャラクターなどでも同じであり、したがってブロックチェーン化の対象にもなり得るわけです。そして、これらにブロックチェーンを応用し、管理や移転を可能にしたものが非代替性トークンと呼ばれます。

非代替性トークンを利用したゲームキャラクターの取引例「デジタル通貨勉強会」報告書(2020年11月)より

デジタル技術と創造

デジタル技術はもともと、描画や作曲などの創造に貢献してきました。デジタル技術の活用には、失敗しても描き直しが容易であるとか、背景の定型的な模様などがワンタッチで埋め込める、曲を書く時に実際に音を出しながら確認できるなどのメリットがあります。これらは、クリエイターを目指す人々へのハードルを低くしてくれます。

加えてデジタル技術は、創造のインセンティブにも寄与します。

絵画や漫画、楽曲などは、多くの人の目に触れたり、聴かれることで、その価値はより大きくなります。だからこそ、絵画は公共の美術館に置かれて鑑賞されていますし、楽曲はコンサートで演奏され、CDなどでも販売されています。この点、デジタル化されたコンテンツが多くの場合、オリジナルの質を損なわずに複製可能であることは、創造物の共有を便利にする面があります。

しかし、だからといって「海賊版」のように、創造物がタダで大量に複製されてしまうと、創造から経済的利益を得ることが難しくなり、創造行為を、経済合理性を度外視したクリエイターの情熱だけに依存せざるを得なくなってしまいます。この点、デジタル技術を活用することで、複製をコントロールしながら、デジタル創造物を人々の間で共有する一方で、クリエイターに一定のリターンを還元することが概念的には可能になります。

これからの課題

しかし、このような非代替性トークンの活用が、創造のサポートとその共有の推進に真につながっていくかどうかは、今後、この取引や市場が健全な形で拡大していくかどうかにかかっています。

現在のところ、NFTの取引で注目を集めているのは、もともと高名なクリエイターの作品が高額で取引されるケースです。このマーケットが投機の色彩を帯びてしまうと、「ブロックチェーン」などの新しげな技術用語まで、投機を煽る材料に使われてしまうリスクがあります。これは、2008年のリーマンショックに端を発する金融危機の前、「ストラクチャード」などの技術用語が複雑な金融商品への投機を招いていたのと同様のリスクといえます。

かつて、漫画のクリエイターを目指す人々は、紙の原稿を出版社に持ち込んだり、漫画の賞に応募したり、自作の同人誌をコミケに並べていました。しかし、今や技術進歩により、誰でもデジタル媒体を通じて、自らの創造物を自分で世界中に発信していくことが可能となっています。そして、このような新しい創造の芽を育てる方向にブロックチェーンなどの新技術が貢献できるかどうかが、NFT市場の発展を左右していくことになるでしょう。

 

連載第29回「トークンエコノミーを巡る世界の動向」(3月31日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。