ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第61回 デジタル時代のショパンコンクール

2021年11月17日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

ピアノ界最大のイベントであるポーランドのショパンコンクールも、デジタル化の中で進化を遂げている。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

コロナ禍の中で昨年から1年延期され、今年にずれ込んだイベントとしては、オリンピックとともに、ショパンコンクールもあります。 オリンピックは4年に一度ですが、ポーランドで開催されるショパンコンクールはさらにインターバルが長く、5年に一度のイベントです。さらに、今年のショパンコンクールは6年振りということで、大きな注目を集めました。加えて、今回、多くの日本人参加者が決勝ないしその手前まで進出したことも話題となりました。

©️ショパン協会

デジタル化が高める透明性

オリンピックとショパンコンクールの一つの違いは、オリンピック競技の多くがタイムや距離、高さ、重さなど客観的な数値を競うのに対し、ショパンコンクールは審査員の主観で順位を決めなければならないことです。

ショパンコンクールの審査員採点表出所:ショパン協会
(注)点数は25点満点。y/nは、次のステージに進ませるべきかどうかの判断。

実際、過去のコンクールでは、審査を巡る話題がしばしば注目を集めました。

ショパンコンクールは1927年に始まりましたが、1960年より前は、1位から3位は全て共産圏出身者、優勝者はポーランドかソ連出身者という時代が続きました。この頃は共産圏中心のコンクールと思われており、これが世界的に注目されるようになったのは、1960年、アルトュル・ルビンシュタイン審査委員長から「我々の誰よりも上手い」という賛辞を受けたイタリアの18歳、マウリツィオ・ポリーニさんが、西側諸国出身者として初めて優勝してからでしょう。

1955年のコンクールでは、ソ連から参加した17歳の少年ウラディーミル・アシュケナージさんが1位ではなく2位にされたことに、世界的ピアニストであったベネデッティ・ミケランジェリ審査員が抗議して退席しました。また、1980年のコンクールでは、ユーゴスラビアのイーヴォ・ポゴレリッチさんが予選落ちとされたことに、やはり世界的ピアニストであり、自身が1965年の優勝者でもあるマルタ・アルゲリッチ審査員が憤慨し、「彼は天才よ!」と言い放って審査員を辞任する事件が起こりました。

現在、動画配信の発達により、ショパンコンクール参加者の演奏は、一次予選から全て、世界中のファンが動画でリアルタイムで見ています。このため、演奏と同時に、各国の視聴者の評価や感想が直ちに飛び交います。したがって、インターネットでの聴衆の支持とかけ離れた審査をすれば、コンクール自体の信認喪失につながってしまうでしょうし、このような透明な状況の下では恣意的な審査は難しいでしょう。逆に言えば、世界中の人々が注目する中で演奏をする出場者が大変なのはもちろん、世界の厳しい監視の目のもとで採点をしなければならない審査員のプレッシャーも相当なものだろうと思います。

また、このような動画配信には副次的効果もあるように思います。参加者は一人のピアニストとして、会場の聴衆や審査員だけでなく、世界中で動画に聴き入っている数万の聴衆を意識して演奏することになります。また、必ずしも最終的な審査結果が上位でなかったピアニストも、動画配信で視聴者からの支持を集めれば、それによって世に出る機会が広がります。さらに、「あの参加者のあの曲の演奏は良かった」といった特定の演奏にも焦点が当たりやすくなり、その動画は繰り返し再生されることになります。

デジタル化が進める民主化

ピアノコンクールというと、漫画『のだめカンタービレ』のように、音楽学校に通い、海外に何年も留学して有名な先生に弟子入り、というのが一般的なイメージかと思います。この点、今回のショパンコンクールでは、有名なピアノ系ユーチューバーであり、音大や音楽学校に所属していない「かてぃん」さん(角野隼斗さん)が参加し、第三次審査(決勝の一つ前)まで勝ち残ったことも注目を集めました。

デジタル技術革新のもとで、ピアノ音楽は大きく裾野を広げています。昨年はコロナ禍の影響を受けたとはいえ、「空港ピアノ」や「駅ピアノ」などのストリートピアノが至る所に置かれ、多くの演奏が動画で公開されています。とりわけ、東京都庁の展望室に置かれた「都庁おもいでピアノ」には、ピアノ系ユーチューバーが数多く集まるようになりました。

都庁おもいでピアノ©️東京都庁

YouTubeなどによるストリートピアノの配信は、今や世界的ピアニストも取り入れています。現在最も人気の高いピアニストの一人であるウクライナのヴァレンティーナ・リシッツアさんは、多くのストリートピアノ動画を自ら配信していることでも有名です。

デジタル化と人間の可能性

一方で、このデジタル化の時代に、出場者や世界中のファンが、ショパンという約200年前の一人の人間が39年の短い生涯の中で残した音楽を弾き続け、聴き続けていることには、人間の大きな可能性を感じます。

現在、AI(人工知能)による作曲も可能になり、さまざまな作曲アプリも登場しています。例えば、“OpenAI”“MuseNet”https:// open ai.com /blog /musenet/)では、AIによって作曲されたショパン風の曲が掲載されています。また、“MuseScore” https:// muse score.org /en /piano)のように、楽譜からその通りのピアノの音を鳴らしてくれるソフトウェアも数多く登場しています。

しかし、AIにショパンの楽曲の特徴を事後的に学習させ、そのパターンに沿った曲を作らせることができても、ショパンという人間によって初めて生まれた創造そのものをAIが代替することは、まだ困難です。また、ショパンの曲だけを弾くこのコンクールでは、同じ曲が何度も繰り返されることになりますが、それでも動画に聴き入る人々は、一人一人が違っていて、その時々で何が起こるか分からない人間の演奏だからこそ、楽しみにしているわけです。

人間臭の漂うクラシック音楽の、しかもピアノのコンクールに、デジタル技術のサポートによってこれまで以上に話題が集まったことは、デジタルと人間との共存に希望を与えてくれるものだと思います。

 

連載第62回「市長が給与を暗号資産で?」(1124日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。