ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第42回 ビットコインを法定通貨に?

2021年06月30日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

6月上旬、エルサルバドルがビットコインを法定通貨にしたというニュースは世界を驚かせたが、現実の課題は多い。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

6月上旬、中南米の小国エルサルバドルが暗号資産であるビットコインを「法定通貨」にしたというニュースが、大きな注目を集めました。

エルサルバドルの特別な事情

この決定を考える上では、まず、エルサルバドルという国の特別な事情を理解する必要があります。

まず、エルサルバドルは、もともと米ドルを法定通貨としていました。

独自の通貨を持つ国の中で暗号資産が広く流通すれば、自国の通貨・金融政策の自律性は大きく低下します。自国通貨をいくらコントロールしても、経済活動に影響を及ぼせなくなるからです。しかし、もともと政策に自律性が無いのであれば、暗号資産が使われても、それで政策の自律性が低下することにはなりません。

また、エルサルバドルは人口約600万人強の小国ですが、海外に多くの移民や出稼ぎの方々を送り出しており、とりわけ米国には約250万人の同国出身の方々が住んでいます。(私が米国メリーランド州に在住中、斜め前にお住いの方が同国出身であったことを思い出します。)このような海外在住の人々からの送金が、エルサルバドルのGDP2割以上を占めています。このため、海外送金コストを安くしたいニーズは潜在的に強いのです。

さらに、近年、マネロン規制が厳しくなっている中、銀行がコンプライアンス負担の増加などを嫌がって、新興国や途上国向けの海外送金業務から撤退する動きが目立っています。一方で、エルサルバドル国内には、銀行口座を持たない人々が相当数いらっしゃいます。そうなると、海外在住の方々が銀行を経由せずにエルサルバドルにビットコインで送金し、それを受け取った人々がエルサルバドル国内でそのまま使えないか、という発想につながりやすかったと言えます。

銀行の海外送金業務からの撤退赤:ライン数(左目盛、単位千ライン)青:取扱銀行数(右目盛、単位千行)
出典:国際決済銀行

2つの法定通貨単位?

一般に「法定通貨」であるとは、①金銭債務を支払える(法定通貨を支払に差し出せば、受け取る側は嫌とは言えず、受け取らなければ「受領遅滞」となる)、②税金など公的な支払いができる、ことを意味します。

では、ビットコインがそのような「法定通貨」として直ちに機能するかと言えば、なかなか難しいようにように思います。

まず、エルサルバドルは、米ドルも法定通貨であり続けると言っています。すなわち、一国の中に2つの法定通貨単位を持つことになります。これは、経済学的には大きな非効率性やコストにつながると考えられています。例えば、さまざまな取引の都度、両者の換算レートを決めなければいけなくなります。だからこそ近代以降、各国はそれぞれ中央銀行を設立し、これにソブリン通貨の発行を独占させることで、法定通貨の単位を「円」や「ドル」、「ポンド」など一つに統一してきた歴史があります。

価格変動のリスクは誰かが負担

また、支払決済手段として最も重要なことは「価値の安定」です。この点、米ドルは米国の経済力や制度、法律、連邦準備制度などに支えられた信認のある通貨です。(だからこそ、いくつかの国々は信認の低下した自国通貨を放棄し、米ドルを法定通貨にしているわけです。)一方でビットコインは、最近ではテスラ社CEOの発言で価格が大きく動いたことが示すように、その価値変動(ボラティリティ)は極めて大きく、これに伴うコストやリスクは、社会の中で誰かが負担しなければなりません。

ビットコインの価格変動は歴史上のさまざまな「バブル」よりも大きい

例えば、税金を払う時には、金額が予めわからなければいけません。「税務署に向かう途中に税額が変わっている」のでは困るからです。仮に朝、「あなたの納税額はドル建てではいくら、ビットコイン建てではいくら」と告げられたとしましょう。その後、日中にビットコインが値上がりすれば、人々はビットコインを米ドルに換えて、米ドルで払おうとするはずです。一方で、ビットコインが値下がりすれば、そのままビットコインで払おうとするでしょう。そうなると、政府の税収が著しく不安定になってしまいます。

また、お店でモノを売る人の立場からすると、片や価値の安定した米ドルがある中、代金として受け取ったビットコインの価値が持っている間に下がったら大変だと思えば、やっぱりウチの店ではドルで払ってくださいとなりがちです。そうなると、いくら法定通貨だと言っても、本当に日常取引で広く使われるだろうかという問題もあります。実際、取引をするかしないかは当事者の判断に委ねられていますので、いくら「法定通貨」だと言っても、一般の商店に必ず受け取れと強制することまでは困難です。(例えば、スウェーデンのクローナも中国の人民元も「法定通貨」ですが、スウェーデンや中国には「現金お断り」のお店がたくさんあります。)エルサルバドルでも、結局、国内のいくつかの場所にビットコインの両替機を置くだけになってしまう可能性もあるわけです。

「コミュニティ」の可能性は犯罪リスクと裏腹

もちろん、ビットコインの法定通貨化に、付随的効果が全く想定できないわけではありません。例えば、ビットコインがランサムウェア犯罪の身代金に使われる事件(システムに不法侵入してデータなどを使えなくしてしまい、復旧させる条件としてビットコインの支払を要求する)などを踏まえ、その取引に対し厳しい態度をとる国々も多い中で、今回の法定通貨化は、「エルサルバドルはビットコインに好意的な国だ」という見方につながる可能性があります。そうなると、ビットコインを使っていろいろなビジネスをしようと考えている人々が、エルサルバドルに集まってくるかもしれません。

しかし、本当にそうなるかは、エルサルバドルのビジネス環境やシステム開発環境、治安など、総合的な要素に強く左右されます。また、「規制の緩さが人々を引き付ける」ということは、ビットコインに絡むマネロンや犯罪の拠点になってしまうリスクとも裏腹です。そうなると、他国も静観してはいられなくなるでしょう。

また、報道によれば、エルサルバドルは自国の地熱発電による電力をビットコインの「マイニング」に使う意向を表明しています。しかし、「脱炭素」が世界的な課題となっている中、地熱発電のような貴重なクリーンエネルギー源があるならば、他に使いたいというニーズが出てきそうにも思えます。

価値が安定し、便利に使えるデジタルマネーが求められている

このように考えると、ビットコインを「法定通貨」にする動きが今後広がっていくことは、なかなか考えにくいように思います。

しかしながら、移民や出稼ぎ労働者の方々も安価に、便利に海外送金ができるようにしたいというニーズに対しては、金融界全体として真摯に対応していく必要があります。エルサルバドルのニーズも、「ビットコインを法定通貨にする」こと自体が目的ではなく、海外からの送金の利便性向上や国内で「銀行口座を持たない人々も金融サービスを使えるようにする」という「金融包摂」が本来の目的と捉えるべきでしょう。この点について金融界が十分に取り組まなければ、「一国二通貨」のような極端な発想も生まれやすくなります。

金融界としては、技術革新の成果も取り込みながら、価値が安定し、同時に安価な送金やスマホでの支払いなどさまざまなニーズにも応えられるデジタルマネーを創り出していくことが求められているように思います。エルサルバドルの今回の決定は、金融界に一段の努力を促しているものとも言えるでしょう。

連載第43回「デジタルマネーと国際銀行規制」(77日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。