ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第57回 注目を集めるステーブルコイン

2021年10月20日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

10月に行われたIMF・世界銀行総会やG7では、「ステーブルコイン」への対応が大きなテーマとなった。この背景について、元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

毎年、9月下旬から10月中旬までの中の1週間を使って、IMF・世界銀行(世銀)総会が開催されます。総会に出席するため、大臣や中央銀行総裁が1か所に集まりますので、この機を利用する形でG20G7などの会議も数多く開催されます。日本では省庁の人事異動の関係などから、春から初夏にかけて報告書が数多く出されますが、国際機関では秋の国際会議シーズンをめがけて多くの報告書が出される傾向があります。 今回のIMF・世銀総会やG7などの主要議題として、脱炭素化やデジタル課税などとともに、ステーブルコインも挙げられました。また、これらの会合に先立って、国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)や金融安定理事会(FSB)、IMFのグローバル金融安定報告書(GFSR)などが揃って、ステーブルコインの問題を取り上げた報告書を公表しています。

ステーブルコインとは何か?

「ステーブルコイン」には決まった定義があるわけではありませんが、一般には、何らかの方法で価値の安定を図ったデジタルマネーを指します。

2009年に登場したビットコインや、その後登場した暗号資産は、価値の変動が大きくなりがちでした。誰も、明日値上がりすると思うものは支払いに使いたがりませんし、明日値下がりすると思うものは受け取りたがらないため、価値の変動するものは支払手段には使いにくいわけです。このため、ビットコイン型の暗号資産は支払決済には殆ど使われず、ほぼ投資の対象となってきました。

そこで新たに登場したのが、ビットコインと同様にブロックチェーンや分散型台帳技術(DLT)などのデジタル技術を使いながら、価値の安定を図った「ステーブルコイン」です。価値を安定させるにはいくつかの方法がありますが、最もわかりやすい方法は、国債や中央銀行預金、付保預金などの「安全資産」を裏付けとする方法です。

ステーブルコインの価値がドルや円などと結びつけられるのであれば、当局の大きな悩みは一つ減ることになります。なぜなら、米国内で国内取引にドルの代わりにビットコインが広く使われれば、その分、国内の金融政策の有効性は失われてしまい、ドルをいくら操作しても、ビットコインで行われる経済取引には影響を及ぼせないからです。しかし、ドル建ての支払手段が使われるのなら、理論的には金融政策の有効性は損なわれません。

フェイスブックが主導していた「リブラ」も、当初、複数の通貨建ての資産を裏付けにする計画でした。しかし、各国の強い警戒を受け、現在は「ディエム」と名称を変え、米ドル建ての資産だけを裏付けとするものを発行していく方針へと転換しています(37参照)。これも、上述のような事情を踏まえたものといえます。

ステーブルコインの課題

しかし、暗号資産の重要な課題を解消したように見えるステーブルコインも、規制監督当局の立場からは、検討すべき点がいくつかありました。

まず、数多く登場しているステーブルコインの価値が、本当に「ステーブル(安定している)」かという問題です。

例えば、裏付け資産を100%ではなく部分的にしか持っていない場合です。この場合、発行者はその差の分だけ短期的には利益が得られる訳ですが、このようなステーブルコインを保有者が裏付け資産に換えようとしても、資産が足りないことになります。このようなステーブルコインは、そもそも価値が安定的とは言えません。

また、裏付け資産の中に、企業のリスクなどを含んだリスク資産や暗号資産が含まれている場合も問題となります。一般にリスクの高い資産ほど利回りが高くなりますので、リスク資産を裏付け資産に入れれば、発行者は利回りの差による利益を得やすくなりますが、一方で損失が発生する可能性もあります。この場合も、別途自己資本などを持たない限り、ステーブルコインの価値は安定的にはなりにくいといえます。

さらに、支払手段として「預金」を発行する銀行が厳しい規制監督の下に置かれている一方で、ステーブルコインの発行者への規制が過度に緩ければ、競争条件の不平等が生じてしまいます。

CPMIIOSCOの報告書

IMF・世銀総会に先立つ106日、暗号資産の問題に取り組んできた国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)は、証券監督者国際機構(IOSCO)と共同で、「ステーブルコインに対する『金融市場インフラのための原則』の適用」と題する報告書を公表しました。この報告書は本年121日まで、市中からの意見を求めています。 私も2015年から18年まで委員として在籍した決済・市場インフラ委員会は、当時から暗号資産やステーブルコインを巡る上述のような問題を十分認識していました。この報告書は、現時点での各国当局の問題意識を、率直に示したものだと思います。

この報告書は、支払決済手段としてのステーブルコインが、これまでの支払決済手段と異なる点を、いくつか指摘しています。すなわち、①中央銀行の債務や民間銀行の債務(預金)以外のものが支払決済に使われる点、②さまざまなステーブルコインが連関し得る点、③分散型の構造をとり得る点、④分散型台帳技術(DLT)のような新しい技術を導入し得る点、です。

そのうえで、この報告書は、世界の主要な支払決済システムに広く適用される「金融市場インフラのための原則」(FMI原則)という枠組みを、「システムにとって重要な」(systemically important)ステーブルコイン、すなわち、広く支払決済に利用されるステーブルコインにも適用すべきだと述べています。

CPMIはビットコインの登場当初から暗号資産に注目してきましたが、ビットコインにFMI原則を適用せよとは言っていませんでした。これはCPMIが、、ビットコイン型の暗号資産は支払決済には使われず、もっぱら投資の対象になるとみていたためです。このため、各種国際機関の提言も、投資家保護に関するものが中心でした。

これに対し、今回CPMIがステーブルコインへのFMI原則の適用を提言したことは、CPMIが、ステーブルコインを支払決済の手段として捉えていることを示しています。だからこそ、今度は支払決済インフラという観点から、規制監督のあり方を考えるようになったわけです。

FMI原則」のステーブルコインへの適用を巡る注目点

とりわけ注目されるのは、FMI原則の「第9原則」、すなわち、支払決済は、可能であれば中央銀行の債務で行われることが望ましく、民間銀行の債務で行う場合にはリスクを最小化すべき、という原則です。

この原則に基づけば、上述のように裏付け資産が十分でなかったり、裏付け資産の中にリスク資産が組み込まれたステーブルコインは、支払決済に広く使われるべきではないということになります。このような提言が明示的に行われたことは、既存のステーブルコインのスキームの変更や、これから登場するステーブルコインの設計への規律付けにつながるかもしれません。今回の提言がステーブルコインのデザインにどのような影響を及ぼすのか、今後注目していきたいと思います。

 

連載第58回「デジタル課税を巡る問題」(1027日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。