ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第14回 デジタル・デバイドをどう防ぐか

2020年12月16日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

デジタル・トランスフォーメーション(DX)を進める上で大きな課題となるのは、デジタル媒体に不慣れな人々をどう取り込んでいくかである。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

「デジタル化」や「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」は、政治的対立は招きにくいテーマです。しかし、必ずしも全ての人の賛同を得られるわけではありません。

一つは、技術革新に伴う構造転換のコストという問題です。

自動車の登場が馬車の需要を減らしたように、新しい技術の登場に伴い、厳しい状況に追い込まれる産業は常に存在します。既存の産業が発達している国ほど、その調整圧力は大変です。このことは、日本における押印廃止を巡る論争が示している通りです。「AIが人間の職を奪うのではないか」といった懸念も、その一つと捉えられます。

ソフトウェアを一瞬で換えられるコンピュータと異なり、人間は知識やノウハウの習得に時間がかかります。したがって、このような懸念が出てくること自体は当然です。しかし、デジタル化がそうしたコストを差し引いても全体として人々に便益をもたらすのであれば、そのことをしっかり説明し、その便益が多くの人々に及ぶように配慮することが、政治や政策の役割になります。

もう一つは、「デジタル・デバイド(Digital Divide)」の問題です。

広範なサービスがデジタル媒体経由で提供されるようになると、パソコンやスマートフォンなどのデジタル媒体を使わない人々が情報やサービスを得られないといった不利を被ることが考えられます。これにより、デジタル技術の恩恵を受けられる層と受けられない層との間で、社会の分断が生じかねないと懸念されている訳です。

コロナ禍とデジタル・デバイド問題

「デジタル・デバイド」は、インターネットが本格的に普及した1990年代から既に意識されてきました。その後、スマートフォンの登場と普及、そのアプリに紐付けた広範なサービスの提供を受け、スマ―トフォンの有無による新たなデジタル・デバイドが意識されるようになりました。

そして、コロナ禍の中、デジタル・デバイドの問題は、さらに強く意識されています。

感染症のリスクが意識される中、ネットショッピングなどのeコマースが、これまで以上に利用されるようになっています。リモートワークへのシフトも進んでいます。大学など多くの学校も、リモート授業を余儀なくされています。この中では、デジタル環境が、生活全般の快適さにかなり影響するようになってきています。そして、この問題は、途上国ではさらに深刻です。デジタル環境において不利な立場にある人々は、感染リスクにも晒されやすくなるからです。

デジタル・デバイド解消のために

このため、コロナ禍の中、多くの国々がデジタル・デバイドを喫緊の課題として意識し、その解消に取り組んでいます。

デジタル・デバイドの解消には、大きく分けて2通りの対応が考えられます。一つ目は、デジタル媒体を使わない人々のためにマニュアル(手作業)や紙ベースでの対応も残すというものです。もう一つは、デジタル媒体を使わない人々にもデジタル媒体に親しめるよう誘導するというものです。

前者の「マニュアルを残す」対応は、デジタル媒体を使わない人々にとっても従来からの対応が維持されるため、短期的には批判の出にくい対応です。しかし、デジタルとマニュアルの両方での対応を続けることはコスト高や財政赤字の拡大につながり、敢えてデジタル化を進める意義を希薄にすることになります。このため、世界的には後者の対応に主眼が置かれるようになっています。

©世界銀行グループ

筆者が昨年訪れた北欧でも、デジタル化の成否を決めるのは後者の対応、すなわち、公共施設に無料で利用できるPCを置きデジタル媒体の利用方法を丁寧に教える等、多くの人々がデジタルにも親しめるよう誘導する取り組みだとの説明を受けました。その上で、短期的な批判に耐えながらも、この取り組みを進めるのだとの決意を表明していました。さらに、このような取り組みをかなり丁寧に行ってもなお、国の全土に行政オフィスを設置・維持してデジタルとマニュアルの両面で事務を回すより、はるかにコストが安いとも強調していました。

コロナ禍は、このような方向での対応に、一段と拍車をかけています。コロナ禍の中でのデジタル化には、「感染リスクを避ける」という目的が加わっています。「マニュアルを残す」というやり方ではその目的が果たせませんし、マニュアル対応を行う方々の感染リスクも問題となります。このため各国とも、デジタル媒体を利用するコストの引き下げなど、「デジタルへの包摂」、「デジタルをフレンドリーにする」という対応を強化しています。

人口高齢化とデジタル化

もうひとつ、中長期的にきわめて重要な問題は、人口高齢化の問題です。

人口高齢化は多くの国々に共通の問題ですが、とりわけ日本の高齢化は急速であり、デジタル技術やデータを活用し、医療・福祉・介護などのサービスの効率化を進めていくことは喫緊の課題です。また、マニュアル対応の維持を、財政赤字という次世代の負担によって賄い続けることは困難です。技術革新とグローバル化の中、経済活動の「場所」を選択することは従来に比べ容易になっていますので、将来負担が大きいと捉えられる国から経済活動が逃避する可能性も高まっています。

高齢化率(65歳以上の人口の割合)出典:内閣府

また、少子高齢化のもとで、今後労働人口が減少していく日本においては特に、高齢者の方々にもできるだけ長く社会で活躍して頂くことが必要となります。このためにも、高齢者の方々にデジタル媒体に親しんでもらうことは、重要な意味を持ちます。

求められる取り組み

日本はこれまで、デジタル・デバイドに対し、「マニュアルや紙ベースの対応を残す」対応が採られる傾向が強かったわけですが、このことは、デジタル化のスピードを遅くする面があることは否めません。例えば、「マイナンバーカードの保有率は1割台に過ぎないので、マニュアル対応も残さなければ」となる訳ですが、そうなるとユーザーの側は、「別にマイナンバーカードを持たなくても手作業で事務を受け付けてくれるので、敢えて持つ必要はない」となりやすいのです。

しかし、日本においても、先行きの高齢化の進展や深刻な財政事情、高齢者活用のニーズなどを踏まえれば、「デジタルに親しませる」方向での対応を強化していく必要があります。また、生まれついての貧富の差などに比べ、デジタル・デバイドはまだ、政策努力によって何とかできる余地の大きい問題です。このことは、デジタル化によって新興国・途上国の金融サービスの普及が大きく進んだことをみても明らかです。

かつて中国のAlipayは、「皆さんはご両親に自転車の乗り方を教えてもらったことを覚えていますか。今度は皆さんがご両親にAlipayの使い方を教えてあげてください」という、有名な全面広告を中国の新聞の一面に掲載し、話題を集めました。すなわち、中国の企業も、この点を強く意識した対応をとっているのです。日本においても、高齢者の方々を含め、いかに優しく、丁寧に、漏れのないようにデジタル化の利益を享受できるよう誘導できるかが、今後の政策の成否を大きく左右するでしょう。

連載第15回「リブラからディエムへ」(12月23日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。