ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第44回 デジタル化と脱炭素

2021年07月14日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

今や世界的な2大バズワードとなっている「デジタル化」と「脱炭素」。脱炭素を進めるには膨大なデータ処理が必要となり、そのためにデジタル技術は欠かせない。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

今年上半期の世界情勢において特筆すべきこととしては、2050年のカーボンニュートラルに向けた議論の進展が挙げられます。今や「デジタル化」と「脱炭素化」は、世界の二大流行語です。そして、この2つの関係についても関心が高まっています。

分散型技術と電力消費

今年、両者の関係を巡る問題が目を引く形で噴出したのが、テスラ社CEOのツイッターを契機とする、ビットコインの電力消費の問題です。すなわち、今や中規模国一国と同程度の電力を消費しているビットコインを電気自動車を作る会社が受け入れることで、結果的に電力消費を増やしても良いのかという議論です。

ビットコインの電力消費(推計値、単位:年率換算TWh)出所:Cambridge Bitcoin Electricity Consumption Index

金や貝殻、穀物など、古くからマネーとして用いられてきたものの信認は、それを掘り出したり、見つけたり、生産するのに必要な労働を基にしてきました。「金は掘り出すのが大変なので、それだけ価値がある」という発想です。ビットコインの考え方もこれに類似しており、「マイニング」と呼ばれる計算競争を信認の源としています。計算を行うコンピュータが電気で動く以上、これは「電気をどれだけ使ったか」に近くなります。

このようなビットコインの電力消費は、かねてから指摘されていた問題です。これは、デジタルの問題、あるいはブロックチェーンや分散型台帳技術の問題と言うよりも、ビットコインの設計の問題、すなわち、コンピュータの能力向上に伴って計算負荷が自動的に増えるという仕組みの問題が大きいように思います。

信認が何らかの労働に基づいて構築される以上、エネルギーは必ず消費されます。金を掘り出すにもエネルギーを使いますし、大規模電算センターを稼動させるにも電気は必要です。これらと比べ、ブロックチェーンや分散型台帳技術を用いるインフラが、一般論として勝るとも劣るとも言えません。

また、例えばNFTNon-Fungible Token 2829参照)のオークションについても、デジタル技術を使うことによるエネルギー消費と、多くの人がオークション会場に集まって競りを行う場合のエネルギー消費を比べないと、正確な評価は困難です。結局、何が地球に優しいかは、設計次第の面が非常に大きいのです。

この中で、ブロックチェーンや分散型台帳技術についても、これらを脱炭素と整合的なものにしていく取り組みが行われています。例えば、ブロックチェーンや分散型台帳技術をより省エネ型にする取り組みとして、最近登場した暗号資産“Chia”は、「計算競争」ではなく、コンピュータの空きディスクスぺスを使った”Proof of Space”と呼ばれる方法により、電力消費を抑えながら信認を確立しようとしています。

 もちろん、このような取り組みの環境への評価も、総合的に行う必要があります。例えば、Chiaの登場により大容量のHDD(ハードディスクドライブ)が品薄になったとのニュースもあり、環境ヘの評価においては、これによるHDD需要の増加がもたらす影響まで考慮する必要があります。もっとも、デジタル技術そのものを脱炭素化と整合的なものにしていく取り組み自体は、過剰宣伝にならない限り、基本的に歓迎すべきものと言えます。

脱炭素化に伴う膨大なデータ処理

「脱炭素化」と「デジタル化」を巡るより大きく本質的な問題は、「脱炭素化」が新たに巨大なデータ処理を必要とすることです。

近代自由主義経済は、価格メカニズムという「神の見えざる手」によって効率的な資源分配が行われるとの前提の下に発展を遂げてきました。一方で、統制的な社会主義経済は、データ処理能力の制約やこれに基づく非効率な資源配分を原因として、その多くが20世紀中に瓦解していきました。

しかし、脱炭素化の問題は、「価格メカニズムにより、自動的に効率的な資源配分が実現される」という前提自体にチャレンジするものです。そして、地球の持続可能性とも整合的な資源配分を実現するには、従来の「リスク」と「リターン」の判断を超えた、膨大なデータ処理が新たに求められます。例えば、個々の企業の行動は脱炭素化と整合的か、グリーン投資の資金が真に意図された使途に割り当てられるのか、また、投資が実際に脱炭素化に効果を挙げているのか等をデータから分析し、評価する必要が出てくるわけです。こうした分析や評価が不十分であれば、いわゆる「グリーン・ウォッシュ」(資金集めや販売促進などのため、自らの活動や商品について環境フレンドリーを装う行為)の問題を止められなくなります。

電気を見ただけでは、その電気がどのように作られたのかはわかりません。電気が「グリーン」か否かを判断するには、その製造過程までさかのぼって流れをトラッキングする必要があります。「グリーン電力証書」などは、そのために考えられた仕組みの一つです。同様に、サプライチェーン全体を「グリーン化」しようとすれば、個々の部品がどこから来ているのか、また、どのように作られてきたのかまで把握する必要があります。実際、脱炭素化への関心の高まりに伴い、企業に求められる情報開示のボリュームも大幅に増加しています。

ESG情報開示に関する「SASBスタンダード」出所:日本取引所

さらに、個々の経済主体の行動が地球の持続可能性に本当に貢献しているのかを評価するためには、地球の各地域の気温やCO2濃度などを正確に把握し、さまざまな要因との因果関係を分析していく必要があります。

このように、地球の持続可能性と整合的な資源配分を、自由な経済活動と両立させながら実現していくには、デジタル技術の活用が不可欠です。脱炭素化とデジタル化はやはり切っても切れない関係にあり、デジタル技術革新無しには脱炭素化が世界のアジェンダとして浮上することも難しかったでしょう。

もちろんこれは、「デジタル化が進展しているので脱炭素化もたやすい」ということではありません。デジタル技術は、脱炭素化を実現する上での必要条件の一つに過ぎません。実際、脱炭素化の鍵を握る中小企業の取り組みの実態や効果などを正確に把握することは、なお簡単ではありません。この中で、情報開示の拡充やプラットフォームの整備、分析手法の向上などに取り組んでいく必要があります。

デジタルと脱炭素型ライフスタイル

脱炭素化を進める上では、デジタル技術の活用によって実務や慣行などを見直すことで、温室効果ガスの排出を減らしていくことも重要となります。

例えば、デジタル技術によってリモートワークが広がれば、通勤ラッシュのピークを低くしたり、人々の通勤距離を平均的に減少させることで、温室効果ガスの排出を減らす効果が期待できます。同様に、ペーパーワークが減れば、これによる効果も期待できます。加えて、AIなどの活用により物流を効率化し、モノの移動距離や重複配送の頻度を減らせれば、これも脱炭素化に寄与することになるでしょう。

一方、デジタル化を進めると言いながら、マニュアル事務を見直さず、そのまま残してしまったのでは、脱炭素化の効果は見込みにくく、むしろ、事務を両建てで回さなければいけない分、エネルギー消費が増えてしまうかもしれません。

結局、「デジタル化の効果がきちんと上がるように、業務の進め方やライフスタイルを見直すことが、脱炭素化にも貢献するはずです。日本はしばしば「デジタル化後進国」と言われますが、逆に言えば、それだけ脱炭素化を進める余地も大きいと言えるかもしれません。一方、「見掛け倒しのデジタル化」は、おそらく脱炭素化の役にも立たないでしょう。

 

連載第45回「デジタル時代の送金コスト」(721日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。