ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第25回 貿易のデジタル化

2021年03月03日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

デジタル化が今後の産業競争力を大きく左右する分野として、現在、世界的に活発な取り組みが行われているのが貿易取引である。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

 連載第21回第24回では、バハマやカンボジアのデジタル決済インフラ構築について紹介しました。これらの国々は、経済の根幹である「マネー」を巡るインフラについて、デジタル化を通じて急速なキャッチアップを果たそうとしています。

同様に、現在、先進国も含め、活発なデジタル化の取り組みが世界的に行われている分野として、貿易取引が挙げられます。

ブロックチェーン・分散型台帳技術と貿易取引

新しい分散型デジタル技術として注目されているブロックチェーンや分散型台帳技術(DLT)ですが、これらの技術が特に効果を発揮しやすいのは、取引の構造がもともと分散型であり、また、多くのペーパーワークが残存している分野です。貿易取引はその典型です。

貿易を巡っては、財のやり取りとともに、信用状や船荷証券、通関書類、保険証書、原産地証明書など数多くの紙が行き交っています。これらの書類を連携しながら並行して処理しなければいけないニーズが強い一方、中央銀行決済システムや銀行間決済システムのような中央集中型のインフラもありません。

逆に言えば、これらの紙の書類をデジタル化し、関係者が同時に共有できるようにすれば、取引の迅速化やコストの削減を実現できる可能性が高い訳です。さらに、分散型台帳技術が可能にしている「スマートコントラクト」(契約の自動化、第19回参照)を通じて、これらの事務処理が連携して自動的に行われるようにすれば、取引の効率化が大きく進むと考えられます。加えて、COVID-19の感染拡大の中で発生した国際郵便物の遅延なども、貿易取引のデジタル化の取り組みを加速させています。

各国の取り組み

現在、各国が貿易取引の分野で行っているデジタル化の取り組みは、概ね同じ狙いに基づいています。貿易に関連するあらゆる書類をペーパーレス化し、ブロックチェーンや分散型台帳技術を用いて、関係者が常に共有できるようにすること。さらに、スマートコントラクトを活用し、さまざまな事務処理が連携して自動的に行われるようにし、取引の効率化を実現することです。代表的なプロジェクトとしては、香港の「イートレードコネクト」、欧州の「ウイトレード」などが挙げられます。WTOは2019年の報告書において、世界中で行われている39のプロジェクトを紹介しています。

貿易取引のデジタル化プロジェクト注:WTO資料より

例えば中国では、中央銀行である中国人民銀行が、“PBCTFP(People’s Bank of China Trade Finance Platform)”を設立し、貿易金融へのブロックチェーン・分散型台帳技術の活用に取り組んでいます。この、4つのブロックチェーンのアプリケーションから構成されるプロジェクトには、48行の銀行を含む数多くの企業が参加しており、取引のボリュームも着実に伸びていると報道されています。「デジタル人民元(e-CNY)」の開発を行っている中国人民銀行のデジタル通貨研究所が、このプロジェクトで用いる分散型台帳技術の開発も担当しています。また、香港の「イートレードコネクト」との共同研究も行っています。中国のデジタル化といえば、とかく「デジタル人民元」に関心が集まりがちですが、人民元のプレゼンス拡大という観点からは、この分野の取り組みも注目されるべきでしょう。

貿易取引と通貨のプレゼンス

貿易取引などにおいて自国通貨のプレゼンスを高めることは、産業や経済の安定にとって重要です。もちろん、為替レートの変動は、結局は輸出入数量や輸出採算などに響くことになります。しかし、自国通貨建てでの取引が多ければ、少なくとも短期的な影響については、回避しやすくなります。

現在の世界の基軸通貨は米ドルであり、為替取引の9割近くは米ドルを対象とするものとなっています。これは、第二次大戦後の「ブレトンウッズ体制」以降、米国が積み上げてきたレガシーといえます。

主要通貨のシェア注:外為取引はBIS調べ(2019年4月、合計値は200%)。
外貨準備はIMF調べ(2019年第2四半期)。

もちろん他の国々も、自国通貨のプレゼンス向上に向けたさまざまな取引を行ってきました。日本は数十年前から「円の国際化」を掲げてきましたし、中国も現在、「人民元国際化」に積極的に取り組んでいます。もっとも、どの通貨を用いるかを決める上では、「その通貨が他の取引にどの程度使われているか」がきわめて重要となります。他で使いにくい通貨は、そもそも受け取りたくないからです。このため、既に基軸通貨となっている米ドルに、他の通貨が直ちに取って代わることは容易ではありません。

とはいえ、デジタル化は各国に、自国通貨のインフラを発展させる機会を提供しています。同時に、インフラ間の競争も激化しており、貿易インフラのデジタル化とその中で自国通貨の使い勝手向上に努めないと、自国通貨のプレゼンスが低下しかねません。さらに、地域の特産品などを海外の市場に売っていくためにも、貿易取引の効率化は重要となります。

もちろん、貿易取引のデジタル化は、技術だけでできるわけではありません。例えば、貿易に関連する船荷証券などさまざまなペーパーをデジタル化する上では、制度面での対応も必要になるでしょう。また、取引実務をデジタル化に適したものに変革していくことも重要です。

 

連載第26回「デジタルとグリーン」(3月10日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。