ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第55回 世界銀行のランキング修正事件

2021年10月06日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

先月、世界銀行がビジネス環境に関する国別ランキングを特定国の意を汲んで修正した事件が、大きな注目を集めた。IMFなど国際機関での経験が豊富な元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

マスコミや世論が好んで取り上げる話題の一つに「ランキング」があります。大学ランキング、芸能人好感度ランキング、うまいラーメン屋ランキング。毎日のように、何らかのランキングが雑誌やインターネットなどで取り上げられています。 これらのランキングは、「山の高さ」や「川の長さ」の順位とは異なり、評価を巡る人間の恣意性がどうしても入り込みます。それだけに、本来は眉に唾をして見るべきものですが、日常に溢れるランキングのあまりの多さに、そうした検証もおろそかになりがちです。

そしてこの9月、世界最大の開発金融機関である世界銀行が各国別のランキングの順位を特定の国々の意を汲んで修正していたという事件が、大きな注目を集めました。

ランキング修正事件の概要

世界銀行自身が内部調査を行い、報告書の公表を通じて明らかにした事件の概要は、概ね以下の通りです。

世界銀行は毎年、“Doing Business Report”という報告書を刊行し、この中で、ビジネス環境について各国を順位付けしたランキングを公表しています。

201710月、世界銀行はこの報告書の2018年版を公表しました。この時期は、世界銀行が増資に向けて各国からの協力を得ようとしているタイミングにあり、その交渉の中心にいたのが、当時のキム総裁とゲオルギエバCEO(現IMF専務理事)でした。

前年版(2017年版)のランキングで、中国の順位は78位でした。この順位付けに対し、中国当局は「中国の現状を正しく捉えたものではない」と繰り返し世界銀行側に抗議を行っていました。

その後、2018年版の報告書の起草段階で、中国の順位がさらに下がって85位になりそうだとの報告が、世界銀行内部で行われました。それを受け、上層部からの圧力により、中国の順位が上がる方向での計算方法の調整が行われ、この結果、中国の順位が前年と同じ78位まで上昇したということです。 また、サウジアラビアも、かねてから世界銀行のランキングが同国の実情を反映していないとの不満を表明していました。こうした中で作成が進められた2020年版の報告書の起草段階では、中近東でビジネス環境が最も改善した国はヨルダンと評価されていました。しかしながら、上層部の圧力により、サウジアラビアの評価をヨルダンよりも上にするような評価の変更が行われたということです。

アドバイザリーサービスの問題

さらに、内部調査では、国のランキングを作成している世界銀行自身が各国に対しアドバイザリーサービスを提供していたことも問題視されました。各国が、ランキングでの自国の順位を上げたければ、お金を払って世界銀行のアドバイザリーサービスを受け入れなければならないと考えてしまうかもしれないからです。すなわち、ランキングの作成者が同時にコンサルティングを有料で行うのは、利益相反ではないかということです。

報告書公表の中止

これらの内部調査結果を受け、世界銀行は“Doing Business Report”の公表を取り止めることを決定しました。

このように世界銀行が、過去の問題についてしっかりと調査し、その結果を公表し、さらに報告書の公表そのものを取り止めるとの決断をしたことは、世界銀行の自浄能力の表れであり、敬意を表したいと思います。

毎年10月には、「IMF・世界銀行総会」という、IMFと世界銀行にとっては最大のイベントが開かれ、世界中から大臣や報道陣がやって来ます。その直前であるこのタイミングで実名入りの内部調査の結果を公表するのは、大変なことであったと思います。この問題が総会でも大きな話題となり、現地でのメディアの質問も集中する可能性が高いからです。ましてや、当時のキム総裁は既に引退しているとはいえ、ゲオルギエバCEOは現役のIMF専務理事であり、自ら記者の質問の矢面に立つことは必至です。

「ランキング」への教訓

今回の事件は、「ランキング」の作成ビジネスなどに、いくつかの教訓を与えてくれるように思います。

まず、世の中にある殆どのランキングが恣意性を免れない中、ランキングを作る側には、高い透明性と規律が求められるということです。

国際機関では、審査をされる各国から、「事実誤認である」、「我々の制度を理解していない」といった抗議が日々寄せられています。国際機関による個別国に関する公表する報告書は、その殆どが、そうした話し合いを経て、文章などについて合意が行われた上で公表されています。

しかし、ことランキングとなると、一国の順位を上げることは、どこか別の国の順位を下げることを意味します。「交渉力のある大国がランキングでも有利」、「交渉力のない貧しい国はランキングでも不利」となってしまっては、ランキングがむしろ誤った情報やガイダンスを示すことになってしまいます。ランキングは、作成の計算式やウェイト付けなどによる操作可能性が大きい以上、作成方法などは極力透明にする必要があります。もちろん、「俺の主観によるランキング」などがエンタメとして存在しても良いわけですが、それを権威があるように装うことはよろしくないということです。あわせて、「評価をする側が同時に有料のアドバイザリーサービスも提供する」といった利益相反のおそれのある行為については、自らを律して控えていく必要があるでしょう。

また、情報を受け取る側も、「ランキングはあくまで相対的なものであり、恣意性を免れ得ない」という点を、十分認識していくことが必要です。

「デジタル化」、「グリーン化」が叫ばれる中、「DX度ランキング」や「脱炭素化ランキング」など、世の中にはますます多くのランキングが溢れるようになっています。しかし、デジタル環境やグリーン環境は、本質的に定量的な評価が容易ではありません。また、スポーツやエンタメ、グルメなどのランキングとは異なり、これらの分野でのランキングを絶対的なものとして受け止めてしまうと、デジタル化、グリーン化などの取り組みを間違った方向に走らせるリスクもあります。 かつて漫画家の東海林さだおさんが、「ラーメン屋ランキング」について、美味いラーメンと不味いラーメンの違いは確かにあるけれども、どちらも美味いラーメンをこっちは何位、こっちは何位と細かく順位付けすることにあまり意味はないのではないかと書かれていたのを思い出します。「ランキング」を見る上では、そのような客観的な視点が大事だと感じます。

 

連載第56回「中国の暗号資産への厳しい姿勢」(1013日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。